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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

ビルのオアシス 下道バス1000km【帰り道】2 



1.東京駅丸の内北口13:59→14:34田端新町3丁目東43 田端駅経由 荒川土手

東京都交通局H138 練馬200か24-81(運賃は200円)




より大きな地図で 下道バス【帰り道】その1 を表示

12050504GW前半の4月30日午後。東京駅は喧噪に包まれていました。普段でも混雑している八重洲地下街のキャラクターストリートは期間限定のカルビーショップから長い行列が伸び、飲食関係はどの店も外で待っている人がいます。階段では「休憩場所難民」がへたばっていました。


大学時代のバイト仲間で今もつるんでいる人と出発前に東京駅で食事をするつもりでしたが、この人手を見て断念。隣の有楽町で昼ご飯にありつきました。島根の山奥には中華料理店がほとんどないからと某店に入ったら


…半分冷めている五目焼きそばに出会えましたよorz


大田市でぬるいラーメンを食わされた時以来の衝撃でした(^^;


12050505丸の内北口は、東京駅前というより丸の内オアゾ前といった趣き。八重洲地下街やコンコースの喧噪はどこへやらで、普通の日曜日みたいなまったりとした空気に包まれていました。高架下の飲食店は暇そうで、ここで食べれば良かったなと今さら思ってみたり。


元バイト仲間の人も途中まで一緒に乗られるということで記念ポーズ写真を撮っていただきました。思い立ってから旅を始めるまで随分時間をかけてしまいましたが、おかげで囲いがほぼ取れた状態の丸の内口をおさめることができました。


12050506東京駅は鉄道と高速バスのターミナルというイメージが強すぎて、一般の路線バスにはそんなにお客さんが乗らないだろうと思っていました。ところが、そこは東京。発車近くになるとどこぞやから人が集まってきて、しっかり行列ができました。ほぼ座席が埋まって発車。若い人も年寄りもいる「都会のバス」です。


12050507出発してすぐの交差点で永代通りへ左折し、さらに大手町交差点で日比谷通りへ右折。両側にはビルが建ち並び、そこここで槌音が響いています。「いやあ東京っていつ来ても工事してますね」「東京は完成しない街だからねえ」。そう東京ってまるで生き物のようにいつも鼓動している。「完成しない街」は実に言い得て妙です。


そして丸の内は皇居が近いこともあり、緑が多い。変に東京を目指した地方の都会より、よほど緑豊かだと思います。閑散としたオフィス街で木々の新緑がとても印象的でした。


大手町は地下鉄では何度も通ったり、乗り換えたりしましたが、外を通るのはほぼ初めて。箱根駅伝のスタート地点ってどのへんかな、あの建物はどこの会社かななどとすっかりおのぼりさん気分です。


普段はたくさんの人が行き来する場所ですが、バス停間隔はかなり長く、1つ目の「大手町」まで5分ぐらいかかりました。ここで2人降りました。東京駅からなら地下街をずっと歩くテもありますが、階段の上り下りと迷路のような道をたどることを考えたらバスを使うテもあるということでしょうか。


首都高をくぐって神田橋ランプで左折。気付いたら本郷通りと名前を変えていた道をすいすい走ると、あたりが急にごった返すようになりました。古書街の入口、駿河台下交差点です。それまで街路を歩く人がほとんどいなかったので、ギャップに驚きました。たった1区画でこんなに変わるものなのか。若い人もいればお年寄りもいる。この街の懐の広さを感じさせます。靖国通りを渡った先の駿河台下で、その人混みから7,8人が乗ってきました。


12050508バスは立ち客を乗せて東京医科歯科大病院を目指して坂を一気に登ります。外が若い人ばかりになって、御茶ノ水駅。年代を問わない古書街から学生街へ。ここでもたった2,3区画で街並みが変わりました。都会のバスは乗っていて飽きません。JR中央線と神田川、地下鉄丸ノ内線(お茶の水は地上駅)をまたぐ聖橋を越えて、バスは順天堂大の輪郭を縫うように走ります。


