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ゲリラ雪

  : 

下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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2点記念日 

「××さん、赤点滅で一時停止しなかったですよね」と君が言うから 2月22日は減点記念日

7000円也
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バス旅新ルート 

2007年6月、福山都市圏のバス経路・時刻・運賃を検索できるサイト「おでかけふくやマップ」がスタート。本を出すとき加筆した部分で紹介しました。


システム自体は重い、分かりにくい、すぐエラーが出ると散々なのですが、功績が一つだけありました。今まで自社サイトにほとんど時刻表を掲載していなかった中国バスの時刻が調べられるようになったのです。その後、自社サイトに全路線の時刻表が掲載されるようになり、ブラックボックスだった県東部のバス網が明らかになりました(←少し大げさな表現)


で、驚愕の事実が判明しました。瀬戸内側より庄原を回った方が早く東へ行けるのです! 庄原で3分乗り換えが可能ならば…という限定付きですけど。乗る本数が少ない分、待ち時間が減り、結果的に早く行けるわけです。しかも広島発は瀬戸内回りより遅くて大丈夫、という夜勤者に優しいプラン(笑)


具体的には、2月15日現在、平日に総裁がたどったルートを行くと…

・広島バスセンター6:30(芸陽バス・畑賀行き)7:05頃海田大正町
・海田市駅7:08頃(広電バス・呉地橋行き)7:30熊野営業所
※バス旅当時あった広電の熊野行きに乗ったとき、海田まではほぼ定時運行でした
・熊野団地7:47(呉市営バス・呉駅前)8:01頃昭和支所
・昭和支所8:31(呉市営バス・呉大学行き)8:50頃浜田橋
・浜田橋8:47(中国JRバス・西条駅行き)9:27西条駅
※呉・広地区の渋滞が劇的に改善されたという話は聞きませんので、
今もこの乗り換えは可能であると考えられます。

・西条駅10:05(芸陽バス・竹原駅行き)11:21竹原駅
・竹原駅12:02(芸陽バス・三原行き)13:06三原駅
・三原駅13:40(芸陽バス・徳良行き)13:57垣内
・三原久井14:32(リードライナー・神辺行き)15:32神辺
・神辺川北15:49(井笠鉄道・井原行き)16:10井原駅
となり、以下その日は矢掛で終わります。


しかし、庄原回りだと…
・広島バスセンター7:45(広電バス・吉田行き)9:16吉田出張所
・吉田営業所9:49(備北交通・庄原行き)11:03庄原バスセンター
・庄原駅前11:06(中国バス・上下行き)12:00上下
※↑この乗り換えができるかですべてが決まります。
バスセンターは駅から徒歩1,2分程度です。合体、もとい実験したい…。

・上下12:45(中国バス・目崎車庫行き)13:03木ノ山
・木ノ山13:19(中国バス・福山駅行き)14:18横尾
・横尾14:23(井笠鉄道・井原行き)14:50井原駅


何と1時間以上早く井原に着けるのです! おかげで矢掛以東へ行くバスに間に合います。


・井原駅15:22(井笠鉄道・笠岡行き)15:40追分
・追分16:07(井笠鉄道・矢掛行き)16:35矢掛
・矢掛17:00(井笠鉄道・倉敷駅北口行き)17:42倉敷駅北口
・倉敷駅18:50(両備バス・岡山駅行き)19:38天満屋バスステーション
・宇野表町バスセンター20:05(宇野自動車・片上行き)21:00片上


何と1日で兵庫県境近くまで行けます!! これは画期的。


となると、2日目の展望も一気に開け、明石よりはるかに東、大阪市目前の阪神杭瀬駅北まで行けることが分かりました。岡山県側のバスが県境の福浦峠まで延伸されて徒歩の距離もより短く。さて、あとは実行あるのみですが…その前に今までの旅の記録を更新しますね。。

