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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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国会図書館に登録されました! 

先日国会図書館に納本した「下道バス1000km」(このへん参照)。あれから1週間後、本当に「お礼状」が届きました。役所って公正中立が基本。取り置きの文面とはいえ、「ありがとう」の文書を特定個人へ出す風習があったことにびっくりしました。総裁が接してきた役人の中には、やたら上から目線だったり、「協力してもらって当たり前」という輩もいました(もちろん尊敬できる人もいました)。それだけに驚きはひとしおです。


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そして今月、国会図書館のオンライン蔵書検索にようやく「下道バス」が加わりました。詳細データを見ると…


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だいぶ困った跡がうかがえます。下道バスにはスクールバスもボンネットバスも登場しないのですが…どういう基準でキーワードが付いたのでしょうか? 発行所も印刷地も広島市と明記されているはずだし。まあ贅沢は言いますまい。鉄ヲタらしい国交相や、霞ヶ関・永田町方面のバス好きが手にすることを楽しみにしましょう。もし良かったら皆さんも検索してみてやってください。(芸備書房前店主が発行した「惜別芸備線急行」も登録。こちらは作業に困らなかったみたい)
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バス旅本in国会図書館 

当Blog掲載文をまとめ2007年に発行した「下道バス1000km」。何と国立国会図書館の蔵書に加わることになりました! パチパチパチ。


と書くと凄そうですが、実はある程度ちゃんとしていればどんな出版物でも納本し、国会図書館の蔵書に加えてもらうことができます。国会図書館が議員の立法活動に必要な資料を集めるだけでなく、知識を蓄積・共有して国民の情報ニーズを満たす役割も担っているから。実は法の定めにより、出版物を発行すると国会図書館に納本する義務があるのです。本来は30日以内に納めなければならないので、大遅刻ですが、職員さんは快く受け取ってくださいました。


対価として定価の5割を国からもらえますが、寄付の形を取ったので後日お礼状が届くそうです。国機関からもらったものといえば、広島区検からの出頭状(このときの話)ぐらい。褒められるのは初めてだと思います。


今後国が責任を持って半永久的に保存。総裁が死んでも「下道バス1000km」がずっと生き続けます。今回の納本は旅の思い出を形にして残したいという、総裁の思いの集大成です。そのうち国会図書館のネット蔵書検索(NDL-OPAC)でヒットするようになるはず。制度を教えてくれた芸備書房前店主に感謝です。


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…というわけで、9,10の両日、上京してきました。ボーマスとか鶴見線とか参議院見学とか詳細はまた後日紹介します。

補足旅余話 バス旅本への道9終 

吉原から再び東海道線に乗り、三島へ。雨は相変わらずですが、伊豆の観光地への玄関口ということもあり駅舎内は結構にぎわっています。


元箱根行きのバスを降りて、いい景色が撮れる場所まで歩くつもりだったのでコインロッカーに旅行カバンを預けました。バスまで時間があるのでジョージアのエスプレッソを飲み、伊豆箱根鉄道駅前の灰皿で一服。定刻になり、元箱根行きがやってきました。あの人とは違う、オレンジと黄色の東海バスカラーの中型車です。


あわよくば車内からも写真を撮ろうと後ろの方の席をゲット。さてと窓を見ると…くもりきって擦りガラス状態! 手で拭いてもあまり見えるようになりません。そう、ここで根本的なことに気付きました。


雨の中、駿河湾や三島の街が見渡せるのか?


