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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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仕事って疲れるものだった! 

きのう久々に出勤。出会う人皆から「やせたなあ」と言っていただけました。仕事自体は普通にこなせましたが、どっと疲れが出ました


入院中は散々「眠れない」と書きましたが、昨晩は帰宅後即熟睡。睡眠障害かと不安を持っていましたが、何のことはない、体が元気なままだったわけです。


やっぱり仕事ってものすごく疲れるんですね。でもこれがあるからしっかり眠れるのかもしれない、と考えると疲労が心地よく感じられるようになりました。
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広島発 バスに揺られて 2nd stage 

84.大船駅17:10→17:43戸塚バスセンター(神奈中)戸71ヒルズ 金井 戸塚バスセンター
07071201

(運賃は250円)

このあたりこのあたりの地図をご参照ください)大船駅から横浜駅行きのバスがあるが、どこから出るのか分からない…バスターミナルらしきものがない大船駅西口でキョロキョロ。すると川向こうの道路沿いに人がたくさん並んでいる一角がある。よく見ると神奈中のバス停が!


まあ神奈中で戸塚へ出て乗り換えればいいか。まるで始発とは思えないような、普通の道路沿いに乗り場があった。


そんな玄人向きのバス停には既に20-30人並んでいた。色んな行き先のバスが止まるところだしと思っていたら、悪いことにみんな戸塚行きバスに乗る。総裁らは結局立つ羽目になった。全員が乗り通すことはないだろう。夕食時間帯、買い物のビニール袋がカサカサとにぎやかに擦れあう。


名も知らない川沿いを走り、宮ノ前を過ぎたところで、線路をまたいで延びてきた笠間大橋へ上る。橋を通る県道と業粒子、線路とは反対側の山に入るとすぐ「横浜市」の標識があった。厳密に言えば大船駅も一部横浜市だが、ちょっとかする程度なので、ここが本格的な横浜市入り。


日本第2の街、港町など都会的な別名がある横浜だが、このあたりは一番端っこだ。


田畑と山が広がり、窓を開ければスズムシの音色が聞こえてきそう。田谷で細い道へ曲がった先に「洞窟・ラドン温泉前」なんてバス停があり、停留所前にあった建物は、まるで田舎の観光施設。故川口浩氏が入っていきそうな洞窟まである。


このあたりは横浜の、港町とは違うベッドタウンとしての一面をのぞかせる。暮れ切って車窓が真っ暗になった中、小さな山を切り開いた坂を上ったり下ったり。少しずつ家も、降りる人も増えていき、路線のほぼ半分行った金井でやっと座れた。


道路事情があまりよくない地域で、座ったと思ったら次の日ノ出橋から今度は渋滞が始まった。狭くてくねくねした道沿いには、少しでも土地があればロードサイド店や飲食店が並ぶ。


いくら横浜でも、この辺りだと駅に出るまでがひと苦労で通勤通学も大変そう。


横浜市内って鉄道の恩恵を受けない場所でもびっしり家が建ってしまい、こういう地域が結構多い。大学時代に生活していた港北区の日吉(北東端)も駅から遠く離れた場所でも家がびっしり建っていた。


少しカーブした場所にあった長久保でかなりの人が乗り降り。やっと渋滞から抜け出し、バスは遅延回復モードですっ飛ばす。皇谷台団地なんて仰々しいバス停を過ぎ、東電前の先で片側2車線の国道1号に合流。店がどっと増えた一角でさらにスピードを増し、やっと戸塚バスセンターに着いた。


時刻表示上は18分の距離だが、その時間で走るのは絶対ムリ。バスはちょっと古めかしいターミナルで客を吐き出し、回送になって走り去った。このダイヤではウテシが気の毒だ。


ダイヤといえば、この戸71系統、ヒルズ南戸塚を経由する便は時刻表に「ヒ」と注釈が付いている。昼間は軒並みここを経由するので時刻表は「ヒヒヒ」と並び、ちょっと気持ち悪い。いや、余談だが。ヒヒヒヒ…。

戸塚バスセンターが駅から結構離れていたことは大学時代に来て知っていたが、どの方角に駅があるかは忘れてしまった。とりあえず人がたくさん歩いている方へ行ってみる。


小さい店が密集した一角に出るが「本当にこっちか」との疑問はぬぐえない。「あの角を過ぎて違うぽかったら、誰かに聞いてみよう」と思い、突き当りを曲がると線路が見えた。喜び勇んで歩くと、完全に裏口っぽい戸塚駅西口があった。


