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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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青空ロード 実走編 

忙しさにかまけてウオーキングイベントのupが遅れていたら、広島高速2号線&3号線延伸部が先に開通してしまいました(^^; 開通日は早く終わる日勤。仕事後に芸備書房前店主と安芸矢口で打ち合わせがあったので、吉島~矢賀まで走ってみました。


驚くなかれ、吉島~矢賀が10分でしたよ! 700円は少々高いですが、この早さは革命的。沿線は道路事情に恵まれていない地域が多かったので、住んでいる人にとって福音となることでしょう。山陽道と違ってETCゲートがピン!と開くので料金所もスムーズに通過できます。


ただ、全般に線形が悪い。とにかくぐねぐね。特に仁保JCTはD難度です。交通量の少ない夜でもちょっとおっかなびっくりでした。正直事故が起きるのは時間の問題だと思います。なぜか。Yahoo!地図を貼りましたので見ながらたどってください。





宇品側(JCTから見て東側)から高速3号を走って高速2号(同北側)に入ろうとすると、仁保JCTで本線を外れなくてはいけません。本線はそのまま海田大橋(同西側)につながってしまうためです。ランプウェイはカーブがきつく見通しが悪い。その途中で海田大橋からの車線と合流します。海田大橋側がメーン車線で、こちらは進路変更しないといけません。この加速ゾーンがかなり短い。スピードが付いているので大変です。モタモタしていると追突される恐れがあります。


次に広島呉道路からの車線と合流します。一瞬片側2車線だ!とホッとしたのも束の間、3号線から来たクルマが入る左側は仁保IC出口に行ってしまう車線なんです。またしても右側へ進路変更しないといけません。


それも右カーブしながら


一方で呉道路から来たクルマは仁保より先へ行くと広島高速分の通行料金を払わないといけないのため、仁保ICでそれなりの台数が出ます。


つまり左側車線→右側車線、右側車線→左側車線と進路変更するクルマが錯綜する造りになっているのです。右カーブの途中なのに。しかも広島呉道路は6月以降無料化される予定。仁保ICは無料区間の入口になるわけで、当然出入りするクルマが増えます。


首都高とか阪神高速とか視察せんかったん? と思います。十字型JCTになったのは百歩譲って仕方なかったとして、もうちょっと上手く造れなかったのかと。そのくせ「2回合流がある」「進路変更があるからスピード落とせ」という分かりやすい案内はほとんどありません。阪神高速の阿波座がなぜ渋滞したかとか、加古川BPで交通事故が多かったのはなぜかとか、対策を見習おうという気はなかったのでしょうか?


建設コストを削減するため、という答えが返りそう。でも事故が多発したら車線を増やしたりショートカット橋(首都高・箱崎や広島の庚午橋みたいなやつ)を設けたりするはめになって、かえってお金がかかります。広島の公共事業はとにかく失敗続き。マツダスタジアムでやっと「やればできるじゃん」となりましたが、また元に戻ったようです。


せっかくのインフラ。今からでも遅くありません。合流が2回あることが分かるような標識にする、警告標識を増やす、アスファルトに色を付けてどちらが本線か分かるようにする、加速ゾーンを延ばす…など、もっと使いやすくする工夫を考えてほしいなと思いました。


広島にとって初といっていい、市街地を貫く都市高速。最初に書いたように、道のりによってはびっくりするほど所要時間が縮まります。運営側もそのうち慣れると信じたいです。
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青空ロード 1 

26日、広島高速2号線と3号線の宇品~吉島が開通します。広島呉道路・海田大橋と山陽道が高速で直結。国道2号の出汐、市役所前や、広島駅周辺の渋滞スポットを一気にショートカットできるようになります。南区、安芸郡、呉など広島都市圏南東部から広島駅、山陽道へ格段に行きやすくなり、呉~山陽道広島東ICだと…


所要時間が54分→29分!


ほぼ半減です。このテの時間って、かなり長いバイパス、トンネルができても数分縮まるケースがほとんど。ここまで開通の威力を発揮する道路は本当に久しぶりです。広島都市圏の交通にとって大きな一歩になるでしょう。(区間の詳細は広島高速のPDFファイル参照)


開通直前の高速道路恒例、ウオーキングイベントが18日にありました。広島の「歴史的瞬間」(大ゲサかなあ…汗)の目撃者となるべく広島支部長と繰り出してきました。






歩けるのは2号線矢賀~東雲と3号線吉島~宇品の直前まで。2号線の方はイオンモールにクルマを止めて行けるので(もちろん善良な市民は後で買い物をしますよ…多分)かなり混み合いそう。先着3000人に記念品を配るそうなので、まず競争率が低そうな3号線へ行くことにしました。


