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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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熱くなれ 

仕事が終わって、ふと会社の同僚と新垣結衣の話になりました。最近バタバタしている総裁。どういうわけか必要以上にハイテンションになってしまい、新垣結衣について熱く語ってしまいました。そして会社を出ると、鼻血が出そうに…


人間って必要以上に熱くなると鼻血が出る…今更そんなことが分かった冬の夜でした。。
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紅白歌合戦予想 

きょうあたり紅白歌合戦の出場者が発表になりそうな気がします。(この予想だけ当たったりして)←この部分を書いたのは11月29日。見事に外しました。


毎年紅白の出場歌手を予想するぞ!と思いつつ、先に発表があって後でグジャグジャ言う、というパターンが続いているので、今年はとりあえず今すぐ言える範囲のことだけでも書こうと思います。なお、この記事は今晩以降、適宜追加していくつもりです。


そうそう、総合司会が笑福亭鶴瓶、中居正広になったことは報道されていますが、目立たないところでNHK側の担当アナウンサーも発表されていました。TVは「英語でしゃべらナイト」でブレークし中堅どころのエースとなった松本和也アナと、バラエティ系の番組に引っ張りだこの住吉美紀アナ。この辺は妥当&無難。


そしてラジオは昨年DJ OZMAのボディスーツを見て「あ、裸です!」と口走った小田切千アナ、そして塚原愛アナです。


塚原アナは、総裁が仕事の都合で岡山に引っ越した当時岡山放送局にいて、夕方のローカルニュース「きびきびワイド610」を担当。話題の人でした。その後大阪のスポーツ担当を経て、東京進出。「お笑いオンエアバトル」の司会で見たときは近所の姉ちゃんが有名になったような、「あの子がこんなに大きくなったんじゃ」という思いがしました。いや、別に関係者じゃないんですけど(^^;



(初出場組)
YUI
主題歌を歌った映画の主演女優は爽やかな後味を残して消えていきましたが(笑)、auのCMに使われて以降の躍進は目を見張るものがあります。まさに2007年なアーティストといえるでしょう。CDTVとかで歌っているのを見たのでTV出演はやぶさかじゃないようですし。個人的には「LOVE&TRUTH」がいいような気もしますが、家族が見る紅白を標榜するなら「恋しちゃったんだー」の歌になりそうな予感も。

中川翔子
広告代理店や小売業が仕掛ける「流行」に対するアンチ勢力として、最近特に認知・評価されてきたオタク文化。何年も前から一定のコミュニティを築いていたのですが、これまでの代表的人物は宅八郎氏や岡田斗司夫氏などサブカル系中心で、バラエティ向きな人、特に「TVで映せる範囲の」女子はいませんでした。中川翔子の登場でやっと放送可能なヲタ女子が出てきた気がします。趣味は「スノボとフットサルでーす」みたいな流行側と「ワシゃあ好きなことに生きる」というアンチ流行側の二極化が進む2007年を代表する意味で、彼女の出演はアリと思います(いや、彼女が流行側の人間として生きていることも知っていますが)。最低でも審査委員として出てきそう。CDがさして売れなかった上戸彩でも出られたぐらいですから…。NHKへの貢献度も高いし。AKB48という声もあるようですが、当方はないとみます。リア・ディゾンはもってのほか。


うるまでるび
ご存じ「おしりかじり虫」のグループ。おしり…が「みんなのうた」で好評を博しました。ブームになったのは夏で、ちょうど総裁が痔の手術を受けた直後。夜中に出掛けたフタバでガンガンに流れていて、「おしりをかじる」という壮絶な歌詞に複雑な思いでした。「だんご三兄弟」「おさかな天国」ほど売れているか、となるとちょっと厳しいかなと思いますが、このへんでも出さないと、初出場組がよいよおらんようになる気も。よってここに入れておきます。


東京事変
総裁の職場にあるTVではNHKがずっと流れていますが、ある日の夜中、突然椎名林檎の声が聞こえてきました。何とまあ、NHKが特集を組んで本人がインタビューを受けてたんですね。PVを見る限り最近NHKに出られる程度に落ち着いてきていますし(笑)、アリと思われますが、どないでしょう。


ほかには初出場の予想がつきません。新人不作の年なんですね。。



(話題組)
あみん
某予想サイトによると、あみんは今年25年ぶりに再結成したそうですね。「待つわ」自体今も歌い継がれる名曲ですし、若手・演歌が多い紅白で昭和50年代ってエアポケットになりがちなので、意外にスッと出られそうな気がします。