一瞬思考が完全に止まりました。


でも来ちゃったし。広島から来るの大変だし。


済美の校歌じゃありませんが「魔法の言葉」ですな。これって。(注釈・2004年のセンバツで初出場初優勝を果たした愛媛県の済美高の校歌には「『やればできる』は魔法の言葉」というフレーズがある。とかく懐古調が多い校歌の中で異彩を放っており、当時「魔法の言葉」というフレーズはネットで話題になった)


4、5人ほどが乗り発車。信号のたびに引っかかり市街地を出るのに手こずりましたが、三嶋大社(バス旅の時は知りませんでしたが、静岡県の初詣名所だそうです)を過ぎ、緑ヶ丘で国道1号に合流すると一気にエンジンを噴かします。


街道松を右手に見やり、富士見ヶ丘から旧道へ。バス旅の時はここで三島の街並みが臨めたのですが、完全に視界ゼロです。馬坂口で再び新道に合流しても同じ。絶望的な気分の中、見晴学園前で降りました。




あれ? 確かここらへんからふもとを見下ろせたような。しまった、もうちょっと上だったか…。しかし先へ行こうにも次のバスは1時間後までありません。事前の調べでは三島駅へ戻るバスが間もなくやってきます。どうしよう。うーん…ウジウジ悩んでいたら、三島駅行きが勢いよく坂を下っていきました。これで行くも戻るも1時間待たなければならなくなりました。


雨風が強くなってきました。とりあえず見晴学園以外何もないこの場所に長居するのは得策ではなさそう。旧道から合流した馬坂口から先は結構停留所の間隔が空いていましたが、バス旅の記憶ではここから上はもっとバス停間が離れていた気がします。ならばと下ることにしました。結果的に判断ミスでしたが…


なかなか人家がありませんが、そこは天下の国道1号。自転車やウオーキングの人もいるからか、大体歩道が付いています。「これなら歩くのにそんなに苦労しないかも」と最初は思いましたが、そうは問屋がおろさなかった。


雨が横殴りに降ってくる上、大型車が通るたび猛烈な風圧と水はねが襲ってきたのです!


こういう時折りたたみ傘ではひとたまりもなく、何度もパラボラアンテナ状態になりました。トラックやバスとすれ違うたび立ち止まって傘を車道側に向けます。しかも途中で歩道が途切れて反対車線側に続く場所も。左右を確認し、猛ダッシュで国道を渡りました。


もう半泣き状態です。戻ろうにも見晴学園前から随分離れてしまいました。どうせ倒れるなら前向きに倒れたい…「魔法の言葉」出た! もう考える気力も失せ、前に歩くことしかできませんでした。


20分ぐらい歩いたでしょうか。やっと集落らしきものが見えてきて、1つ三島側のバス停「笹原」に到着。人家や商店を見て再び気力が沸いてきました。


さらに下って「大曲」バス停まで来て思い出しました。この頃から既に本の編集作業が始まっていて、芸備書房店主より「扉絵に使うバス停の写真があればなあ」と言われていたのです。大曲なんて峠っぽい名前、いかにも旅情をかきたてられます。よし、このバス停の写真を撮ろう

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土砂降りの割には普通の曇りの日みたいに撮れました。本では白黒にしたのでさらにバレにくい(笑)


さらに下って大曲の次、馬坂口まで来ました。晴れていれば絶景が拝める上、バスと麓を絡めた写真も撮れそうですが、台風が接近しているときなので100%無理。(写真は馬坂口手前で撮影。これぐらいモヤってました)

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もう少し歩こうかと思いましたが、ずぶ濡れになった体がだいぶ冷えてきました。このまま濡れ続ければ風邪をひく恐れも。この後沖縄へ行くのにそれはマズい。馬坂口からバスに乗ることにしました。


バスの時間まであと25分。しかもバス停は両方向とも吹きっさらしです。


最初は折りたたみ傘を差してバス停前に立ちましたが、暴風のため傘は何度もパラボラアンテナ状態になるし、雨は強くなるばかり。ふとバス停脇にある民家を見ると、台所の明かりがついていて、明らかにこちらの様子をうかがっています。このままでは不審者として通報されかねません。