再び街を歩く人がいなくなったのもつかの間、次は東大のお膝元・本郷です。壱岐坂上交差点を過ぎて、オフィスビルばかりだった車窓に民家やマンションが少しずつ見られるようになりました。近所のじいちゃんやばあちゃんが乗るようになり、生活路線の色彩が強まります。


12050509本郷3丁目の交差点を過ぎて東大赤門前。ここで降りたのもお年寄りたち。その後東大正門前(東大って赤門が正門じゃなかったのか!)、東大農学部前とかなり長い間進行右手に東大が続きましたが、結局東大生らしき人が乗り降りすることはありませんでした。まあ祝日だしね。それにしてもこんなにキャンパスが広いと、入試や合格発表、入学式みたいな特別の日以外赤門を通ったことがない、という東大生も多そう。地下鉄では身に付かない豆知識を仕入れられました。


東大シリーズのバス停が終わると住宅街。ビルが少し低くなり、細い路地と家並みが見られるようになりました。向丘1丁目あたりから背の高い街路樹が通りの両脇にそびえ、森鴎外生誕150年を祝うバナーがちらほら。鴎外は島根県津和野町出身で、あちらでも高校生が「舞姫」の舞台になったドイツを訪問したり、ドイツ風のご当地メニューを売り出したりしています。島根県西部から上京して、こんなところで鴎外の足跡に触れるとは思ってもみませんでした。


南北線本駒込駅で本郷通りから外れて道幅の狭いタイプの2車線道路へ。周囲は住宅街になり、千駄木5丁目で一気にお客さんが降りました。ずーっと人で埋まっていた車内の前半分がようやく空きました。駒込病院では構内に待機している都営バスがいたものの、こちらは入らずに病院前のバス停に停車。6,7人が乗ってきました。鉄道のエアポケットになっている地域なので、バスが頼られているなあと思いました。(都営バス乗り放題のシルバーパスがあるから、という説もありますが)


12050510少しきつめの坂を下って不忍通りを横断。「東京って坂の町ですよね」「日本坂道学会を設立したタモリは凄い」などと話すうち商店街に入り、近代的な建物になった田端駅に着きました。東京駅以来の山手線沿線ということもあってたくさんの人が降り、同じぐらいたくさんの人が乗車。バイト仲間の人とはここでお別れです。(・∀・)ノシ


12050511山手線を陸橋で渡って滑り台のような坂で地平に降ります。振り返るとショッピングセンターの駐車場の進入路みたいなカクカクした高架。高度成長期な臭いを感じます。次はやたら背が低いガードと踏切で高崎線などを越えます。明治通りを越えた先が乗り換え地の田端新町3丁目。引き続き座席が埋まっているバスから降りました。


(補足…Youtubeにこの系統の前面展望動画がありました。このへん参照)



2.田端新町3丁目14:40→14:45田端新町1丁目.草64 王子駅経由 浅草雷門南

東京都交通局P528 練馬200か16-96(運賃は200円)



12050513今回の重要ポイント・草津温泉がある群馬県へアプローチするため、まずは埼玉県を目指します。西は青梅市〜飯能市、東は葛飾区〜三郷市までさ県境越えの路線は多岐にわたります。どこで県境を越えるか。埼玉側で上手くつながるかを含めて路線図や時刻表とにらめっこした結果、東よりの国際興業エリアに入るルートが好都合なことが分かりました。


23区の東側は最近こそ地下鉄南北線、埼玉高速鉄道、日暮里舎人ライナーが整備されましたが、まだまだバスが主力になっているエリアが多い。一気に先へ進める長距離路線もちらほらあります。一方で西側は東急、京王、小田急、西武、東武など私鉄網が充実してため、細切れ路線が中心。西武エリアに入るまで案外時間がかかるし、埼玉県に入ってからなかなか上手くつながりません。


というわけで今回は東京駅から北に進路を取り、川口市を目指しました。とはいえまっすぐ北に進んで王子や赤羽を経由するルートは意外に時間がかかる。東京駅から北北東へ、里48に乗るルートをチョイス。日暮里舎人ライナーの真下を走って一気に県境近くまで進もうと考えました。