ピンク・レディー
今年間違いなく阿久悠氏を偲ぶコーナーがあります。となると、「UFO」「ペッパー警部」など氏の作詞によって不動の地位を築いたピンク・レディーは欠かせません。単品よりはメドレーで聴きたいなと思います。当然白組からも阿久悠ソングを歌う人が出るでしょうけど、ピンク・レディーほど氏と一体になった人はいないでしょうね。


植木等関連
今年亡くなられた方として、植木等氏もいます。氏を追悼する歌が登場するのも確実。やはり「スーダラ節」を聴きたいですね。



(特別枠)
NHKは今年から紅組にも白組にも属さず、両組の勝ち負けに関与しない特別枠を設けることを明らかにしました。「音楽は競うものではない」と出場を固辞し続けた大物が出場しやすくなるため、とみられています。


音楽番組「SONGS」のスタッフが制作の中核を担うことから、同番組に出演した矢沢永吉、竹内まりやなどが候補と目されているよう。個人的には来月100回目の武道館ライブを達成する矢沢永吉はアリかなと。郵政公社とタイアップして切手を出すなど、官系とも意外に上手くやっている?


逆に特別枠でのサプライズは1人(組)が精一杯ではないかと。倉木麻衣や中島みゆきみたいな感じになると思います。



あ、あと放っておいても出場できそうな人たち、TOKIO、SMAP(そろそろジャニーズもほかのグループを出してあげたら?)、モーニング娘。と付随するハロプロ系(うたばんに出てるの見たけど、知らない人多杉)、小林幸子美川憲一和田アキ子五木ひろし北島三郎谷村新司氷川きよしさだまさし倖田來未浜崎あゆみ大塚愛アンジェラ・アキは鉄板。絢香aikoポルノグラフティも堅いでしょうね。


一部でささやかれる「千の風」秋川雅史の2年連続出場はないとみます。長年出場し続けたELTは落選の可能性も。昨年初出場のmihimaruGTやBONNIE PINKは厳しい。我らが広島出身のPerfumeも可能性アリとみるむきもありますが、難しいような気はします。どうせならもっと大きくなってから出てほしいなと。


藤あや子、香西かおり、坂本冬美、伍代夏子あたりの、今までスルーパスで出場してきた中堅演歌歌手がコンセプト変更でどの程度残るかも注目。夏川りみ、森山良子などJ-POPでも演歌でもない人たちはどうなるでしょう。


(出場歌手が正式決定するまで本項は適宜修正します)
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日本の最南端で都営バスに乗る(8) 

そういえば事前に宿を予約したとき「上原港まで迎えに行くので、石垣から船に乗る前に電話してください」と言われていました。このままバスで上原港まで乗り「船で来た」とつじつまを合わせても良いのですが、地図を見ると宿は港の少し手前。途中で降りて歩いた方が早いかもしれません。早速事情を説明してどこで降りれば良いかを聞くため、携帯のボタンを押しました。


「すいません、きょうから予約している××(総裁の本名)ですが」
受話器の向こうから明らかに戸惑った空気が流れてきました。もしかして…。
「ご予約はされてますよね」
「はい。もしかして予約が通ってません?
ハイすいません
一瞬またイチから宿探しかと不安になりましたが、空き室があるので大丈夫とのこと。結果的に無問題だったわけですが、意外なところにトラップがありました。


上原バス停の手前、ある飲食店の前で降ろしてもらえるようウテシに頼んでくれ、とのこと。そういえばさっき見たバスに「フリー乗降」(=バス停以外の場所でも乗り降り可能。田舎のバスによくある)のプレートがありました。散々バスに乗った話を書いてきましたが、意外にもこれが人生初の「バス停以外での下車」になります。バス旅だと大体終点まで行きますから。


15分前に来た回送バスが、バス停の先の路地から現れました。方向幕は「豊原―大原港経由―白浜」に変わっています。どちら向きでも使えそうな幕ですが、さっき豊原にやって来たバスは「白浜―大原港経由―豊原」。マメに変えてるんですな。


黄緑とクリーム入りのバスは、都心を駆け抜けていた頃と同じ2つドアですが、前ドアに「出入口」の札があり、沖縄本島のバスと同じく中ドアは使わないよう。


島唯一のこの路線は、豊原から反対側の終点・白浜まで約1時間半かかり960円。へき地であることを考えれば、十分安い普通運賃。しかし、上には上が。観光地の入場割引付きのフリーパースが3日有効で1000円大出血サービス価格なのです。