「弱ったなあ」とあたりを見回すと、少し離れた場所にある、つぶれた喫茶店に小さな軒先がありました! やった、これで雨宿りができる!!! 天は我を見捨てなかった。


まさに猫の額ほどの小さな屋根で縮こまって待って、ようやくバスの時間になりました。やってきたのは三島駅から見晴学園まで乗ったのと同じバス! ちょうど元箱根で折り返して来たのです。オレンジ色の車体が見えた時、思わず「よっしゃあ」と叫んでしまいました。これで街に帰れる。もううれしくてうれしくてたまりませんでした。


さっき見晴学園で降りた客が馬坂口から乗ってきたもんだからウテシは思い切り怪訝な表情。でも、もうそんなことどうでも良かった。バス車内はとっても暖かくて、生き返った思いでした。


ワイパーで勢いよく雨をはじきながら20分ほどで三島駅に到着。気持ち的には「生還した」ですね。箱根への峠からの写真は撮れませんでしたが、どうにかこうにか補足旅の目的を果たすことができました。




三島から品川まで「こだま」に乗車。だいぶ台風が近づいてきていたので運転見合わせになったらどうしよう、と不安もありましたが、定刻通り品川到着。池袋駅からまたずぶ濡れになって、ホテルに着きました。うん、よく頑張った。


というわけで、本製作にあたっての補足旅「バス旅本への道」はここまで。この翌日、(当時)オープンしたばかりの鉄道博物館へ行って羽田から沖縄へ飛びました。そう、「日本の最南端で都営バスに乗る」につながるわけです。というわけで、次回、鉄道博物館訪問の件を簡単にお話して補足旅余話を終えたいと思います。

富士急静岡バス 吉原中央駅 

ネット上で時刻表、運賃がいまいち分からない富士急静岡バス。補足旅で吉原中央駅にあった富士駅方面の路線図&運賃表を撮ってきましたのでうpしておきます。総裁のような旅を考えるどなたかのお役に立ちますように。

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補足旅余話 バス旅本への道8 

乗り換え時間が8分ほどあったので、ホームできしめんを一杯。間もなく、斜め線を描く雨をはじき飛ばしながら「ひかり」が滑り込んできました。細長い、シャープな目(ライト)が印象的な300系は、総裁が高校生のころは最新車両でしたが、今や「のぞみ」中心の山陽新幹線ではあまり見かけない車両になりました。未だに0系が走っていることを考えると、ここ数年の時代の移り変わりの早さを感じずにはいられません。


一服し、暖房の効いた車内でシートに身を委ねうち、まどろんでいました。自分の中では本当にアッという間に静岡に到着。ホームに出るとさらに雨足が強くなっていました。おうおう、思い出した! 今週末、関東地方に台風が来るんだった。早速i-modeで情報収集。最接近は夜のようですが、雨は一足先に猛威をふるっているよう。新幹線が止まる前に、さっさと写真を撮らないと(←断念する勇気を持った方がいいような)


新静岡はJR駅から少し離れ場所。晴れていれば何の問題もありませんが、大雨の中、あんまり外は歩きたくない。ちょうど北口に地下街入口があったので「これ幸い」と、行けるところまで地下道を回ることにしました。工事中で少し暗めの通路にはティッシュ配りの人がワラワラいたり、どこかの女子学生が何班かに分かれて募金をしてたりして何だかにぎやか。そうえいば中学生の時、学校の行事で街頭募金をやったよなあ。


このまま新静岡まで濡れずに行けるか…と淡い期待を抱きましたが、無情にも地下道はJR駅から道路を挟んだ向かい側で終了


傘を買おうにも見える範囲にコンビニはありません。仕方ない。意を決してダッシュ。軒先から軒先へ、まるで忍者のごとく(周りから見れば不審者のごとく)走ること10分。やっと新静岡のバスセンター前に着きました。幸い道路を挟んだオフィスビル前は屋根があり、カメラを濡らすことなく写真が撮れました。