バス旅情報 どう入手 

バス旅の中で、バス会社のホームページが充実し時刻表調べが楽になったと何度か書きました。


しかし、小規模な事業者だと路線再編やダイヤ改正の当日、あるいは何日も経って申し訳程度に載せていることがままあります。少ない人数で運営されているので仕方ない部分もありますが、いざ旅立ってからダイヤや路線が変わっていたのではシャレになりません。悲しいかな、細い糸でかろうじてつながっている路線を運行する会社にこのパターンが多かったりします。


そこで生きてくるのがニュースサイト。ホームページに手を回す余裕がなくても報道にはちゃんとリリースを出す会社がありますし、バス路線再編は地域の生活に直接関わる話ですから、報道側が自主的に取材して明らかにすることも多々あります。


新聞社やテレビ局のサイトをマメにチェックすればいいのですが、それもたいぎい。そんな総裁の味方がポータルサイト、特にヤフーニュースです。全国から発信されるニュースをジャンルごとに分類してくれていてとても助かります。「地方交通」のところを日々チェックしています。


そんなヤフーに06年12月、ライバルが現れました。共同通信とその全国の加盟社でつくるニュースポータルサイト「47NEWS」です。総裁も地元紙でその存在を知り、早速アクセス。最初の感想は「何、この重さは」。特殊な画像を表示させるために時間がかかっていたようです。


まあ第一印象はなかなかに悪かったのですが、ヤフーニュースより多くの会社からニュースが配信されているため、例えば「バス」で検索するとヤフーにはないニュースも引っ掛かったりして、段々と重宝するようになりました。トップページも少し軽くなった感じ。


これは助かると思っていた矢先でした。突然ニュース検索でgoogleのシステムを使うようになってしまったのです。今までは検索すれば記事が日付順に出てきて既読か未読か一目瞭然でしたが、大人の事情で表示順が変わるgoogleでは未読の記事がどれなのか分かりません!


不便すぎです。ある出来事・場所について多角的に定点観測できるのがニュースポータルの強みなのに。せっかく52もの会社からニュースが集まるのに、これじゃあコトになりません。以来、47NEWSを見るのは止めて再びヤフー1本に戻りました。あと複数のバスファンの方のblogやホームページ、2ちゃんねるが頼り。困ったのものです。


皆さんはどのようにして各地の交通ネタを仕入れてますか?(文句言うなら自分で作れと言われそうですが)

補足旅余話(終) 鉄道博物館へ行きました 

翌朝は台風一過の快晴でした。バス旅で小田原-五反田間をともにした相棒氏らと池袋駅で待ち合わせ、いざ鉄道博物館へ。湘南新宿ラインに乗り、大宮で新交通システム「ニューシャトル」に乗り換えました。乗り場はJR駅にへばりついている格好。広島人から見れば衝撃的にコンコースがデカい大宮駅の一番端っこにある連絡通路を歩きます。


ニューシャトル自体はアストラムやゆりかもめと同じゴムタイヤのコンパクトな電車で、沿線は今から行く鉄道博物館以外、住宅地ぐらいしかありません。鉄道博物館ができたばかりとはいえ大して混まないじゃろう、と思っていたら大間違いでした。小さな乗り場には後から後からお客さんがやってきて、ホームが満杯になってしまったのです!


結局次の内宿行きはぎゅう詰めで発車しました。ニューシャトルの大宮駅は、同じ運転台を使って1つのホームで乗車、降車の両方ができるようループ状になっています。(このへんを見ると分かりやすいかと) 進行方向へ向くため、JACK大宮という建物に沿ってゆっくりカーブを回るさまは遊園地のアトラクションみたい。何だか電車に乗っている気がしません(^^;


新幹線の線路脇に出てからは加速。間もなく鉄道博物館駅(旧大成(おおなり)←下道会的には捨てがたい名前)。駅を降りると何だかたくさん人がいて、イヤな予感。案の定、行列のできる博物館状態になっていました…。