商店街は電車=バスを乗り換える客が通るからいいだろうけど、ちょっと不便すぎる。無理やり人通りを多くするのではなく、店の努力でどうにかした方がエエような。一応再開発計画が進んでいるそうだ。

85.戸塚駅18:02→19:10横浜駅(神奈中)横43井土ヶ谷・関内駅前 横浜駅
07071202

(運賃は210円)

このあたりこのあたりこのあたりの地図をご参照ください)
長いこと乗った神奈中もこのバスでラスト。それにふさわしいロングラン路線だ。時刻表通り走っても46分かかる。西口とは一転、近代的な東口ターミナルから乗車。土曜日ながら約20人が乗り、座席は一通り埋まった。


駅を出てすぐ国道1号に合流。少し住宅地が続いた後、すぐに工場地帯になった。


最初こそ快走だったが、2つ目の停留所、元町を過ぎたあたりでもう渋滞にかかった。しかもノロノロ運転なんてレベルではない、本格的な混雑。2車線のうち左側1車線が完全につぶれている。街灯のオレンジ色と、テールランプの赤がどこまでも続く。


少しずつ動いてブリジストン前で4人ほどが乗車。「この先もこんな調子か」と半ばあきらめていたら、ウテシが思い切った。空いていた右車線に躍り出て疾走。不動坂バス停前で左ウインカーを出し、本来は外で待つ乗客向けのマイクで「入れてください」とお願いしたのだ。


クルマ側もびっくりしたようで、すぐに道を譲っていた。これぞ本当のマイクパフォーマンス。「ずるい」と思う方もあるだろうが、総裁は、バスはマイカーより優先されるべきだと考えている。きっと本家マイクパフォーマンスのラッシャー木村も納得してくれるだろう。


ガンになった交差点を過ぎ、やっと動くようになった。


山谷の先で国道1号に別れを告げ、住宅地へ。引越坂バス停からは一気に坂を下り、大池・上六ッ川でかなりの客が降りる。左右の山すそには、もうこれ以上ムリなんじゃないか、というぐらい団地が広がり、バスを降りた人は慣れた足取りで坂を上っていった。


弘明寺口の先からは京急と市営地下鉄の間を走る。井土ヶ谷まで来ると道路沿いに店やビルが増え、ベッドタウンから日本第二の街に入ってきた感じだ。Y校前は、県内でもっとも歴史ある公立高、市立横浜商の略称がそのまま名前になった珍しいバス停。


阪東橋を過ぎるといよいよ横浜の中心部。道路沿いの建物の裏はもう歓楽街、独特な、淫靡なネオンが輝き「街の明かりがとてもきれいねヨコハマ」(♪ブルーライトヨコハマ/石田あゆみ)なんて歌詞が口をついて出る。


横浜市営バスだらけの中で、この神奈中バスが異彩を放つ。いやこの黄色い色の方が伊勢佐木あたりの街に溶け込んでいるかもしれない。


路駐と通りを歩く人が一気に増え、相棒氏がボソッと「オレはきょうの昼からだけど、ここまで来たんだ、て気がするよ」。総裁も名古屋以来の、本物の大都市。口にこそ出さないがここまで来たという思いをかみしめる。


大学時代、横浜スタジアムへカープ観戦に行くため何度も通った関内駅でJR根岸線をくぐり、尾上町からはこれまでと雰囲気が一転、官庁街、ビジネス街になる。


馬車道駅前を過ぎたあたりで遠くに夜空を白く貫くビル、ランドマークタワーが見えてきた。


その輝きに吸い込まれるように水路を渡り、桜木町を過ぎると、あとは根岸線と並行して横浜駅へ一直線。横浜駅改札口前で総裁ら以外の客が降り、国道1号線をアンダーパスした先、横浜駅東口バスターミナルに着いた。

07071203バス旅をしていて各社で目に付いたのがウテシ募集の広告。団塊世代の大量退職に加え、給料が下がる一方で拘束時間が増えるなど労働環境が悪化していて、どの会社も人繰りに苦労しているようだ。


リアウィンドーにステッカーがある広電や井笠鉄道、ウテシ後ろのボードに紙を貼っている阪神、名鉄バスや神奈中にも貼り紙があった。


特に熱心なのが、しずてつジャストラインだ。以前紹介したが、凝りに凝ったリクルートサイトを新設。採用も大型2種免がなくても入れる「養成タイプ」がある。


県内でTVCMを流すほか、首都圏や関西はおろか仙台、札幌など県外での説明会も積極的に開いている。


業界が慢性的に人不足の中、少しでもいい人材を確保するため徹底した攻めの戦術に出ているのだろう。それにしても長いこと募集をかけている。それでも集まらない?


