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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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山陽・乗り物模様 

年末年始は、夏休み、春休みとともに18きっぷシーズン。今季は東京へ行く計画があったので、埼玉の友人が使った残り(2回分)を買い取って準備万端…のはずでした。ところが先述のとおり扁桃炎にかかった影響で使わぬままに。このままだと紙くずになってしまいます。ちょうど期限前日の9日が休みになったので、広島支部長と大阪へブラブラしに行くことにしました。


最初に乗った三原行きは思った以上にガラガラ。幸先いいなと思っていました。ところが通路を挟んだ向こう側のオバハン2人連れ、正しくはその片方がガンでした。三原に着くまで、職場にいる派遣社員さん?の悪口を言いまくる言いまくる。いつも遅刻してくる、伝票の数字を間違える、こないだ「時間を守るのは社会の常識。そもそもアンタ正社員じゃないでしょ」と言ってやった…などなど。聞き役がいったん「楽しい話をしようやあ」と振ったにも関わらずです。一つひとつはごもっともなんですが、


アンタがそこまで言うけえ萎縮するんじゃないん?


と突っ込みを入れたくなりましたよ(^_^;) ちなみに、時間を守るのと同じくらい、電車の中で静かにするのも社会の常識です。


三原から乗り換えた岡山行きでは、定番の糸崎?尾道間で見える瀬戸内海のほか、東尾道手前で虹も見えましたよ!!!





松永から福山までは出稼ぎに来ているっぽい中国人の若い衆十人近くが乗りました。たまの休み、買い物をしたり遊んだりするのでしょう。広島県民は末期色だと嫌がっているJR西の新塗装も、彼らにとっては希望輝く色なのかもしれません。


岡山ではまたしても「ダントツラーメン」へ。前回は野菜2倍を食べられたので、今回は4倍に増量。相当キツかったです。その後乗った赤穂線も相当キツかった。


まさかの2両編成。


いきなりスタンディングスタートになりましたよ。2つ先の高島で成人式帰りの4人組が降りたので、席にはありつけました。ところが同じボックスにセルフ車掌ならぬ、セルフ実況アナなオッちゃんが登場しました。今や懐かしいカンペンと、旅の記録を書いているらしい大学ノートをスタンバイ。広島支部長と下手に旅トークをしたら割り込んで乗り鉄自慢をされかねない、不穏な空気です(皆さんも旅の途中でそんな経験ありますよね?) 刺激しないように寝て過ごしましたよ( ;´Д`)


かきまつりの影響で日生から結構な数のお客さんが乗ったこともあり、終点まで座席が埋まったままでした。その分播州赤穂からの新快速は平穏そのもの。三ノ宮から向かいに座ったオッさんが読んでいた大スポ(大阪向けの東京スポーツ)の、「バース復活」という見出しにドキドキしたぐらいです(笑)




宿泊は毎度のドヤ@新今宮。神戸で人と飲んでいたら大阪からの環状線、地下鉄が終わってしまいましたよΣ(゚д゚lll) 首都圏の終電が1時前なのに対し、関西は0時前がピーク。つまり1時間程度早いので要注意です。タクシー代を浮かせるために途中まで歩くことにしました。


大阪で改札を出た先に、タクシー運転手らしきオッさんが2人立っています。笑顔で「タクシーに乗られますか」「どちらまで行かれますか」。総裁の後ろにいた人が「門真と森ノ宮やけど」と答えると「せやったら左側へ行った先の乗り場になります」と案内しました。ああ、タクシー会社が案内の人を出してくれとるんじゃ…と思ったアナタ、


それは罠やで!!