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並ぶこと30分、ようやく入場。まあ(当時は)オープンして半月も経っていないのでこんなもんでしょうねえ。鉄博目玉の体験系は既に予約がぎっしり。あきらめて展示物を見て回ることにしました。

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展示ゾーンには鉄道草創期の車両から、新幹線0系など「ちょっと懐かしい」ものまでずらり。上野駅ホームを再現した一角は室内の暗さも相まって、情緒満点。昔はこんな風に夜行列車に乗っていたんでしょう。

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碓氷峠で活躍したアプト式車両など一部は半地下の見学スペースがあり、下から車両の仕組みを見ることができます。実は総裁、昔々地理の授業で教わって以来、これが見たかったんです。

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あと、今はなき寝台列車「あさかぜ」が全盛期だったころの車両も。タモリ倶楽部の鉄博紹介でタモリが感慨にふけっていたあの方向幕もありました。

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シミュレーターはすべて予約で一杯でしたが、展示スペースの中程に、そんなに並ばなくても「体感」できるものを発見。実際の台車の動きを見て国鉄型車両のブレーキ操作ができる台です。

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マスコンやブレーキレバーは本物同様。中央線やJR神戸線・京都線の201系(こんな電車)でおなじみの「カクン」「シュー」という音を自分で出すことができ、総裁、ハイテンションです。


その後も「とき」の車内で思い切りくつろいだり、ドキドキしながら車両のパンタグラフにさわったり。ちょうどSLの転車台も動きました。もう、完全に童心モード。猛烈に鉄分補給ができました。

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個人的に一番乗りたかったのはミニチュア電車。童心に帰ったせいもあるかなあ。意外に大きなお友達も乗っていて、ここなら浮かなさそう。次こそは。

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以上ごくごく簡単に紹介させていただきました。鉄道博物館の詳細については多くの方がblogやホームページで取り上げていますので、そちらをご覧になってください。


最後に、鉄博にはバス好きがグッとくる資料もありました。

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最近は長距離移動の手段としてすっかり定着した夜行バス。その原点です。


このポスターが作られたころ、どれぐらいの方が現在のバス情勢を想像されたでしょう。今多くの旧型バスが保存されることなく廃車になっています。生活史の生き証人であるクルマが次々と姿を消していることが無念でなりません。メーカーでもいい、バス協会でもいい、こういう体系的な博物館を作っていただけないものでしょうか…。願ってやみません。


さて、最後はきちんとバスに話を戻し、これにて補足旅余話はおしまいです。最後までご覧いただきありがとうございました。
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補足旅余話 バス旅本への道9終 

吉原から再び東海道線に乗り、三島へ。雨は相変わらずですが、伊豆の観光地への玄関口ということもあり駅舎内は結構にぎわっています。


元箱根行きのバスを降りて、いい景色が撮れる場所まで歩くつもりだったのでコインロッカーに旅行カバンを預けました。バスまで時間があるのでジョージアのエスプレッソを飲み、伊豆箱根鉄道駅前の灰皿で一服。定刻になり、元箱根行きがやってきました。あの人とは違う、オレンジと黄色の東海バスカラーの中型車です。


あわよくば車内からも写真を撮ろうと後ろの方の席をゲット。さてと窓を見ると…くもりきって擦りガラス状態! 手で拭いてもあまり見えるようになりません。そう、ここで根本的なことに気付きました。


雨の中、駿河湾や三島の街が見渡せるのか?