車内でも買えるということで、早速「フリーパスをください」と注文。財布から1000円札を…ん、ない!? 何と琉球バスでの失敗再び。また小銭を用意し忘れました。。万札しかありません。ウテシも困った様子でしたが、どこからか釣りを出していただけました。本当にごめんなさいm(_ _)m


フリーパスを手渡され今度は「どこまで行くの?」と聞かれます。全線フリー乗降なので先に行き先を申告するシステムのよう。まるでタクシーみたい。宿に言われた通り飲食店の名前を告げました。少なし広島の感覚では商店名だけで場所が分かるかなあと思いましたが、少し間があって「ああ、あそこね」。どうやら通じたようです。


バスは元来た道をゆっくり戻ります。車内は座席の布地(モケット)も押しボタン(使うことはないが)も床も都営バスのまま。違うのは、運賃箱が両替機能もカードリーダーもないただの箱になっていること、「次は○○」と案内する電光掲示板がなく、代わりに昔の貸切バスにあったバス時計が鎮座していることぐらい。


あと、ウテシがかりゆしウェアでハンドルを握ってることぐらいでしょうか。あ、もちろんテープや合成音声による車内放送はありません。


ぼんやりしていると普通に都営バスに乗っていると錯覚しそうです。でも車窓には東シナ海が広がり、東京とは違うスピードで時間が流れていました。
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日本の最南端で都営バスに乗る(7) 

1つか2つしかない信号を過ぎ、大原の集落の外れにある診療所まで行くと、休憩中の路線バスがたたずんでいました。
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元都営バスキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!


加藤佳一著「バスで旅を創る」(講談社+α新書)やバスマガジンの特集で存在は知っていましたが、ナマで見るとやはり驚きです。かつて首都圏に住んでいた総裁。旅先で同郷の人に会えた気分です。団塊世代の八重山移住が増えているそうですが、このバスたちはその先駆けだったのかもしれません。


車庫で集落は終わり、まわりは畑ばかりになりました。誰ひとり歩く人はなく、県道がどこまでもまっすぐ伸びています。(写真は大原集落の方を向いて撮った)
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時々「わ」ナンバーのレンタカーが通過。この先は有名な砂浜が1つあるぐらいなので、何とはなく島を一周する人なんでしょう。


事前にガイドブックなどを見ると、西表はカヌーとかダイビングとか体育な趣味を持たないと居づらいかなと思っていましたが、総裁みたいな根っからの文系人も結構来ているようです。ひと安心です。


と、14:25の豊原行きバスが通り過ぎ、しばらくして回送幕で大原の方へ戻っていきました。これまた元都営バスです


40分ほど歩いたでしょうか。コミュニティセンターのあたりで下り坂に。リゾートホテルの先のカーブを曲がると、「とよはら」と名が付いたカフェがあり、集落が見えてきました。ここが豊原のようです。


そして住宅地の普通の道路にバス停が…日本最南端バス停「豊原」です
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てっきりこの世の果てのような場所にあるものと思っていたので、ついに着いた!というよりは、ちょっとあっけない気もしました。


逆に言えば生活に密着しているわけで、バス停本来の姿がそこにはありました。


家を建てる槌音と風の音がする静かな場所。一服していると、折り返し大原方面へ行くバスになる回送車が通り過ぎました。このバスに乗ることになるようです。
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そしてすぐに豊原止まりのバスが来ました。(見てくれはさっきと同じですが、違うバスです)
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大きな荷物を抱えたカップル(夫婦?)が降り、間もなくやって来たホテルの送迎車に乗っていきました。場所が場所なので総裁みたいなバスヲタと地元民ぐらいが使うものと思っていましたが、観光客にも使われているようです。このバスは回送になってすぐ戻っていきました。


おもしろいぐらい元都バスのオンパレード。東京で見ると普通に都会のバスですが、西表で見ると普通にローカルバスに見えうので、不思議なものです。感慨にふけっていると、さっきのバスが大原方面の白浜行きとして戻ってきました。いよいよ最南端の路線バスに乗車です。
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日本の最南端で都営バスに乗る(6) 