12050512今回は東43から里48へのアプローチ部分。停留所2つ分の乗りバスです。東43で荒川を越えてから王40に乗り換えて里48に乗り換えるテもありました。でも王40と里48が合流する江北4丁目は今回目指す方向とは逆の南行きだけのバス停。江北駅前という別バス停が近くにあるのですが、まあせっかくなら同じ名前のバス停から乗り継ごうかと、ここで東に向かうことにしました。


休日昼間でも1時間に4本程度走っている路線。車内に貼ってあった「お知らせ」によると、この4月、浅草雷門から少し先の浅草雷門南まで運行するようになり、行き先表示も変わりました。表示と終点のバス停名が違うことはままありますが、都営は律儀に変更。LEDだからこその芸当でしょう。向きを変える関係で雷門周辺は循環系統になっていて、最近10年間で3回起終点が変わっています。地方民には理由はよく分かりませんが、抜本的な解決が難しい場所のようです。


12050514田端新町3丁目の段階で座席はひと通り埋まっていました。すぐに着くかなと思いましたが、意外にバス停の間が長く、マンションや事務所ビルに挟まれた明治通りをそれなりに走りました。日暮里舎人ライナーの橋桁をくぐった先が田端新町1丁目で、横断歩道をそこそこ人が行き交っています。帰ってから地図を見ると、新三河島駅の近くなんですね。鉄道の路線図で地理を覚えると、道路に出たとき現在地がよく分からなくなります。


(補足…この系統もYoutubeに前面展望動画がupされていました。このへんの7:30〜8:08が総裁乗車区間です。若干編集してますね)

思い立ったらすぐ乗る 下道バス1000km【帰り道】1 

改修工事が進み、赤茶色の勇姿を取り戻した東京駅丸の内口。広島バスセンター発の下道バス旅から5年半、ゴールだったこの場所に帰ってきました。

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駅舎に思わず万歳をしたあの日と同じ薄灰色の空。初夏を思わせる風と相まって額に汗がにじみます。「行ったからには帰らないと」。ずっと温め続けた【帰り道】の旅。天に向かって真っ直ぐ伸びる丸の内オアゾの下、広島への旅が始まりました。




総裁は2006年7月と9月、計6泊8日(1泊2日+5泊6日)かけて広島バスセンターから東京駅丸の内南口まで下道バスを乗り継ぎました。ゴールの瞬間は本当に感無量。ブログに旅の記録をつづったほか(このへん参照→カテゴリ「広島→明石」「明石→東京」にまとめています)、芸備書房店主の協力で同人誌「下道バス1000km」を発行しました。


ルートには徒歩や高速バスの下道区間がありました。特に限りなく高速道路に近い名阪国道を使って点に悔いが残りました。総裁が決めた「無料道路のバスを使う」というルールではセーフ。でも2ちゃんねる(「路線バスを乗り継いで、東京からどこまで行けるか?」スレッド→このへん参照)などを見る限り「名阪国道は緑標識の自動車専用道路。『下道バス』の範ちゅうには含めるべきではない」という意見が大勢でした。


「ちゃんとした行き方でやり直したい」


との思いがわき上がってきました。


ではどう行くか。東京へのバス旅で参考にした旅行記や先述のスレッドなどを洗い直しました。


東海道沿いは静岡市内が断線したまま。内陸の富士宮市経由も4kmは歩かないといけません【行き】は東海道の断線を歩いて踏破(このへん参照)、富士宮経由は別の機会に試しました(このへん参照)。山梨県の甲府からまっすぐ西に進むと県境で断線。今も何とかつながっているのが南アルプス回りです。ある旅行記ではこのルートを使われていました。

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しかし、当時毎日走っていた長野県伊那市〜茅野市の路線が4月上旬の週末だけ運行になっていました。別区間で夏場だけの路線を使う予定なので、これでは具合が悪い。そして次につながったポイントが群馬県北部の草津温泉でした。志賀高原の白根火山に出て、長野市に抜けるルートなら別々の季節に期間限定路線を乗り継がなくても、断線せず広島までつながることが分かりました。