某タクシー関係者のブログによると「ちゃぶり屋」というらしい。親切を装って行き先を聞き、近距離なら他に回し、遠距離なら自分のタクシーに誘導するそうです。門真は大阪市の隣、森ノ宮は環状線の駅なので「儲けにならない」と判断したんでしょう。総裁はカラクリを知っていたので「出た!!」(ますだおかだ風)と思いました(´Д` ) JRの駅の中で公然とやっているとは。節約指向と規制緩和で生活が厳しいのは分かります。でもフェアに勝負している人もいるわけですから。これでは大阪の印象が悪くなってしまいます。


新今宮は地下鉄御堂筋線・動物園前と同じ場所。ならば御堂筋を歩けば少しでも近付けるはずです。横断歩道がなく地下街も閉まっているので曽根崎のアーケードへ遠回り。何度もガールズバーの呼び込みに声をかけられながら南へ歩き、再び夜空が見える場所に出ました。目の前の歩道橋、ネットで見たことあるぞ。あ、


国道2号線の起点じゃ!



この道をずっと西へ走ると広島。大阪の街中と地元がつながった不思議な気持ちになりました。学生時代、東京駅で広島行きの新幹線を見てなつかしく思ったあの感覚です。道路で感じるようじゃあ、乗り鉄失格って言われそう(笑) 新御堂筋と合流、大阪市役所前あたりまでくると酔っぱらいもいなくなり、パニック映画で誰もいなくなった大都会にいる気分。とても新鮮な気分でした。


気付けば本町。40分かけて地下鉄2駅分歩きました。体も冷え切ってきたし、そろそろ潮時です。タクシーを拾って宿へ。先ほどの「ちゃぶり屋」と違って、近距離客なのに紳士的で親切な運転手さんでした。とかく悪い話ばかり聞く大阪のタクシーですが、こういう人もいらっしゃる。それだけに、ごく少数の悪い人間が評判を下げるのが残念です。




翌日の大阪も快晴。夜が明けた西成はのんびりした空気に包まれていました。



18きっぷは前日に完全消費したので帰りは高速バス。前から気になっていた、サザンクロスの昼行便です。案の定というかやはりというか、発車2時間前で半分空席でした。3連休最終日なんだけどなあ。


南海高速バスターミナルは夜中しか訪れたことがなかったので、明るい時間は今回が初めて。いつもおっちゃんが座っている受け付けに女性の事務員さんがいました。誘導員さんもいます。お客も少なく、全般にまったりムード。年中混み合うJRバスの大阪駅ターミナルにはない雰囲気でした。どんなに難波駅がスタイリッシュになっても、南海はこのへんの垢抜けないところが残っていて好きですね。


8:55発の広島行きは8:50前に到着。乗るときウテシが持っていた座席表を見ると、9列、10列あたりに「楽天席」と書いてありました。どうやら発車オーライネットだと前方、楽天だと後方を割り当てられるみたい。総裁は発オラ枠、しかも1A。夜勤に備えて寝る気満々だったのでウテシに言って楽天席の方に変えてもらいましたよ。サザンクロス昼行便は驚くべきことに、


シートに夜行用と同じブランケット!


足元が暖かいとよく眠れるんですよ。昼間のバスも寝られるにこしたことはありません。これは助かります。スリッパもありました。


夜行便のときはカーテンが閉まっていて見えませんでしたが、かなり細い道を窮屈そうに下り、これまた細い公道へ。ビル街の中を抜けると以前見たことがある景色が広がりました。熊野簡易軌道へ行くときに通ったOCAT下の交差点です(このへん参照)。きょうも2ブースのうち片方が閉まっていた湊川ランプから阪神高速へ。そして…気付いたら寝ていました。


バスが減速して目が覚めました。10:20、最初の休憩ポイント白鳥PAです。15分ほど止まって再び発車。竜野西ICの手前で再び意識が飛びました。次に目を開けたら岡山広島県境。なんだかんだ3時間近く爆睡してかなりすっきりしました。12:12、2回目の休憩ポイント福山SAに到着。初日の出帰りのときは朝ドラ「てっぱん」のポスター
が貼ってあるだけでしたが、この日はテーマ曲が流れていました。