今回の旅を振り返って熱心に募集している会社には共通点があった。この旅で遅れを出している会社ばかりなのだ


路線環境が悪い→遅れる→休みが減る・拘束が長くなる、という悪循環があって、それでいて他社と同じ給与水準では集まらないだろう。


熱心に人材を集めるのもいいが、働きやすい環境づくりをする方が先決。ひいては利用者の利益にもなる。「どうせ辞めるんだから多めに採用しておこう」的な考えは止めた方が良いと思う。

痔ダイアリー卒業日 

ついにこの日が来ました。


昨晩はラジオでカープ中継を聴いてしまい、腹が立ってなかなか眠れませんでした。まあ、あす(13日)は夜勤。睡眠の帳尻あわせはできるのでどうにかなるでしょう。


朝食を終えて、すぐにシャワー。少し待って先生の触診を受けました。大丈夫なようです。


この病院、なぜか退院時に先生と記念写真を撮る風習があり「どうしますか?」と聞かれました。まあネタになるので撮りましたよ。その後清算をして終了。晴れて退院となりました。
07071101

10日間、作家のごとくblogを更新しまくった日々(笑)ともお別れです。


ネトで色々な闘病記を読む限り、かなり良い方の病院だったと思います。術後も割と順調でした。看護士さんがそれぞれオススメ肛門ケア情報を持っていて、日々発見。人と会うごとに話が進む、まるでRPGみたいでした


そして何よりメシが良かった。看護師さんによると、成人男性が摂るべきカロリーより少し抑えたメニューらしいですが、メニュー充実でそれを感じさせなかったです。


無理して野菜ばっかり食わなくてもエエ、というのは目からウロコ。10日間、一切運動はしませんでしたが、3食規則正しく、栄養バランスが整ったものを食べるだけで7kgも痩せましたよ。帰り、久々に履いたジーンズがダブダブになったぐらい。


病院スタッフの皆様にはこの場をお借りして感謝します。


総裁の隣室は、9日にどっかの会社の偉い人が退院後空室でしたが、11日に新しい患者さんが入院しました。


この人、痛いじゃ、何じゃと回診に来た看護師さんを離さないし、昨晩は消灯後も妻?と大声で談笑していてサバサバ系の看護師さんに一喝されていました。こりゃあ後々大変そう。総裁の病院デイズは終わりますが、病院では新しいドラマが生まれることでしょう。


総裁は今後2カ月程度、週1回肛門のゴムを締めに行きます。通院は続きますが、長々と書いてきました痔ダイアリー、ここでいったんおしまいにしたいと思います。


当方がネットの闘病記を大いに参考にしたように、このダイアリーがほかの痔ろう患者さんの役に立てればと思います。ありがとうございました。
痔ダイアリー  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

お断り 

先ほど、痔ダイアリー10日目続で書きましたように、総裁はあす(12日)午前に退院します。13日から出勤する予定。また多忙な日々に戻ります。


このため以前のように、blogの更新頻度が大幅に落ちます(もっとも、しばらくは酒が飲めず、早く帰宅するので、それでも多めになるとは思いますが)。バス旅が佳境に入ったところで申し訳ないですが、あらかじめご了承願います。


理解ある上司のおかげで、今回の休みは夏休み扱いの休日を1日使うだけで済みました。10月には短いながら夏休みを取れる予定で、またどこかでバスに乗りたいと思います。
あいさつ  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

痔ダイアリー10日目続 

昼からは会社の同期に加え、昨冬に会社を辞めた元同期も見舞いに来てくれました。久々の不謹慎気味トークに話が咲き、2時間ぐらい楽しい時間を過ごせました。アタマが下がります。


その後は母親が来ましたが、あまりに身勝手でスジの通らない愚痴を言うので「そういうのは良くない」と話したらヒスを起して帰りました。


退院後しばらくはウォシュレットのある実家から通うつもりでしたが、これは先が思いやられます。やれやれ。


夕食後便意を催してトイレに行くと、先客がいたため下の階のトイレに行ったのですが、ここで衝撃の事実。下の階は相部屋並んでいるのですが、明らかにこっちのトイレが新しい!!