あとは実行に移すのみ…でしたが、長野市がコミュニティバス(以下コミバス)路線を変更。


1km弱断線してしまいました。


その後岐阜バスや松本電気鉄道の路線廃止もあってハードルはさらに上がりました。あるエリアのちょっとした変更でルートは崩れます。特にコミバスは自治体予算などの影響を受けるため、路線やダイヤの大規模な変更が多い。


「思い立ったらすぐ乗る」


が乗りバスの鉄則だということを思い知った5年半でした。


新たに長野電鉄屋代線の廃止代替バスが走り始めましたが、結局断線は解消していません。しかし、先述のスレッドで百数十メートル歩けばつなげられるルートを発見しました。Googleマップで確認すると、もしかして降りたバス停から次のバス停が見えそうなぐらい近い。都会の駅の西口から東口へ行く距離と変わらないでしょう。徒歩も高速バスの下道区間もあるけど、現在一番ベターな行き方です。


どこかで崩れる前に早く動かないと…その矢先、島根へ異動してそれどころではなくなりました。ことし春に自分を取り巻く状況が変わり、バス旅に向けた心の余裕を取り戻せました。そしてGW、平日込みで6連休を取れることになりました。そう、


平日だけ運行のコミバスに乗れるんです!


こんなチャンスは滅多にありません。すぐに最新版の時刻表で計画を立てました。以前は東京駅〜草津温泉が1日で行けましたが、群馬県内の4月のダイヤ改正でかなわなくなりました。しかし同区間を2日間に分けたことで、より「純粋」に下道バスのルートをたどれました。




【行き】と同じですが、ルールを確認しておきます。


1. 原則使って良いのは無料道路を走る路線バス。ただし、有料道路を走る路線バス(高速バスなど)も、無料道路区間だけ利用する場合は乗っても良い
2. 無料道路区間であれば、沿線にある途中停留所を一部(または全部)通過する便、深夜バスなど割増運賃が必要な便、地域住民でなくても利用できる生活バス、コミュニティバスを利用して良い。また自動車専用道路であっても、通行無料なら「無料道路」に含める。
3. 1、2のいずれかを満たしていれば白ナンバーか緑ナンバーかにはこだわらない。
4. ただし、乗車に特別な条件が必要なバス(公営ギャンブルのファンバス、フェリー乗客専用のバス、企業の社員専用バス、温泉施設の送迎バスなど)は乗ってはいけない。
5. 断線区間、バス停間の徒歩は、おおむね1時間程度(約4km)までOK。
6. 今のところ予定はないが、北海道へ行く可能性が0%ではないので、津軽海峡で一番距離が短い航路(大間崎−函館)の距離、つまり40kmまでは定期フェリー、旅客船の利用も可とする。(ズルいと思われるかもしれないが、姫路−小豆島間が45kmあるなど、「使える」航路は結構限られている)
7. その日の終点から宿泊地、宿泊地から再スタート地へ行く場合や、途中で寄り道する場合はJR、タクシーなどバス、船以外の交通機関を使っても良い。
8. 経路がつながってさえいれば、一筆書きにはこだわらない。


それでは広島への【帰り道】スタートです。

友あり、遠方より来る 

昨年5月の出来事になりますが…今さらながらご紹介させていただきます。これからの行楽シーズンの参考までに。



広島から前の職場の女子2人組が遊びに来ました。


しかもバスで!(バスヲタがこんな表現をすべきではありませんが、それぐらいクルマがないと生きていけない地域なんです)


ありがたい話です。昼前に到着して、ピザが美味しい洋食屋さんでランチ。ちょうど当日あった地元で500年以上続く祭りに案内して、夜はオープン直後の某店で絶品の石見和牛をいただきました。


翌日は某宿泊施設まで迎えに行って、石見銀山遺跡へ移動。総裁も楽しみにしていた銀山最大の坑道・大久保間歩を巡るツアーに参加してきました。バスで移動するようだし、受け付けを担当する世界遺産センターのホームページには特に注意事項もない。バスで行ってちょっと歩いて、じっくり話を聞くのだろうと思っていました。