ここからは本を読んだり、iPodtouchをいじったりしながら過ごし、広島センターには定刻より5分程度早着。無事夜勤に行くことができました。


レッグレストこそありませんが、広島~関西の昼行便ではサザンクロスが一番快適なことが分かりました。少し時間はかかるけど空いてて楽々だった赤穂線回りが、安住の地ではなくなったことを感じる旅にもなりました。「もしかしてなくなるかも?」と噂され、期間短縮の上でやっと発売された青春18。使い勝手がこれ以上悪くならないことを願います。
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負けたよ、宝塚に負けたよ 1円電車を訪ねて5完 

(タイトルの元ネタはドラマ「スクールウォーズ」で、山下真司に説得されてラグビー部入りを決めた松村雄基が言った「負けたよ、ラグビーに負けたよ」)


広島から5時間、姫路から2時間。せっかくここまで来たんだから、出石の皿そばを食べに行こうという話になりました。


出石は碁盤の目状に街路が連なる小京都。江戸時代の国替えで信州小諸から仙石氏がやって来ました。ヤンマガ連載中の「センゴク」に登場する仙石秀久の子孫です。このとき一緒に多くのそば職人も移り住み、出石流のそばが生まれました。現在のように白磁の小皿に盛るようになったのは幕末から明治にかけて。屋台で出すのに持ち運びやすくするためだったそうです。(あるTV番組ではたくさんのそばで客人をもてなすため、と言っていたような)


間もなく181系運用が終わる「はまかぜ」に乗る1人を八鹿で降ろし、13時半過ぎ、出石に到着。街中に入ると普通の週末とは思えないぐらいたくさんの観光客がいました。以前総裁が平日に来たときはガラガラでしたが…これも1000円高速効果でしょうか。市役所支所前の駐車場に止め、iモードで調べたそば屋へ行きました。


店内にはいると木札がずらり。「××××30皿」「●●●●35皿」。何でもこの店では男性が20皿以上食べると通行手形みたいな「そば通認定証」が贈られ、30皿以上食べると店内に木札を掲げることができるらしい。



さらに1時間に50皿たいらげると1年間無料!(女性は40皿) 席が空くのを待っていると、入口脇の座敷に陣取る女性5人がちょうど40皿チャレンジを始めていました。総裁たちの帰り際には結果が出てそう。果たして結果は?


団体客が去って2階の座敷が空いたようです。広間に総裁ら4グループが入りました。1人前は5皿。それだとちょっと少ない気もしたので、10皿ずつ頼みました。10分もしないうちに到着。壮観ですねぇ(・◇・)



薬味もやって来ました。小さなとろろ皿も。「とろろを入れると味が変わるので、最初は入れずにお楽しみください」。そばを前に気もそぞろに説明を聞き、レッツズルズル。出雲の割子そばに似ていますが、こちらはつゆに付けていただきます。


うん、うまい。出雲っぽい黒さがあるそばはほんのり香り、べちゃべちゃしていないのでそば本来の味が楽しめます。芸備書房前店主は3、4皿目でとろろ投入。総裁は7杯目でようやく入れました。でもこれがいけなかった。もっととろろそばを楽しみたくなって追加で5皿頼んでしまいました(^_^;)


15いくと20皿の木札まであと少し。誘惑にかられます。2、3分の葛藤。そうじゃ、そばを食いにきたのであって、木札をもらいにきたんじゃあないんよ! 総裁を悩ませるとは上手い商売を考えよったのう。。



というわけで15皿完食。割り箸が立つほど食べればそば通だそうです。ほぼ達成かのう( ´Д`)y━・~~ あ、出る時見たらさっきの女子は夢敗れてグロッキーになってましたよ(笑)


駐車場に戻る途中、以前新聞で見たカバンの自販機がありました。豊岡はバッグの生産が盛んで、地場産品としてPRする狙い。結構センスの良いデザインです。ただ…ナイロンバッグの割に高いかのう。それだけ輸入品が安すぎるということなんでしょう。



運転手を交代。明延を出た段階で、せっかくここまで来たんだから大阪にも行こうという話になっていました。播但連絡道で南下かなと思ってナビで検索すると、福知山を回るように出ました。ん、福知山?