近付いたら自動的にフタが開きましたよ! もちろん自動で閉まるのですが、すっかりいつもの調子で手で閉める体たらく。まあいいや。今夜が入院最後の夜。それを祝福するかのように空は晴れ、夕日が部屋を照らしていました。


夕方の回診で看護師さんから「あすの食事、朝までにしますか、昼までにしますか?」と聞かれ、少し悩みましたが、「朝まで」と答えました。いつまでもヌルマ湯にいてはいけません。それは総裁の決意表明でした。


入院してからカープは負けっぱなしでした。きょうもまた逆転されました。せめて1勝ぐらいせえよ、と願いながら布団に入ることにしましょう。
痔ダイアリー  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

広島発 バスに揺られて 2nd stage 

81.茅ヶ崎駅15:20→15:45辻堂駅(神奈中)辻01辻堂駅
07071011

(運賃は220円)

このあたりの地図をご参照ください)次は藤沢行きだ。バス停に行き、時刻表を見る。確かに数字は20分おきに並んでいる…が、よく見ると「辻」の字がいたるところに。注意書きを見ると「辻:辻01辻堂駅北口行き」。ん、3分の2は辻堂止まり!?


何と藤沢駅行きが20分おきなのではなく、1時間に1本の藤沢行きと、1時間に2本の辻堂行きで20分おきだったのだ! 首都圏に入って気が緩んだのか、総裁ともあろうものが時刻表をちゃんと見ていなかったのだ。思い切り凹む。


藤沢駅行きは15:00に出たばかりで、次は15:40まで来ない。前向き旅で嘆いていても仕方ない。


おそらく辻堂始発の藤沢行きがあるだろうし、隣の駅どうしなら系統も多いかもしれない。20分発の辻堂駅行きに乗ろうじゃないか。となりの駅までしか行かないバスだが、子どもたちを含めて10人が乗り込んだ。


駅前通りを走りすぐに国道1号=東海道に合流。東海道らしからぬ立派な地下道が整った交差点を右折する。しかし、ここからがノロノロ運転。ゆるやかにカーブした道路の前を見るとずーっとクルマの列が続いている。


さっきまで都会に近付いてきたと浮かれていたが、世の中そんなに甘くない。


東海道に入ってすぐにあったのが一里塚交差点。


この辺りにも松が少しあったが、茅ヶ崎高校前あたりには本格的に松並木が残っていた。松林、赤松町なんて地名まである。少しコントラストを濃くした西日に照らされ緑が深みを増し、街全体が色濃くなった感じだ。段々とお客が降りていく。


茅ヶ崎というとサザンのイメージ、80年代以降の新しい(少し懐かしい?)印象があったので意外だった。


ちょっと目からウロコが落ちたなと思ううち、藤沢市内に入り、羽鳥交差点で右折。ノロノロ運転はここまで続いた。右手に巨大な空き地が見える駅前通りを走るうち、辻堂駅が見えてきた。


空き地の端っこに小さな葬祭場があるだけの少し殺風景な乗り場。メーンターミナルは南口だったか。
82.辻堂駅15:59→16:19藤沢駅(神奈中)藤09引地橋 藤沢駅
07071007

(運賃は240円)

このあたりの地図をご参照ください)想像以上にがらんとした辻堂駅前。想定外の事態ゆえ調べていなかったが、時刻表を見ると藤沢駅行きは2系統合わせて何と1時間に1-2本! 隣の駅どうしながら、何と細いつながり。。


幸い着いて10分後に次の便があったが、運が悪かったら40分以上待たなければならない。まあ運がエエ方だろう。


人気がなかったが、少し遅れてバスが到着したとたん、どこかからお客がやってきた。7人で扉を閉め、発車。今度は空き地を左手に見ながら駅前通りを北上、国道1号まで行かず市民会館の角で右に曲がる。


住宅地を縫うように続く狭い2車線道。微妙にカーブした道を進み、中学校の前を過ぎた汲田で半分以上が降りた。歩けない距離ではないし、便数も少ないのに、よくバスが使われているなと思う。


住宅前を過ぎまっすぐ走るのかと思いきや、ここで左斜め前の1.5車線道に突撃。相棒氏は「あんなところへ入っていくんですねー」と感心の様子だが、総裁からすれば広い道に見えてしまう。特に午前中箱根の山下りをしたし。「もうこんなの慣れてしまいまして…」。