ところが。


どうやらこのツアー、ガチの山歩きをせんにゃあいけんらしく「半袖はダメなんですよ」「サンダルの方はスニーカーを貸しますので」とホームページには書いていなかった条件が次々と出てきました。半袖の総裁はビニルのカッパを着て、エセ長袖です(笑) 同行者たちもしぶしぶ着替えます。表情からは「こんなん聞いてない!」と不満がにじみ出ています。


明らかに元ローカルバスだったトップドア(前に1カ所だけドアがあるタイプ)のエアロミディ(三菱ふそうの中小型バス)にゆられて登山口へ。ここから坂を登っていきます。トイレがあって脇にたくさんの杖が置いてありました。普段山歩きをしない同行者はそろそろ我慢の限界に近づいたようで「えー、これを登るの!」「最後まで付いて行けないかも」と非難轟々。完全に下調べ不足で、当方の株下がりまくりです。とはいえ途中で帰るのはもったいないと思ったのでしょう。最後尾を付いてきてくれました…。


広い砂利道を5分ほど登り天領(幕府直轄地)との境目にある関所・番所跡に到着。かつてはここに武士や人夫がひしめいていたのでしょう。このあたりに建物や台があった姿を想像していくうちに…「山賊」(山口県にある巨大な飲食店=このへん参照)を思い出しました(^^;

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いよいよ世界遺産の中心部に入ります。斜面に金属柵が挿してある場所でストップ。

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この洞窟が「間歩」(まぶ)と呼ばれる銀山の坑道です。間歩は大きく分けて3種類あります。地面に露出した鉱脈を掘る(というより剥ぐ?)「露頭掘り」、地下から延びた鉱脈に沿って掘り進んでいく「ひ押し」、地上と水平に掘って地下水の排水路を確保しながら鉱脈にたどり着く「横相」(よこあい)。映画「インディージョーンズ」シリーズなんかに登場する洞窟も、写真の下金生坑も「横相」です。世界遺産登録でたくさんの観光客が訪れることから、勝手に入らないように入口を塞いでいます。思った以上に狭いですね。


さらに坂を上ったところに次の間歩・金生坑がありました。何とこの間歩は地面と垂直な坑道でさっきの下金生坑とつながっているらしい。つまり2階建ての坑道で、上で採掘した鉱石などを下に落としていたようです。これなら山道を運ぶ手間が省けます。銀でボロ儲けしているので「細けぇことはいいんだよ」的なノリになるんでしょう。

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もう少し上った場所に小屋があり、ヘルメットとライト、長靴を手渡されました。女子は当初不満そうでしたが、探検隊気分にテンションが上がったのか、笑顔が見られるようになってきました。川口浩探検隊効果とでもいいましょうか(勝手に命名)。ひと安心したところで石見銀山の最大坑道「大久保間歩」に入ります。このツアーでしか入ることができません。

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他とは群を抜いて高さがあります。初代石見銀山奉行の大久保長安が馬で入った、という伝承があるのも納得。手掘りと明治以後の機械堀りが重なってここまで広くなったみたい。鉱脈を求めて男たちは岩を掘り続けました。2010年秋に訪れた明延鉱山(このへん参照)を思い出します。中に入ると外の蒸し暑さが一転、ひんやりとした空気に包まれました。安全云々以前に長袖で来た方が正解です。

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フラッシュを光らせたのでここまで見えますが、実際は真っ暗です。ドラクエとかでガンガン洞窟に入りますが、リアルだと結構怖い。正直すまんかった、などと考えながら奥へ奥へ歩きます。途中には地面と垂直の坑道がそこここに。ダンジョンの落とし穴ってこんなに怖いんですぜ、旦那。

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足元には線路がありました。ここで線路に出合えるとは思ってもみませんでした。明延みたいに車両がいませんが、どんなクルマがここを走っていたのだろうと想像が膨らみます。まあ手動のトロッコなんでしょうけど。