07110606ここではたと考えました。現在12:35。最南端バス停「豊原」へ行く便は11:55に出たばかりです。


この後は
大原港 14:25→14:31 豊原
      15:15→15:21
      16:45→16:51  の3本があります。


14:25のバスは豊原から回送になるらしく、折り返し大原港方面へ戻る便は15:15発が豊原に来るまでありません。つまり14:25に乗っても15:15に乗っても同じバスで帰ってくることになります。ここで2時間半暇になりました


もっともこれは想定内の範囲。ここでの暇つぶしを事前に調べていました。大原港にほど近い仲間川の遊覧船乗り場が近くにあるのです。亜熱帯の森林をみながらジャングル気分を満喫できるクルーズらしい。ただ「潮の干満に応じて運行」とのことで、いつ出港するかよく分かりません。


とりあえず10kgの荷物(空港の手荷物預かりカウンターで計測)を担いで、えっちらおっちら遊覧船のきっぷ売り場へ。聞くと運良く13時発の便がありました。何と効率の良い時間の使い方! 心の中で思わず「やりぃ」とガッツポーズです。


荷物を預け船着場へ歩いていると広い駐車場があり、バスファン垂涎の光景が目に入ってきました。
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どう見ても羽田空港でよく見るあのバス広島県内に営業所がある愛媛のあのバスです。思わず「おお」と声を上げてしまいました。ここまで来たかいがあった…上陸15分にしてもう満足モードです。


乗り場には何人か先客がいました。中に総裁以上に「なんでここに来たの」と思われるヲタオーラを漂わせた男がおり、なぜだかひと安心。人間ってイヤな生き物じゃなあ、と少し反省したのも束の間、自分と同じガイドブックを持っていることに気付き「ワシと同じ本を買うなやー!」と思ってみたり。


ちょうどオッサン団体が来たので、便乗させていただくことになりました。


仲間川は島の南東部を流れ、全長17キロ。うち6キロほどを遊覧船で上ります。さすがは亜熱帯で、河口の橋をくぐるともう両側にマングローブです。
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ちなみにマングローブとは熱帯から亜熱帯にかけての河口汽水域(=海水と真水が混じったエリア)の塩分を含んだ土壌に生育する森林のこと。マングローブという植物があるわけではありません。水辺の土壌(泥)に酸素が少なく、根が外に出ている点が特徴。また軟らかい土壌で木を支えるため、外に広がっている(=支柱根)タイプの木もあります。ドラクエ2の人面樹を思い出すと分かりやすいかも。分からない方は検索を。


↓こんな感じ↓確かヤエヤマヒルギかオヒルギ
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中には上に向いて出る筍根(じゅんこん)を持つ木もあります。↓写真はマヤプシキ
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ヤエヤマヒルギが減り、額が赤いことから「アカハナヒルギ」とも呼ばれるオヒルギが増えてある程度中流域になっていkるうとマングローブ自体が少なくなってきました。先ほど書いたようにマングローブは塩分がある土壌のもの。塩分が薄くなると生育しなくなるのです。


小学校のころカーブした川では外側の流れが速く、内側は遅いと習いました。仲間川にもそういう場所が何ヵ所かありますが、中流では外側は普通の林、内側はマングローブになっています。外側は流れのせいで塩分が薄く、内側では塩分が滞留しているためなんだそう。適当に生えているように見える植物にも、厳然とした棲み分けがあるんですねえ。


ここでちょうど反対側から来た遊覧船とすれ違いました。全員で手を振ります。みんないい感じにハイテンションだ(笑
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カヌー向けの展望台入口を過ぎると、間もなく遊覧船の終点。整備された通路を少し歩くとこのクルーズのメーン、樹齢400年のサキシマスオウが姿を現します。
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「山口でもないのに、なぜ船の名前が『すおう××号』なのか」と思っていましたが、この木が由来でした。


亜熱帯で寒暖の差が小さい場所にあるサキシマスオウには年輪がなく、その分年を経るごとに板状になった根っこ(板根)が伸びるそう。400年の間に板根だけで人の背より高くなり、まさに森の主です。柵ごしにそのたたずまいをあがめ、悠久の時に浸りました。


そよぐ風の音。鳥のさえずり。そしてジョジョジョ…ん、ツアーのおっさんが立ち小便しとるやんけ!!!  宮刑ものですよ、これは。。トホホ…。


帰りにあらためて川を見ると確かにジャングルの様相。思えば遠くにきたものです。14時前、船着場に戻りました。


さて、どうするか。大原港に海中遊覧船の乗り場がありましたが、あれに乗ると15:15のバスに間に合わないかもしれない。大原周辺にはほかに目立った観光スポットがありません。うーん。