まるでくみあい肥料のような(この表現は大学時代のバス旅記でも使ったが)タンクがあるメルシャンワイン工場前で県道に合流。クルマが多く、また走ったり、止まったりになる。


方向幕にある引地橋を過ぎると、建物が増えてきて台町。ここで小田急線の藤沢本町駅を高架でまたぐ。


首都圏にありがちな、小さな店舗が密集した駅前商店街が続き、夕日でオレンジ色に照らされた街路を買い物客がたくさん歩いている。もう夕食を準備する時間だ。


高校前で右折し、南仲通りの細い道を左に右に曲がったら、もう藤沢駅。空中庭園となっている駅前広場の下、少し薄暗い場所がバスターミナルになり、どの乗り場にもたくさんの人が並んでいた。


もうすぐ夕ラッシュという頃合、神奈中バスと、もうちょとオレンジ色が濃い江ノ電バスがぎっしり並んでいた。
83.藤沢駅16:30→16:55大船駅(神奈中)船32渡内 大船駅
07071008

(運賃は250円)

このあたりの地図をご参照ください)排ガスがこもるため、長居すると喉を悪くしそうなターミナル。うろうろしてやっと乗り場を見つけたらもうバスが来ていた。11人ほどが乗り、暮れかけた太陽の下に出る。


三富士町、相生町をさっきとは逆にたどり、南仲通りの交差点で台町の方へ行かず北東方向へ直進。国道467号、通称「藤沢街道」を渡り、山にある団地へ向かってエンジンを噴かす。


途中藤沢橋のバス停を見ると行き先に「戸81戸塚バスセンター」とある。戸塚は大船より横浜寄り。しまった、またミスった


原因は大学時代にさかのぼる。西向きに旅したとき、戸塚から先へ行くバスが分からず、右往左往した挙句やっと駅から離れた戸塚バスセンターを発見。止まっていた大船駅行きに飛び乗り、大船駅から藤沢駅へ行った。


実は戸塚駅-藤沢駅の直通系統があったことが後で分かった。「次に乗ることがあったらこれを使おう」と思っていたが、何年も経つ間に忘れた。


そして今回計画を組むとき、大学時代に実際に使った路線だけを思い出し、藤沢-大船-戸塚のルートを決めてしまったのだ。これで1系統分=約30分のロス。これも後で響いてくる。


少し坂のきつい団地内を走り、停留所ごとに人が降り始めた。


藤が丘中学校前で別の県道をまたぎ、渡内、関谷入口を過ぎると一気に坂を下る。またしてもきつい傾斜で東京は広島以上に無理して団地を造ってるなと実感する。


このへんから今度は大船駅へ行く人が乗り始めた。神奈中にありがちな藤沢駅-団地、団地-大船駅をくっつけた系統だ。


坂を下りきったところで右手に大きな建物が見え「もう駅か」と思ったらコーナン。駅はもうしばらく住宅地を走って坂を下りた先にあった。


終点バス停は大船駅の裏口、といった感じ。これでもかと並ぶ放置自転車がなかったら地方都市の駅と言っても分からないかもしれない。相棒氏と2人揃って「本当に大船かと思った」。

07071009バスを降りるときに押すボタン。メーカーのホームページに「降車信号装置」とあるこのシロモノ、車内アナウンスでも降りるときに知らせる装置として登場しますが、会社によって微妙に表現が違うのです。


まずこの装置について一切触れないのは三重交通。2-3回に1回は「次は××です」の後におまけ放送が付くが、どれも「お降りの方はお知らせください」。


同社はバス会社でも珍しく「バスの乗り方」をホームページに載せているが、ここにも降りるときにボタンを押す旨は書いていない。「みんな分かっとるやろ」ということか。


次に広島でも聞かれるボタンという表現。神姫バスや(この後乗る)横浜市交通局、東京都交通局は単に「ボタンでお知らせください(願います、の事業者も)」。


だが、富士急静岡バスはちょっと詳しくなって「押しボタンでお知らせください」。総裁には一番しっくりくる。


名古屋界隈ではブザーと呼ばれる。同じ系列である名鉄バスと豊橋鉄道が採用していて、いずれも「ブ」ではなく「ザー」にアクセントがある。昔はビーっと音が鳴ったかもしれないが、今は普通にピンポンとなる。


音に忠実なのが神奈中でチャイムと言う。バス停によって単に「チャイムでお知らせください」と流れる場合と、丁寧に「車内取り付けチャイムでお知らせ願います」という場合がある。車内取り付け以外のチャイムを鳴らす奴がおるんかいな?