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実は出石がある豊岡市と福知山市は隣どうし。確かに、舞鶴若狭道を走ればまっすぐ南に下るので播但連絡道回りよりはるかに速そう。実は倉敷から続く国道426号を東に走り、京都府に入りました…とここまでは覚えているんですが、気付いたら寝落ちしていました。


30分後。気付いたら渋滞の中にいました。前店主によると国道9号に入ってからずっとこんなんらしい。日曜夕方。大阪へ帰るクルマと買い物に行くクルマが錯綜しているようです。お互いに猛烈な尿意を感じたので国道脇のマックで休憩。JARTICのサイトで道路情報をチェックすると、無料化になった舞鶴若狭道は流れているものの、中国道で名物の宝塚渋滞が発生しています。


最後尾は山陽道と合流する神戸JCTの少し西。舞鶴若狭道と中国道が合わさる吉川JCTから東へ2kmの神戸三田ICから六甲北有料を走れば神戸へ出られそうです。市内にクルマを止めて、阪神電車で大阪入り、そんな計画を立てました。

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マックを出発して再び国道に戻りましたが…相変わらずの渋滞。インターまではまだ距離があります。ナビで周辺道路を見ると、別の国道を走れば一つ次の春日インターまでそんなに遠回りせずに行けそう。えいやとハンドルを右に切り、住宅地に突入。方向感覚だけで家々の間を右に左に駆け抜け、エエ具合に別の国道に出られました。こちらはガラガラ。総裁の勝ち!


舞鶴若狭道は交通量が多いものの、流れは順調。30分ほどで中国道に合流しました。良かった良かった…と思った瞬間、目の前に衝撃的な光景が広がりました。


宝塚渋滞!


何と最後尾が吉川まで達していたのです。渋滞とは生き物。その恐ろしさを思い知りました。神戸三田で下りようと左車線をキープしますが、PAから出て来るクルマがいることに加え、インター自体が混んでいるようで、特に進みません。段々大阪へ行く気持ちが萎えてきました。


ナビのテレビで各局のニュースをザッピング。熊野大社の干支ナントカを3回ぐらい見て、ようやく神戸三田出口に着きました。吉川JCTから2kmで1時間かかりました。。そしてそんな総裁たちに追い打ちをかける事態が。


六甲北有料入口、激コミ!!


戦乱から逃れたのに難民キャンプでも内戦に巻き込まれた。ちょっとオーバーな言い方ですが、それぐらい希望を失った瞬間でした。アタマをフル回転。六甲北有料とは反対の方向にハンドルを切りました。理由もなくウオーっと走る思春期男子のごとく、団地内の道路を疾走。久々にアクセルを思い切り踏めました☆


西宮北インターから西向きに走り、神戸JCTから山陽道へ。三木JCTから垂水方面に進路を変えてやっと快適ドライブになりました。しかし、世の中甘くなかった。阪神高速の道路状況を示す電光掲示板に「魚崎?月見山 渋滞15km」の文字。最後の望みだった海沿いルートも封じられ、万事休すです。大阪行きを断念して神戸をふらつくことに決定。19:45、新開地の100円パーキングに止めました。出石を出て4時間が経っていました( ;´Д`)


街中をブラブラした後、「はまかぜ」に乗ったもう一人と合流。帰路につきました。




明延の皆さんの熱意に触れ、元気がもらえた一日でした。一円電車が一日でも長く、少しでも遠くまで走らせることができますように。仙櫻を買い忘れてしまったので、宿題もできました。次こそは全但バスで行きたいと思います。
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明延の火は消えず 1円電車を訪ねて4 

同じバスに乗ってきた全員が集合。元明延鉱山従業員さんのガイドで坑道に入ります。歩きやすいように照明がしっかりついているだろうと思いきや、中は真っ暗。ガイドさんの懐中電灯が頼りです。チリ鉱山のニュースでは「地底は気温も湿度も高い」と報じていましたが、明延は逆。ひんやりしていて長袖でも肌寒く感じるほどでした。床には鉱石を運ぶトロッコのための線路が今も残っています。普段だったらテンションが上がるところですが、気をつけないと枕木でコケそう。きょうは神経を遣います。