よし、豊原まで歩こう。


普段着の西表を体感してみようじゃないか。バスで6分の距離。1時間もあれば着くでしょう。10kg(←強調)の荷物を再び担ぎ、南国の道路を再び歩き始めました。
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日本の最南端で都営バスに乗る(5) 

那覇から石垣へは便名こそ「全日空××便」になっていますが、実際に飛ぶのは子会社エアーニッポンの飛行機です。初の沖縄離島体験にして、初のエアーニッポン。ローカル便だけあって小ぶりな機体です。


テレビが無いため、救命胴衣の使い方などをCA(キャビンアテンダント)さんが実演。わざわざやっているのに本を読むのも失礼と思い、ついつい最初から最後まで見てしまいました。救命胴衣が膨らむのを見たのは初めてでしたよ。南国ののんびりした地域を飛んでいるためか、CAの笑顔はとても人懐っこく、全日空本体の便にはないほのぼのとしたフライトでした。


眼下に宮古島をやり過ごし、海がエメラルドグリーンに染まって陸地が見えたら石垣島です。海の色と亜熱帯の木々に染められた山の色が緑のコントラストを描いていて、思わず見入ります。


そして飛行機はゆっくりと降下。那覇よりも「沖縄らしさ」を増した灰色の家々が並ぶ一角を見て、人が寝泊りできそうな巨大な墓が並ぶ霊園の脇を下りたら空港です。滑走路が短いためか、思い切り逆噴射して駐機場へ。タラップで地上に下りたら、水を含んだ暖かい風が出迎えてくれました。


さあリゾートの本場です。


意気揚々とバスに乗ると、ウテシはオバちゃん。発車時刻になりレイバンのサングラスをかけると文句なしで木の実ナナそっくりで、なかなか凛々しい。


と、ここまでは非日常な空気だったのですが、車内ではラジオが流れていて、相談番組に子どもを虐待する母親が電話中。一気に現実へ引き戻されました。相談番組の後は、やたらゴキゲンなDJがリスナーの葉書をガンガン読みまくり。リゾートに来たつもりが、すっかりローカルムードを満喫してしまいました。


さらに旅情を失わせたのが、移住ブームで増えまくったマンション群。広島の郊外にもあるような安普請のアパートを含めて、雨後のタケノコのごとく建ちまくっています。まあ越後湯沢とか伊豆、西では赤穂や日生にもリゾートマンションがありますから…。うーむ。


西表島行きの高速船が出る離島桟橋の最寄りは終点のバスターミナル。西表島には大きい乗り場がないようですから、ここが日本最南端のバスセンター、ということになるでしょう。思った以上に広いところでした。
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ここから2,3分も歩けば離島桟橋。普通は迷わないのですが、バスの車窓からチラリと港が見えたもんだから「あそこが離島桟橋に違いない」とターミナルとは反対側へ歩き、裏口みたいなところから港へ行ってしまいました。まだこのときは余裕がありました。


とりあえず腹ごしらえを、とみやげ物やのレストランみたいなところで八重山そばをズルズル。本島のそばと違って麺が太く、うどんに近い感じ。テーブルにおいてある唐辛子がつけてある液体(島唐辛子と呼ぶことを後で知りました)をかけると、程よい辛味が加わり、さらに箸が進みます。ちょっと辛くなりすぎ、汗をかきましたが、おいしく完食しました。


食後は「西表島行きはどこか」と右往左往。それらしき船は見つけるもどこで切符を買うか分からない。少し冷や汗が出てきたところで、やっとターミナルを発見。出港10分前でした。早足で大原行きに乗りました。


西表島は沖縄県内では本島に次いで大きい島。実は石垣島より広いのです。


島の東部に大原港、西部に上原港・船浦港があり、約50km離れています。日本最南端バス停に近い大原行きに元から乗るつもりでしたが、驚いたのは上原行きが欠航になっていたこと。雨も降っていないし、そこまで風も強くない。ということは外洋がハンパない状況なわけで、沖縄の人が「無理」と判断する状況を想像するだけでガクガクプルプルだったりします。


船内は2,3人地元民がいた以外は観光客。カップルが2,3組いましたが、後は意外にも男1人ばかりで、まったく浮きませんでした!(笑) おお、同志たちよ!