ちなみに車内アナウンスで言えば、関西圏から西は「危険ですからバスが止まりますまで席をお立ちにならないでください」という流す事業者が多かった。西日本人がイラチだからか、たまたまか。


普段聞き流しがちな車内放送だが、突き詰めると結構奥が深い


ちなみに会社の同期が結婚したとき、広電バスの車内アナウンスをされている方が司会だった。当たり前だが、車内で聞く声そのまま。何だかバスに乗っているような気分で、式もそぞろに一人「おお!」とハイテンションになっていたのは内緒の話。

痔ダイアリー10日目 

おはようございます。昨晩は0時前に寝入り、朝7時前まで割と眠れました。念のため眠剤をもらっていましたが、出番なし。しかし、肛門のジクジクした痛みは相変わらずです。


朝食後に排便したら、さらにジクジクするようになり、PC前に座るのもしんどくなりました


風呂に浸かって呼び出しを待ちますが、きょうもナシのつぶて。風呂上りを知らせて1時間経ち、さすがに…と思ってナースコールすると「きょうは外来が混んでいて」とのこと。そうは言うても診てもらえることになりました。


退院が延びるのがイヤなので、先生の診察を待つ間、看護師さんにジクジクした痛みの話をしてみました。説明によると…

・手術直後はゴムを付けただけで締めてはいなかった。
・2日前に初めて締めて、いま肛門括約筋を少しずつ切っている最中。
・排便すると肛門を刺激されるから、そりゃあ痛い。
・括約筋を切っているから、ウミも出ますよ


ということらしい。つまり異常なし。むしろ無事に括約筋が切れている証拠なのです。入院中はいいですが、退院後も週に1度ヒモの締め直しがあります。直後は仕事に差し支えるかもしれません…orz
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痔ダイアリー9日目 

※今回も排泄物についての直接的な表現があります。食事前などで不快に思う方は読まれないことをオススメします。


昨晩はなかなか寝られず、眠りに入ったのは午前2時前だったでしょうか。朝看護師さんの検温の時も半分目をつぶった状態でした。総裁は割と寝入りがいい方だと思っていたのですが。。それだけ普段仕事で疲れている、ということなんでしょう。


朝、排便に行こうかなと思ったところにシャワーへ行くよう連絡があったので「じゃあ昼にするか」と後回しに。さっぱりした後、「シャワー終わりました」とナースコールします。


いつもはこの後「じゃあ診察室へどうぞ」となりますが、きょうは「はい、分かりました」と言われただけ。待てど暮らせど音沙汰無い。45分ぐらいして「そろそろ来てもらえますか?」実は勝手に下りれば良かった?


blogを更新するうち昼飯になり、昼過ぎに便意を催しました。そういえば朝行かなかったんだよな、とトイレに行くと、時間が遅かった分、量の多い便。と、出し終わってから何か痛い…


ジクジクしたものを感じながら夜になり、寝ましたが、何か気になるます。ガーゼを取ると、心なしかウミなどの分泌物の量が増えているような気も。もうすぐ退院なんですが。。
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広島発 バスに揺られて 2nd stage 

80.平塚駅13:45→14:05茅ヶ崎駅(神奈中)茅06茅ヶ崎駅
07071004

(運賃は280円)

このあたりの地図をご参照ください)10人ぐらいが乗ってきた。これまであまり見かけなかったような若いお客もいる。進むにしたがって都会になってきたのだ。ウテシの「発車よし」の掛け声で発車した。


たくさんの神奈中バスにすれ違いながら駅前商店街を走り、四つ角というストレートな名前のバス停を過ぎたところで右折。まだビルやマンションが林立している。JRで通るとよく分からないが、平塚は思った以上ににぎやかな街だ。


馬入橋で再び国道1号に合流。すぐに相模川を渡り茅ヶ崎市内に入る。海に近い割には結構傾斜があり、バスは住宅地の中のゆるやかな坂を上ったり下ったり。時々ロードサイド店や工場もある。


昼間は30分に1本の路線だが、屋根が付いた今宿で親子連れら10人ぐらいが待っていた。


にぎやかになったバスは新湘南バイパスくぐり、ゆっくりと右へ左へカーブしながら国道1号をたどる。この曲がり具合、元々あった東海道の道をそのまま広げたのかもしれない。