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入口の方を振り返るとこんな感じ。超スローシャッターで撮ったので明るく見えますが、実際は真っ暗です。

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洞窟って虫やコウモリがウゾウゾいるイメージでしたが、気温が低すぎるためか、こまめに人の手が入っているからか、うごめくものは見あたらず。しばらくまっすぐ進み、左に枝分かれしている細い道に入ります。天井が高くなり、行き止まりになっている場所へ。この真上が鉱脈だそうです。周りの壁と区別がつきませんが、玄人には分かるらしい。

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目をこらして行き止まりの奥を見たら光が差し込んでいました。細い穴が地上に続いているらしい。江戸時代に掘削した入口だそうで、昭和との技術の違いを感じます。

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メーンルートに戻って細くて急な、いかにも作業用の階段を昇ります。通路を進み再び天井が高い場所に出ました。よく見るといま歩いてきた通路の上層に別の通路があります。

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明延鉱山は奥に向かって通路を掘るだけではなく、縦穴・横穴を通し、ビルの階段・廊下みたく立体的に通路を確保したそう。掘削を重ねた結果、


総延長550km!


広島から明延よりも長い。日本の鉱山技術は世界有数とは聞いていました。実際のデータを目の当たりにするとよく分かりました。すごい、の一言。次に解説があったのはその一端を示すボーリング現場です。ボーリングや採掘ってドリルをぐいんぐいん動かして掘ると思っていましたが、実は空気圧とバッテリーを使っています。空気を汚し、引火の恐れのあるエンジンが使えないため。そしてこの機械も軌道を走る「車両」でした! 確かに、狭い坑道で物を運ぶにはレールを使うのが一番速いですから。

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細い階段を下りると、「車両」が続々登場します。まずは機関車。

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坑内を巡回する「パトロールカー」なんてクルマもいます。

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さらに奥には電車区?的な場所がありました。線路が何本も枝分かれし、ここにも機関車がいました。

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坑道に合わせてどれもかわいらしいミニサイズ。遊園地のゴーカートを見ているようです。しかしどれも作業員や鉱石を運んだ力持ち。ところどころ浮いているサビは日本の高度成長を支えた勲章です。歩くだけではなく、こういう乗り物で坑内を巡るツアーがいつの日か実現できればなと思います。


出口に近づいたあたりで右に曲がると、エレベーター場がありました。ビル工事現場よりもっと大きいタイプ。一度にたくさんの人や鉱石を運べるよう2階建てになっています。年季は入っていますが、一般的なエレベーターの2倍の早さで動くそう。荷物が多いと下りはさらに速くなるそうで、総裁だったら格子にしがみつきそう…。重機などは分解して運び、現場で組み立てたそうです。

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明延鉱山は学習の場以外の役割も担っています。天気の影響を受けない坑内は年間を通じて気温12~15度。この特性を生かして日本酒や醤油を熟成する場になっています。

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閉山当初は坑道をどう再利用するか試行錯誤がありました。そんな中、試しに市販のごくごく普通の日本酒をしばらく置いたらびっくりするほど美味くなったそう。ならばと当時の大屋町と南隣、宍粟市山崎町の山陽盃酒造がタッグ。地元産の有機米と氷ノ山のわき水を使った特製の日本酒を造るようになりました。「仙櫻」といい、毎年10月に蔵開き式をして、地元だけで売っているそう。これは飲みたい。そんな考えがアタマを巡るうち、出口が見えてきました。


明延鉱山は操業を停止し、水没処理が済みました。しかし地下深くにはまだ多くのスズが眠っています。「万が一の何かが起きて日本が海外からスズを輸入できなくなったとき、もう一度採掘ができるようになっています」。ガイドさんの言葉には「明延の火はまだ消えていない」という強い思いを感じました。鉱石を輸入できない事態は本来あってはならない。でもそのまさかの時には自分も採掘に加わる。鉱山の男の誇りを感じました。