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ん、手前しか写らない…。そうなんです。地上レベルで撮ると、どうしても奥行きが出ないんです。バス旅の方(このへん)で「ホームは20、10台近くが停められる待機場もあり」なんて書いたのに、これじゃあよく分かりません。


これは困った。と、ここで気付きました。バスセンターに隣接して立体駐車場(写真右側)があるじゃないですか! 上の階からならもう少し分かりやすい写真が撮れるはず。善は急げと雨をよけながら新静岡センターに入り、駐車場へ。3階まで上がると予想通りバスセンター全体を見渡すことができました。新静岡センターもファインダーに収まり、いい感じです。

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ていうか、誰でも入れる場所とはいえ、ちょっとグレーゾーンなですよね。関係者の方ごめんなさいm(_ _)m


駅への帰りは別の道を通りました。ちょうどデイリーヤマザキがあり、やっと傘をゲット。これで雨も怖くありません。


さっきの地下道に戻り、募金を呼びかける女子学生のうち、一番お金が入ってなさそうな場所に立っている子たちの箱に100円を投入。「頑張ってください」と声かけて駅に戻りました。「ちょっと恥ずかしいかも」と思いながらやっているとき、こういうひと言がうれしかったんですよね。




次の目的地は吉原中央駅。東海道線(在来線の方)で吉原まで行き、岳南鉄道に乗り換えます。静岡駅のホームに上がるとちょうど熱海行きが来ていたので先頭車両に乗車。と、女性の運転士さんが乗ってきました。


華奢な感じの方でしたが、スタフ(運転士用の時刻表)を差し込み「○○よし!」なんて指差喚呼し、3両で100人以上が乗った電車をしっかり操るさまにはプロの誇りが満ちていました。「凛とした」とはこういうことをいうのでしょう。


雨でもぼちぼち乗り降りがある中、30分強で吉原に到着。バス旅のときと違ってひっそりとしたホームを歩き、西端にある跨線橋を渡ると昭和にタイムスリップしたような岳南鉄道の吉原駅がありました。JRへの乗り換えが多い関係で自動改札機が鎮座していますが、21世紀っぽいものはそれだけです。


きっぷは何と窓口での手売り。昔ながらの硬券を渡されると、電車ごっこをやった子どものころを思い出した。そう、総裁が小さいころにはすでに国鉄もペラペラの軟券で、硬券は電車ごっこの世界でしか存在しなかったのです。まさか東海道沿線でこんな風景に出会えるとは、思いもよりませんでした。


前面がオレンジと白に塗られた元京王の車両に乗ると、これまた「ちょっと前」の時代の風情。広島の方には、かつて広電で走っていた高床電車(こんなの)みたいな感じ、と言えば分かりやすいでしょうか。街へ遊びに行く中学生たちが乗ってちょっとにぎやかになったところで吉原中央駅の最寄り、吉原本町に着きました。重工業の街の中心部に位置しますが、まるで街角のたばこ屋のような、いとおしさすら感じる、小さな小さな駅でした。

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バス旅記の中でシャッター通りとして書いた吉原の商店街は人がまばら。土曜の昼とはいえ、雨ですからねえ。にぎやかそうにパーソナリティが喋っていたコミュニティFMや。たとえお客さんがいなくてもテレビの音が中からしてくる店の前を歩くと、ホッとします。滑りそうになりながらアーケードを歩くと、吉原中央駅が見えてきました。

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昼間見ると、よりノスタルジックな趣になりますね(^^; LED方向幕&ノンステップなバスとの対比が何とも。ベンチにはお年寄りが静かに腰を下ろし、向かい(写真を撮るために総裁が立っている)側のミスドではのんびりとコーヒーをすする人たちがちらほら。雨の昼下がりのけだるい空気を漂わせていました。


しばらくボーッとしていたい気もしましたが、三島から元箱根行きのバスに乗る都合上、あんまり長居はできません。どよよーんとした空気を吹っ切るように元来た道を戻り、再び岳南鉄道に乗り、吉原へ戻りました。
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