もう1回なだらかな坂を上り、茅ヶ崎四つ角。途中から乗ってきたひとはみんなここで降りてしまった。


結局総裁ら2人と女性1人だけが駅まで乗り通した。


狭いところに無理してつくった?バスターミナルへはタクシーや神奈中バスの列ができていて、降り場に着くまで少し時間が掛かった。駅前のイトーヨーカドーなどへ行くには四つ角で降りて歩いた方が早い。ましてや朝ラッシュ時をやだ。生活の知恵なのだろう。

07071005昼2時を過ぎ、いい加減腹が減ってきた。事前の調べでは茅ヶ崎から先のバスは20分に1本ある。駅前に繁華街が集中しているのか、茅ヶ崎の方が近場でたくさんの飲食店がありそう。


と、目に入ったのがかつて広島にもあったご存知シェーキーズ。ピザ・パスタ・ポテト食べ放題の店だ。「何か懐かしいですね」「オレも高校時代とか行ったよ」。最近ピザを食ってないなあ。食い放題って1人だと行きにくい。


「行っときますか?」。思わず口をついて出た。「行こっか」。決まった。


昼のピークを過ぎたとはいえ店内は満席だった。10分待っただろうか、席に案内されまずビール。旅の疲れもあいまって黄金色の癒しが体に染み込む。ああ、たまらん。ピザやパスタをガンガン取りエネルギー補給。満腹ってなんでこんなに幸せなんだろう。


となりのテーブルは総裁同様にマニアのオーラを漂わす男4人組。話の内容から察するにどこかの鉄道会社に勤める「鉄ちゃん」たちのよう。専門用語なので一般人には分かりにくいが、かなり内部事情の話をしている。こんなところでエエんかいな。総裁らもバス談義で対抗する。


さて間もなく15:00。そろそろ出よう。


…とまあ、何も考えず楽しく飲み食いしたわけだが、これが後で大きく響いてくる。。

広島発 バスに揺られて 2nd stage 

長い長い1人旅立ったが、小田原でついにパートナーが加わった。大学時代に駅でバイトをしたときの先輩で、今は首都圏の某社で働く人だ。総裁からの連絡を受け、はるばる小田原まで来てくださった。


最初合流できなかったが、間もなく超近代的なビル「ラスカ」のエスカレーターからサーっと下ってくる、まるでタカラヅカみたいな登場をされた。ちょっとカッコいいかも。
78.小田原駅11:50→12:16国府津駅(箱根登山バス)箱根湯本駅 小田原駅
07071001

(運賃は380円)

このあたりの地図をご参照ください)同じ箱根登山バスでもこちらは一般路線。さっきは中扉を使わず前扉だけで出入りをしていたが、今回は中扉から乗り込む。


15分おきに走っているだけあって、車内には既にお年寄りばかり20人ぐらいがいた。前の席に座ろうとかと思ったが、結局最後尾に。座席がほぼ埋まって駅を発つ。


さっきバスで通った駅前通りを逆向きに進む。週末だからか地元の人に観光客も混じり、街中は結構な人通り。チェーン居酒屋やサラ金が入る雑居ビル群を過ぎ、市民会館前には駅伝の中継で見たことがある複雑な形の歩道橋があった。


ここを左折し、国道1号、つまり東海道に再度合流。進路を東に取る。


山王橋を通ったとき、一瞬海が見えた気がしたが、すぐ建物に阻まれる。


そして城東高校前を過ぎて酒匂川を渡るところで、ついに海と再会。うすい曇り空から太陽が差し込み、相模湾をキラキラと照らす。


海岸沿いの西湘バイパスを走るクルマが黒いシルエットになり、海の紺碧と白と相成ってまるでドラマとかのエンディングに出てきそうな風景を描き出す。富士山が見えなかったのが心残りか。


酒匂中でお年寄りの大半が下車。漁場前なんて「いかにも」な名前のバス停までくると車窓は港町らしさを増す。


空はだいぶ晴れてきて、秋の優しい日差しを降り注ぐ。潮風を受け、味わい深い外壁になったコンクリートのビルや構造物が並ぶ。街道らしく一里塚なんてバス停もあった。


JRに乗っていては見られない小田原の海。旅気分に浸るうち「次は国府津駅」と放送がかかる。「登山バス」で行く「海岸線」路線、なかなかだった。
79.国府津駅12:40→13:33平塚駅(神奈川中央交通…次回より神奈中)平43大磯駅 平塚駅
07071002