シャトルバスで再びあけのべ振興館へ。特に案内がないのでスルーしていましたが、館内は1円電車が現役だったころの貴重な写真や図面が並んでいました。思わず声を上げそうになったほど。特に1円電車、神子畑~新井駅のバス、播但線の乗り換え時刻表と、カラー写真にはぐっときましたが、展示写真を撮るのはいかにもマナー違反な気がしたので控えました。恐らく今後も1円電車まつりに出展されると思います。是非明延で見ていただければと思います。

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鉄道の催しではおなじみの模型。ちゃんと鉱山仕様になっていました。

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最後におにぎりを食べ一服。左側は松茸むすびです。思わぬところで今季初松茸をいただきました。菜っ葉むすびは薄味で、松茸むすびと一緒に食べてちょうど良いぐらいでした。

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結局明延にはたっぷり3時間滞在。今まで知っているようで知らなかった鉱山の世界を学ぶことができました。操業していない坑道は真っ暗で無機質で落ち着かない場所。閉じこめられたチリの鉱山労働者たちが仲違いしたのも無理ありません。RPGをプレイするときには当たり前のように洞窟に入りました。勇者たち、正直すまんかった。あんな状況でモンスターなんか出たら冷静じゃいられんよなあ。


本当に貴重な体験ができました。地元の人に感謝します。いつまでもこの祭りが続きますように。
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乗車! 1円電車を訪ねて3 

カタンカタンとくろがね号が戻ってきました。1円を払おうとしたら、きょうは無料とのこと。にもかかわらず当時の乗車券を模した記念証までいただきました。こういう細かい演出が心憎いですね。「メイシン」と聞くと名神高速を思い出しますが、明延では軌道のこと。明延と神子畑を結んでいたから「明神」だそう。

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総裁の背より少し低い入口から身を屈めて乗ります。既に7、8人が乗車。今回同行した芸備書房前店主らは座れず、しゃがんでの1円電車体験になりました。週刊誌に取り上げられて以降、一般の乗車を制限するようになったのもうなづけます。機関車が警笛を鳴らして発車です。

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小さな格子窓越しに景色が動き始めました。線路は更地にありますが、くろがね号の車内から見ると鉱山の作業場内を走っている感覚になります。貴賓車としても使っていただけあって、狭い車内ながらシートの座り心地はなかなか。姫路から2時間近くかけて戻ってきた明延の人は腰を下ろして安堵したんじゃろうなあ。



ぐいーっとカーブを曲がり終点到着。ここから折り返します。周りを見ると、大きなお友達以上に地元の皆さんが目を輝かせていました。わずか1分半ほどの1円電車体験でしたが、その何倍も楽しました。座れなかった芸備書房前店主はもう一回乗車したほどです。総裁たちが降りた後にゆるキャラも駅にやって来ました。養父市観光協会のマスコットらしい。

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このサイズじゃ乗れんじゃろ(笑)

たくさんのハードルを乗り越えて今回の運行にこぎつけた地元の皆さんにアタマが下がります。地域の過疎化が進んだ上、播但エリア以外での知名度が低いため、なかなか募金が集まっていないそうです。感謝を込めて募金箱にお金を入れ、一円電車グッズを買いました。

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露店やステージが並ぶエリアの真ん中には足こぎトロッコが登場。乗ったら間違いなく楽しいと直感しましたが、三十路男が一人乗るにはなかなかに、ねえ。あ、でもこれも立派な線路だから物を運ぶのが便利になるし、何よりこのサイズならお手軽に敷けるのでは…熊野へ行って以来そんなことばかり考えるようになってきました(;´∀`)

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きょうは鉱山跡の見学会もあります。普段は予約が必要で個人ではなかなか機会がない。せっかくなので行ってみることにしました。養父市と書かれたシャトルバスで朝来から来た道を戻ります。ぐねぐねと坂を登って、行きがけに見たテント前で下車。500円を払ってヘルメットを受け取りました。ぱっくりと口を開けた坑道入り口に集合。入り口こそ子ども向けっぽい造りですが、中をのぞくと普通に鉱山です。気分は川口浩探検隊♪