離島桟橋を出港すると間もなく右手に島が見えてきました。恐らくあれが竹富島でしょう。高速船は一心不乱に島を振り切り、猛スピードで東シナ海を駆け抜けます。30分ほど揺られると高い山がそびえる島が見えてきました。船はスピードを落とし、防波堤の内側へ。ついに西表島です。
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港には待合所と遊覧船乗り場しかなく、あたりは砂浜と道路だけ。こういうのを待っていたんですよ!


亜熱帯の空気を思い切り吸い込んで、西表島での第一歩を踏みしめました。
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日本の最南端で都営バスに乗る 番外2 

バス車内で「次は○○です」と流れるアナウンス。沖縄のバスでは同じ会社でも系統によって声が違ったりしますが、総じて若くてテンションが高いです(笑) 少しモタモタしてぎこちない、いかにも合成音声です!みたいなアナウンスが多い本土から来るとなかなか新鮮です。


28日の夜、那覇から北向きに乗ったバスでちょっとびっくりすることがありました。このバスも車内放送は若い女性の声で少し早口。とはいえ、きちんと丁寧にしゃべるのですが、あるバス停を案内した後のCM放送で突然「みんな聞いて。××高校前にあるTシャツ屋さんの宣伝です」とノリノリのしゃべりになったのです。「沖縄らしい、沖縄らしくない、ナウいTシャツ」。


思わず耳を疑いました。「ナウい」!? もはや死語としても出てこない言葉ですよ。衝撃的な一言に全思考回路が一瞬ストップしました。


ホテルに戻って、ネットでこのTシャツ屋を調べるとデザイナーズ系の新しい店のよう。インパクトは強く、店名も覚えてしまいました。してやられたかな。
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日本の最南端で都営バスに乗る(4) 

翌朝は胸のすくような好天。絵はがきに出てきそうな南国の空にテンションが上がります。さあ、西表島へ。


午前8時半にチェックアウト。朝ラッシュ時に国際通りを走るバスに乗る勇気はないので、あちらを回らないバスが来るバス停へ行きました。国際通り経由に比べてマイナーな路線なのですぐバスが来るか不安でしたが、10分もたたないうちに空港行きバスが来ました。


バスを待つ間、旅行者らしき女性2人組が停留所を掃除しているオバちゃんたちに「空港行きは何時にありますか」「空港行きの時刻表はないですか」としきりに聞いていました。バス停に貼られている時刻表を見た上でこんな質問をしています。


実は那覇の普通のバス停に貼ってある時刻表には、系統番号・路線名が書いてありますが、会社によっては行き先が書いてないのです。沖縄の人にしてみれば、こちら側の歩道に来るバスはすべて那覇バスターミナルへ行き、時刻表に印がある便が空港へ行くことは常識なんでしょうけど、県外者にはそれが分かりません。


結局この女性2人、総裁が乗ったバスのウテシに「空港行きのバスの時刻表はないんですか?」と聞いていましたが、ウテシは時刻表の読み方が分からないものと勘違い。「120番に乗って。8時台は8の右に並んでいる時間に、9時台は9の右に並んでいる時間に来ますよ」と完全に平行線をたどっていました。


広島の路線バスも大概分かりにくいですが、郊外線では複数のバス会社の時刻表を方面別に1つにまとめる取り組みも始まっています。沖縄では県が音頭取りになって、基幹バス導入を柱に路線の大再編をするようですが、その前にやることがあるじゃろうと思います。


バスははるばる名護からやってきたクルマ。時刻表より20分近く遅れていました。沖縄の大動脈・国道58号を朝ラッシュ時に走るとこんなになりますわね。


農林中金前で総裁以外の全員が下車。このまま空港まで乗ろうかと思いましたが、那覇バスターミナルの写真を撮っていないこと、沖縄都市モノレール「ゆいレール」に乗っていないことを思い出し、那覇バスターミナルで降りることにしました。
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ゆいレールが開業したとはいえ、沖縄の公共交通の主役はバス。それが一斉に集まるターミナルには4社のクルマが入り乱れ、壮観な眺めです。乗り場と待機場だけある本土のバスターミナルと違い、写真左の建物には各バス会社の事務所・営業所のほか、店もあり、夜中はバス車庫に早変わり。メンテナンス関係以外の、バスに必要なすべてが揃う超多機能なバスターミナルなのです。