(運賃は500円)

このあたりこのあたりの地図をご参照ください)御殿場線の起点となる国府津には、箱根登山バスのほか神奈川中央交通(以下本文中も神奈中)と、御殿場方面に運行する富士急湘南バスが乗り入れている。


神奈中は小田原-国府津の路線免許も持っているが、休日朝1往復だけなので、事実上ここが南西端。バス会社の分水嶺なのだ


ほとんど東海道線に沿って走る路線だが駅間が長いエリアだからか、国府津で総裁を含め7人が乗った。台風の影響か潮風が少し水を含んでいた。


駅前の信号を左折するときウテシが「左よし、右よし、発車します」。そうだ、神奈中はこういう歓呼しとったよな。また、よく聞くと車内放送は岡山の両備バスと同じ声の人だった。



駅前で海水浴場の横を通った後も、バスは海を眺めながら国道1号を東へ走る。道路と海の間、道路から山側の平地には家や喫茶店が建ち並ぶ。ちょっと古めの建物が多くヨットに乗りに行く加山雄三がその辺から出てきそうだ


西湘バイパスの橘インターを過ぎ二宮町に入ると、いよいよ湘南である。


意外にも客はこまめに乗ってくる。二宮駅に着くまでに座席は一通り埋まり、その大半が駅で降りた。そしてまた10人ぐらいが乗ってくる。ここでしばらく時間調整した。


明石から乗った名谷行きみたく住宅地-駅という路線をいくつも組み合わせたような系統なのだ。


さらに客が乗ってきて、また席が一通り埋まって発車した。すぐに大磯町に入り、海から少し離れ、毎年グラビア人のポスターを作る大磯ロングビーチの横を走る。左側に松が連なり街道の面影を残す。


白岩大門から統監道にかけては今度は道の真ん中に並び、海にかけても広大な松林が広がる。白砂青松とはここのためにある言葉だ


大磯には伊藤博文や吉田茂が別荘を構えたほか、かの堤義明氏=証取法違反で執行猶予中=も住んでいる。統監は初代朝鮮半島統監であった伊藤にちなんで付けられた地名。


今でこそマンションやビルが建っているが、かつてはこれらもなく松林と砂浜が今以上に広がっていたはず。伊藤や吉田はこの地を一目ぼれしたに違いない。


大磯小学校手前で国道1号を左折し、大磯駅前へ。何人か客が降りた後、今度は狭い道をすり抜けて国道1号に戻る。昔の面影を残す、というと聞こえはいいが、クルマを運転するとなると話は別だ。


ちなみに大磯駅へ入らない系統に乗ると「さざれ石」というアベシンあたりが好きそうな名前の停留所がある。


長者町で海沿いへ行く国道134号と別れ化粧坂、花水(すごい名前の地域だが)を経て平塚市内に入る。入ると同時にもう市街地で道が広がり、ビルが建ち並ぶようになる。


最後は商店街の中を抜けて平塚駅に着いた。一時は立ち客もいたが、市中心部で少しずつ降りていった。右も左も神奈中もぶれ。

07071003実は総裁、大学時代にサークル仲間と渋谷-小田原までのバス旅をしたことがある。あのころは「××へ行くぞ」ではなく、「一日で渋谷からどこまで行けるか」を試そうという話だった。


渋谷を朝8時半にスタートして、小田原に着いたのが午後5時。沼津行きのバスがあったが、一緒に行った仲間が「もうこのへんまでにしよう」と言って終わった。


総裁が一番最初に制作・管理していた「下道会横浜支部ホームページ」に後日、その記録を掲載した。今となっては懐かしい話。


今回はその逆をたどる旅。すでに見た景色と言われるかもしれないが、5、6年も経つと色々変わるもの


当時フィルムの方向幕しかなかった神奈中のバスはことごとくLED幕になってるし、当時平屋だった小田原駅は見違えるばかりの近代的な駅舎に変身。この先行く茅ヶ崎駅は当時工事中で、市役所前が臨時ターミナルになっていた。


何より総裁自身が変わった。いま当時の文章を思い出しても見ている場所が変わっているし、年齢を重ねて景色を、自然を楽しむようになっている。まあマニアックな視点は一緒だが。
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