一瞬思考が完全に止まりました。


でも来ちゃったし。広島から来るの大変だし。


済美の校歌じゃありませんが「魔法の言葉」ですな。これって。(注釈・2004年のセンバツで初出場初優勝を果たした愛媛県の済美高の校歌には「『やればできる』は魔法の言葉」というフレーズがある。とかく懐古調が多い校歌の中で異彩を放っており、当時「魔法の言葉」というフレーズはネットで話題になった)


4、5人ほどが乗り発車。信号のたびに引っかかり市街地を出るのに手こずりましたが、三嶋大社(バス旅の時は知りませんでしたが、静岡県の初詣名所だそうです)を過ぎ、緑ヶ丘で国道1号に合流すると一気にエンジンを噴かします。


街道松を右手に見やり、富士見ヶ丘から旧道へ。バス旅の時はここで三島の街並みが臨めたのですが、完全に視界ゼロです。馬坂口で再び新道に合流しても同じ。絶望的な気分の中、見晴学園前で降りました。




あれ? 確かここらへんからふもとを見下ろせたような。しまった、もうちょっと上だったか…。しかし先へ行こうにも次のバスは1時間後までありません。事前の調べでは三島駅へ戻るバスが間もなくやってきます。どうしよう。うーん…ウジウジ悩んでいたら、三島駅行きが勢いよく坂を下っていきました。これで行くも戻るも1時間待たなければならなくなりました。


雨風が強くなってきました。とりあえず見晴学園以外何もないこの場所に長居するのは得策ではなさそう。旧道から合流した馬坂口から先は結構停留所の間隔が空いていましたが、バス旅の記憶ではここから上はもっとバス停間が離れていた気がします。ならばと下ることにしました。結果的に判断ミスでしたが…


なかなか人家がありませんが、そこは天下の国道1号。自転車やウオーキングの人もいるからか、大体歩道が付いています。「これなら歩くのにそんなに苦労しないかも」と最初は思いましたが、そうは問屋がおろさなかった。


雨が横殴りに降ってくる上、大型車が通るたび猛烈な風圧と水はねが襲ってきたのです!


こういう時折りたたみ傘ではひとたまりもなく、何度もパラボラアンテナ状態になりました。トラックやバスとすれ違うたび立ち止まって傘を車道側に向けます。しかも途中で歩道が途切れて反対車線側に続く場所も。左右を確認し、猛ダッシュで国道を渡りました。


もう半泣き状態です。戻ろうにも見晴学園前から随分離れてしまいました。どうせ倒れるなら前向きに倒れたい…「魔法の言葉」出た! もう考える気力も失せ、前に歩くことしかできませんでした。


20分ぐらい歩いたでしょうか。やっと集落らしきものが見えてきて、1つ三島側のバス停「笹原」に到着。人家や商店を見て再び気力が沸いてきました。


さらに下って「大曲」バス停まで来て思い出しました。この頃から既に本の編集作業が始まっていて、芸備書房店主より「扉絵に使うバス停の写真があればなあ」と言われていたのです。大曲なんて峠っぽい名前、いかにも旅情をかきたてられます。よし、このバス停の写真を撮ろう

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土砂降りの割には普通の曇りの日みたいに撮れました。本では白黒にしたのでさらにバレにくい(笑)


さらに下って大曲の次、馬坂口まで来ました。晴れていれば絶景が拝める上、バスと麓を絡めた写真も撮れそうですが、台風が接近しているときなので100%無理。(写真は馬坂口手前で撮影。これぐらいモヤってました)

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もう少し歩こうかと思いましたが、ずぶ濡れになった体がだいぶ冷えてきました。このまま濡れ続ければ風邪をひく恐れも。この後沖縄へ行くのにそれはマズい。馬坂口からバスに乗ることにしました。


バスの時間まであと25分。しかもバス停は両方向とも吹きっさらしです。


最初は折りたたみ傘を差してバス停前に立ちましたが、暴風のため傘は何度もパラボラアンテナ状態になるし、雨は強くなるばかり。ふとバス停脇にある民家を見ると、台所の明かりがついていて、明らかにこちらの様子をうかがっています。このままでは不審者として通報されかねません。