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発車! 1円電車を訪ねて2 

駐車場から「駅」へ行く途中、あけのべ振興館の前に機関車や客車が並んでいました。白金号はオレンジとスカイブルーという、鉄道車両ではあまり見ないカラーリング。廃止後に地元が塗り替えたパターンかと思いきや、当時からこの色だったらしい。鉱山は採掘優先でとかくくすんだイメージになりがち。少しでも明るくしようという思いがあったのでしょう。にぎわっていたころは都会さながらに何でもあったという鉱山街。東京や大阪の流行も入ってきていたのかなあ。

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このテの車両はとかく野ざらしになりがちですが、明延はちゃんと屋根がついていました。市町村合併の跡に路線を説明する看板も加わったよう。地域が「1円電車の記憶を大切にしておこう」という気持ちを持ち続けたことがうかがえます。運転を実現するためにはお金以上に意気込みが重要です。

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真っ青の機関車は、何と昭和17年製でした! 戦況がまだいい時期で、鉱業と軍隊が密接につながっていたからこそ登場できた機関車。60年経っても古くささを感じさせないデザインですね。実用一辺倒な造りがシンプルで見ていて飽きないし、何よりかわいらしい。

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運転席は横向きです。JRのDE10機関車(赤と白の凸型の車両)もそうですが、あちらは構内の入れ替え作業が中心でそんなに長い距離を走りません。一方で明延の軌道は6km・片道30分弱の行程です。一般鉄道と違っていろいろ危険がある坑道内は神経を遣うはず。運転室も窓も小さいので運転士は首と腰が痛くなりそうです。

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駅舎の壁で線路を敷く様子を紹介。みなさんいい顔をされています。ネットニュースの記事を読むと、作業スタッフの中にはかつて実際に明延軌道で線路を敷いた方もいらっしゃったそう。地域ぐるみだし行政も後押ししているので、熊野簡易軌道とは事情が違います。しかしここでも人と人との絆がレールを、心をつないでいました。

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1円電車乗り場に行くとちょうど到着したところでした。客車「くろがね」号と大阪の会社から格安で譲ってもらったというバッテリー機関車の2両編成。くろがねは貴賓車で、三菱の役員が視察に来たときなどに乗ったそうです。まさに「鉱山のグリーン車」。機関車はオープンエアになった分、運転士の作業スペースが広がりました。家族連れらが続々乗車。最初の1本は見過ごして写真を撮ることにしました。

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スタッフの合図で発車。JRの気動車と違って「ガガガガ」はなくとても静かです。まさにスーッと総裁の前を通り過ぎ、スピードがついたところでガタンガタンとレールの上を走る音がし始めました。

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カメラの列の前をゆっくり大きくカーブし、反対側に着いたところで逆向きに。J字型の線路を再び駅に戻ってきました。動画で撮るとこんな感じです。

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カメラの列の中には新聞・TVの記者も。脚立の人は神戸新聞の腕章を付けていました。そして列車から人が降りるとTVクルーが早速マイクを向け感想撮り。後ろで聞いていると、きょう来た人たちは鉄道好きの大きなお友達ではなく、昔1円電車に乗った地元の人、地元出身者が中心でした。どうりで、カメラの前を通り過ぎると殺気立った視線を感じたり、怒号が飛ぶような殺伐とした雰囲気がないわけです。(そんな自己中心的なヲタは鉄道好きの中でもごく一部なんですけど)

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ふと車庫を見ると、思ったよりレールが短い。これで機関車が入りきるのかと思いましたが、よく見ると車輪から車両端まで結構長さがある。何とかなりそうな感じです。

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さて、いよいよ総裁が乗る番です。

【追記】
YouTubeに現役時代の動画がありました。感動!

アーカイブ 明延よ永遠に(兵庫県・養父市)

最後の鉱石を追って 神子畑選鉱場(兵庫県・朝来市)
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