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見学コースは入口から150mで終了。上下に垂直坑道が延びる手前が広いホールのようになっており、ここでレクチャータイムです。大久保長安は馬でここまで来たそうです。いまはただの山間地になった石見銀山ですが、ピーク時には世界で流通する銀の2割程度を産出していました。一獲千金を夢見て各地から集まった鉱夫たち。サザエの貝殻で作った明かりだけを頼りに、真っ暗な中を一心不乱に掘り進めました。鉱夫たちの平均寿命は30歳程度だったとか。たくさんの男たちの熱と命の上に間歩は形作られたのです。

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目を閉じれば槌音が聞こえてきそうな大久保間歩を後にして、もう少し登山。釜屋間歩に着きました。備中出身の山師・安原伝兵衛が夢のお告げで発見。石見銀の生産量を一気に増やしたとされます。岩盤を加工したテラスが残っており、標高の高さを相まって南米のマチュピチュを彷彿とさせる眺めです。(ちょっと言いすぎかな) ふもとから結構距離はありますが、銀という「ニンジン」を前に人間はあらん限りの力を振り絞りました。

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女子たちも満足そうな様子でツアー終了。行きと同じエアロミディで世界遺産センターへ帰りました。


その後五十猛で魚の美味しい食堂へ行き、温泉津温泉を満喫。邑南町あたりを漫遊して、広島行き高速バスが止まる瑞穂インターまで送りました。島根県央の実力をあらためて知った2日間でした。
ドライブ  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

島根の春 

すっかりご無沙汰になりました。総裁は生きています。


更新をサボっていた2カ月は本当に激動でした。2月中旬に異動内示があり、当方と同じ時期に島根へ来た上司が広島の本社へ。いろいろやねこい管理職と離れることができました。念ずれば通じる、なんだなあと。楽しい時も休んでいる時も心の底で澱のようにたまっていたものが流れていき、やっと思うように仕事ができる環境が整いました。3月以降今まで以上に担当エリアを飛び回っています。


昨春以降、多くの方にご心配とご迷惑をかけました。その分、しっかり恩返しをせんにゃあいけんと思うとります。今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


ことしは雪こそ少なかったものの、島根の山奥は本当に冷え込みました。山里もようやく花が咲き始め、春の息吹を感じられるようになってきました。下書きのまま放ったらかしになっているネタもいくつかあるので、少しずつ更新を復活させていこうと思います。
あいさつ  /  tb: 0  /  cm: 1  /  △top

バスセンター一新 

前回更新(このへん参照)で触れた通り、1月4日に広島の本社へ行く途中、バスセンターに寄りました。新聞報道などでリニューアルしたとは聞いていましたが、実際に見るのは初めてです。

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一番目立つ変化は総菜やみやげものなどの売店が仕切りの中に入ったことでしょう。


空調を効かせているとはいえ壁の向こうは猛烈な数のバスが行き交い、乗り場から多少なりとも排煙が入ってきます。ドアから中に入るという「ワンクッション」が増えましたが、食べ物と排煙としっかりと分けたのはGJだと思います。待合のベンチもウッディーになり、昔の駅みたいに昭和が色濃く残る「乗り場」から、小奇麗なターミナルに変わりました。

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バスセンター、といえばエスカレータースペースの上にあった巨大時刻表を見上げたものでしたが、今回のリニューアルで目線の高さに移動しました。これまでの全部の行き先がごちゃまぜになったタイプから、ホームと同じ方面別の表記に変更。見るのが楽だし、自分の乗りたいバスの時間がすぐに分かります。何行きのバスが出たら自分のバスが来るかは分かりにくくなりましたが、一長一短あるなら今回の方式がいいと思います。

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ホームへの出口、乗車券売り場の上に高速バスの発車案内板が登場しました。表示本数を減らして数字や行き先の文字がもっと大きくなればいいのにな、とも思いますが、しょっちゅうダイヤが変わるのでメンテのしやすさを優先したのかなあ。最近の例にならって英語、韓国語、中国語表記も出ます。

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案内看板、時刻表などのデザイン一新、ホームの待合室設置などに始まったバスセンターのリニューアル。今回で大きなヤマを越えた感があります。次は乗り場、降り場の変更でしょうか? 今までいい感じに使いやすく進化しているだけに、今後にも期待したいと思います。