ここは沖縄戦で破壊された軽便鉄道の駅だった場所。戦前からの交通の要所なのです。


ターミナルを眺めていて、思わず「アッ」と声を上げてしましました。
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730車です! 沖縄は戦後米国に占領されていたため、あちらの法律にのっとってクルマは右側通行でした。日本復帰後しばらくはそのままでしたが、1978年7月30日、本土と同じ左側通行へ変わることになりました。一般の乗用車は問題なかったのですが、バスの場合出入口を歩道側に設けなければなりません。そこでほとんどすべてのバス(約1000台)を右ハンドル・左側扉タイプに変えることになりました。このとき大量に購入されたバスを総称して「730車」と呼びます。


潮風でさびやすい沖縄向けに特に頑丈に造られたバスは長らく活躍しましたが、①老朽化②本土からの中古車購入③米軍スクールバス事業撤退による新型バス余り、などでここ数年一気に引退が進み、今ではごく少数を残すのみとなりました。


そのうちの1台にめぐり会えたのです。本当は乗りたかったのですが、飛行機の時間があるので断念。次に沖縄を訪れるときまで残ってほしいですが…。730車を沖縄史の生き証人として残す手立てはないのでしょうか。


後ろ髪引かれる思いでターミナルを後にし、隣接するゆいレール旭橋駅から空港へ。高校の修学旅行で来たときよりはるかに大きく、キレイに生まれ変わったターミナルから機上の人になりました。
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日本の最南端で都営バスに乗る(3) 

帰りに行きと同じ琉球バスに当たったら崩したばかりの小銭でさっきの不足分を払おうと思いましたが、あいにくやってきたのは別会社のバス。仕方ないなと、路線車にしてはちょっといいシート(2人分の座席がセパレートした「ワンロマ車」)に座ります。


那覇市内までは順調に進みましたが、久茂地を経て那覇バスターミナルまであと少しのところでバスがけたたましくクラクションを鳴らし、急ブレーキ。何事?と思うとさらに強烈なブレーキ。思わず前の座席に体をぶつけました。これは始めての体験です。時々新聞に出る「急ブレーキで●人けが」というのはこういう事態なのでしょう。


歩行者? でもフロントガラスからは何も見えない。バスが動き出して右車線を見ると、見るからに「本土から来ました」なパープーのレンタカーがいました。要するに左折レーンに入り、しまったと急ブレーキをかけた上、無理な車線変更をしたのでしょう。


県庁北口で外国人が降りましたが、何と先ほどの総裁と同じく1万円札しかないよう。琉球バスとは違いウテシがマイクで「どなたか崩せますか」と聞くも×。ここで沖縄のバスにさっきの恩返しがしたかったのですが…。結局総裁のときと同じく、小銭をあるだけ払うことで落ち着きました。


総裁を含め、不慣れな人が節約で路線バスを使うことが多い上、こういう筋が通らないことをするレンタカーの対応もせんといけん。沖縄のバスウテシは大変です。


那覇バスターミナルから向かった先は、徒歩5分ほど、ネットで評判のステーキ店です。ファミレス慣れしたせいか、不意に「焼き方はどうします」と問われてアワアワするなどちょっとダメぶりを発揮。頭の中が肉汁のことで一杯だったので「レア」と即答しました。


5分後、ジュウジュウと音を立て赤い肉がやってきました。期待通りの肉汁に満足。沖縄独特のソースをかけてさらに満足。オリオンビールのジョッキを片手に250gを難なく平らげました。肉を食った後って本当に満足感があり、人間って肉食動物なんだなと感じます。


那覇バスターミナルに戻り、この場所から出るきょうの最終、23時20分発の具志川行き琉球バスに乗車。ホテルを目指します。


さすがに国際通りも寝静まっているだろうと思いきや、普通に店が開いとる! 裏通りの飲み屋ではなく、表通りの土産物屋がですよ。昼間系の店がここまで開いている場所って広島にはないし、ヘタしたら大阪にもあまりないでしょう。東京ナイズされた不夜城に驚くばかり。


そうそう、琉球バスといえば、さっき万札しかなく小銭を払い損ねたあのバスと同じ会社です。このバスのウテシはとても丁寧な接客で、手を挙げる客がいなくてもバス停にちゃんと停まるほか、お客さんにちゃんと「こんばんは」「ありがとうございます」とあいさつ。元々次に琉球バスに乗るときに不足分を払おうと考えていましたが、「次」がこのウテシで良かったと思います。


結局寝たのは0時過ぎでした。
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