「弱ったなあ」とあたりを見回すと、少し離れた場所にある、つぶれた喫茶店に小さな軒先がありました! やった、これで雨宿りができる!!! 天は我を見捨てなかった。


まさに猫の額ほどの小さな屋根で縮こまって待って、ようやくバスの時間になりました。やってきたのは三島駅から見晴学園まで乗ったのと同じバス! ちょうど元箱根で折り返して来たのです。オレンジ色の車体が見えた時、思わず「よっしゃあ」と叫んでしまいました。これで街に帰れる。もううれしくてうれしくてたまりませんでした。


さっき見晴学園で降りた客が馬坂口から乗ってきたもんだからウテシは思い切り怪訝な表情。でも、もうそんなことどうでも良かった。バス車内はとっても暖かくて、生き返った思いでした。


ワイパーで勢いよく雨をはじきながら20分ほどで三島駅に到着。気持ち的には「生還した」ですね。箱根への峠からの写真は撮れませんでしたが、どうにかこうにか補足旅の目的を果たすことができました。




三島から品川まで「こだま」に乗車。だいぶ台風が近づいてきていたので運転見合わせになったらどうしよう、と不安もありましたが、定刻通り品川到着。池袋駅からまたずぶ濡れになって、ホテルに着きました。うん、よく頑張った。


というわけで、本製作にあたっての補足旅「バス旅本への道」はここまで。この翌日、(当時)オープンしたばかりの鉄道博物館へ行って羽田から沖縄へ飛びました。そう、「日本の最南端で都営バスに乗る」につながるわけです。というわけで、次回、鉄道博物館訪問の件を簡単にお話して補足旅余話を終えたいと思います。

富士急静岡バス 吉原中央駅 

ネット上で時刻表、運賃がいまいち分からない富士急静岡バス。補足旅で吉原中央駅にあった富士駅方面の路線図&運賃表を撮ってきましたのでうpしておきます。総裁のような旅を考えるどなたかのお役に立ちますように。

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補足旅余話 バス旅本への道8 

乗り換え時間が8分ほどあったので、ホームできしめんを一杯。間もなく、斜め線を描く雨をはじき飛ばしながら「ひかり」が滑り込んできました。細長い、シャープな目(ライト)が印象的な300系は、総裁が高校生のころは最新車両でしたが、今や「のぞみ」中心の山陽新幹線ではあまり見かけない車両になりました。未だに0系が走っていることを考えると、ここ数年の時代の移り変わりの早さを感じずにはいられません。


一服し、暖房の効いた車内でシートに身を委ねうち、まどろんでいました。自分の中では本当にアッという間に静岡に到着。ホームに出るとさらに雨足が強くなっていました。おうおう、思い出した! 今週末、関東地方に台風が来るんだった。早速i-modeで情報収集。最接近は夜のようですが、雨は一足先に猛威をふるっているよう。新幹線が止まる前に、さっさと写真を撮らないと(←断念する勇気を持った方がいいような)


新静岡はJR駅から少し離れ場所。晴れていれば何の問題もありませんが、大雨の中、あんまり外は歩きたくない。ちょうど北口に地下街入口があったので「これ幸い」と、行けるところまで地下道を回ることにしました。工事中で少し暗めの通路にはティッシュ配りの人がワラワラいたり、どこかの女子学生が何班かに分かれて募金をしてたりして何だかにぎやか。そうえいば中学生の時、学校の行事で街頭募金をやったよなあ。


このまま新静岡まで濡れずに行けるか…と淡い期待を抱きましたが、無情にも地下道はJR駅から道路を挟んだ向かい側で終了


傘を買おうにも見える範囲にコンビニはありません。仕方ない。意を決してダッシュ。軒先から軒先へ、まるで忍者のごとく(周りから見れば不審者のごとく)走ること10分。やっと新静岡のバスセンター前に着きました。幸い道路を挟んだオフィスビル前は屋根があり、カメラを濡らすことなく写真が撮れました。

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ん、手前しか写らない…。そうなんです。地上レベルで撮ると、どうしても奥行きが出ないんです。バス旅の方(このへん)で「ホームは20、10台近くが停められる待機場もあり」なんて書いたのに、これじゃあよく分かりません。


これは困った。と、ここで気付きました。バスセンターに隣接して立体駐車場(写真右側)があるじゃないですか! 上の階からならもう少し分かりやすい写真が撮れるはず。善は急げと雨をよけながら新静岡センターに入り、駐車場へ。3階まで上がると予想通りバスセンター全体を見渡すことができました。新静岡センターもファインダーに収まり、いい感じです。

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ていうか、誰でも入れる場所とはいえ、ちょっとグレーゾーンなですよね。関係者の方ごめんなさいm(_ _)m


駅への帰りは別の道を通りました。ちょうどデイリーヤマザキがあり、やっと傘をゲット。これで雨も怖くありません。


さっきの地下道に戻り、募金を呼びかける女子学生のうち、一番お金が入ってなさそうな場所に立っている子たちの箱に100円を投入。「頑張ってください」と声かけて駅に戻りました。「ちょっと恥ずかしいかも」と思いながらやっているとき、こういうひと言がうれしかったんですよね。




次の目的地は吉原中央駅。東海道線(在来線の方)で吉原まで行き、岳南鉄道に乗り換えます。静岡駅のホームに上がるとちょうど熱海行きが来ていたので先頭車両に乗車。と、女性の運転士さんが乗ってきました。


華奢な感じの方でしたが、スタフ(運転士用の時刻表)を差し込み「○○よし!」なんて指差喚呼し、3両で100人以上が乗った電車をしっかり操るさまにはプロの誇りが満ちていました。「凛とした」とはこういうことをいうのでしょう。


雨でもぼちぼち乗り降りがある中、30分強で吉原に到着。バス旅のときと違ってひっそりとしたホームを歩き、西端にある跨線橋を渡ると昭和にタイムスリップしたような岳南鉄道の吉原駅がありました。JRへの乗り換えが多い関係で自動改札機が鎮座していますが、21世紀っぽいものはそれだけです。


きっぷは何と窓口での手売り。昔ながらの硬券を渡されると、電車ごっこをやった子どものころを思い出した。そう、総裁が小さいころにはすでに国鉄もペラペラの軟券で、硬券は電車ごっこの世界でしか存在しなかったのです。まさか東海道沿線でこんな風景に出会えるとは、思いもよりませんでした。


前面がオレンジと白に塗られた元京王の車両に乗ると、これまた「ちょっと前」の時代の風情。広島の方には、かつて広電で走っていた高床電車(こんなの)みたいな感じ、と言えば分かりやすいでしょうか。街へ遊びに行く中学生たちが乗ってちょっとにぎやかになったところで吉原中央駅の最寄り、吉原本町に着きました。重工業の街の中心部に位置しますが、まるで街角のたばこ屋のような、いとおしさすら感じる、小さな小さな駅でした。

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バス旅記の中でシャッター通りとして書いた吉原の商店街は人がまばら。土曜の昼とはいえ、雨ですからねえ。にぎやかそうにパーソナリティが喋っていたコミュニティFMや。たとえお客さんがいなくてもテレビの音が中からしてくる店の前を歩くと、ホッとします。滑りそうになりながらアーケードを歩くと、吉原中央駅が見えてきました。

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昼間見ると、よりノスタルジックな趣になりますね(^^; LED方向幕&ノンステップなバスとの対比が何とも。ベンチにはお年寄りが静かに腰を下ろし、向かい(写真を撮るために総裁が立っている)側のミスドではのんびりとコーヒーをすする人たちがちらほら。雨の昼下がりのけだるい空気を漂わせていました。


しばらくボーッとしていたい気もしましたが、三島から元箱根行きのバスに乗る都合上、あんまり長居はできません。どよよーんとした空気を吹っ切るように元来た道を戻り、再び岳南鉄道に乗り、吉原へ戻りました。
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