赤バス(広島バス)24番に乗車。座席がほとんど埋まるぐらい乗っていましたが、みんな広島市文化交流会館(旧厚生年金会館)で降りました。残ったのは総裁とおばちゃん1人。と、おばちゃんがウテシ氏に何やら聞いています。ウテシ氏が「出島へ行く橋なんてまだ開通しとらんよ」。ワシらの同志でしたよ。


平和公園からしばらく南に下ると、目の前に突如として高架が現れました。少し前までスコーンと空が見えた場所。道路が一本通っただけですが、景色が一変した気になりました。高速より南側は工場や物流倉庫が並ぶエリア。阪神高速の尼崎あたりを思い出します。このあたりは小学校の社会見学で清掃工場に行って以来です。光南町でバスを降り、広島支部長と合流。歩き始めたらいきなり、カウンターパンチをくらったような気になる看板が。


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あかんたれキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!(テレ朝系の広島ホームテレビではここ5年ぐらい、午前中にしょっちゅうドラマ「あかんたれ」を再放送。テーマ曲、志垣太郎の雄姿とともに今や広島人の琴線に触れるワードなのです。県外の方には分かりにくいネタですいません)


テンションが上がってきたところで、間もなくウオーキングイベントの入口に到着。たった1日の行事なのに幟まで作ったいました。気合入ってるなあ。


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よく見ると交差点は既に「吉島インター入口」。いつのまに! そういえば広島高速は「ランプ」じゃなくて「インター」というんですね。まあ広島ではランプは馴染みがない表現だし。


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今回開通する東向きの逆側(西向き)もだいぶ工事が進んでいました。2013年度末に観音まで完成予定。3号線の仁保JCT~宇品ICまでつながってから、今回開通するまで10年かかりました。それを思えば「もうすぐ」と言ってよいのかもしれません。


そろそろ料金所へ移動しましょう。歩行者はおろかクルマでさえ通ってはいけないゼブラゾーンが、今回は通路になっていました。ありがたみは薄いですが、貴重体験はここから始まります。


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広島高速の標識フォントは首都高速、阪神高速と同じ「ゴナDB」ですが、ところどころに山陽道と同じフォントが混在しています。ちなみに山陽道フォントは「道路公団標準文字」といい、クルマでサーッと移動するドライバーにも認識しやすいよう、文字に工夫を凝らしています。どうせ新しく建設した道なんだから、全部ゴナにすれば良さそうなものですが、大人の理由でもあるのでしょうか。


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坂を上ると右側からゼブラゾーンがせり出してきて1車線に。


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そして今度は左側からガードレールがせり出してきて右側にカーブします。ちょっと意地悪な造り。スピード出し過ぎ要注意です。


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都市高速っぽい標識が見えてきました。広島高速はICにナンバリングしないみたい。吉島~山陽道広島東IC、吉島~呉って同じぐらいの距離なんですね! 呉って遠いイメージがあったのでちょっとびっくり。あと注意書きに色々ありますが、チャリはともかく、リアカーは通らないと思います(^^;


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標識を通り過ぎて振り返ると、結構な高さまで上ってきたことが分かります。

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そして道路が右にふれた理由が分かりました。


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西部警察ならクルマが突っ込みそう(笑) 広島南道路計画は高速道路を造るだけではなく、側道=無料の街路整備も盛り込まれていて、いつか橋を延ばすという意思表示なんでしょう。市の財政難を考えると、総裁が生きているウチにできるかなあという気持ちになります。吉島はたくさんの人が住んでいる割に店が少なく、バスも朝遅く動き始め夜早く終わるので意外と不便。対岸の宇品は最近スーパーやショッピングセンターの出店が続いています。チャリで行ければ楽なんですよね。


料金所に着くと、並んでいる人がいました。想定の範囲内程度です。宇品同様レーンは2つだけで左側がETC対応。西側が開通すれば中間ICですし、長い間終点だった宇品も2レーンで事足りていたからこれでいいんでしょう。


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よく見ると料金所の看板は公団書体でした。宇品は白地に黒文字ですが、今回の開通を機に阪神高速などと同じ色遣いにしたみたい。


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反対側とをつなぐ通路はなく、完全に独立しています。多分基本1人勤務。気楽な半面、橋の上にあって周りに家も店もないので孤独感にさいなまれそうです。入口に人がいてもほとんど仕事はなさそうですが、何かあったときは対岸から人が来られないので大変そう。ETCカードはしっかり挿入した方が良さげです。


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列に並んで10分。後ろを振り返ると相当な人だかりになっていましたよ。吉島でこんなだから、もっと交通の便利がいい宇品や矢賀はとんでもないことになっていたのでは。


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10時なって入場スタート。料金所の向こうはまた坂です。


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こういうときじゃないと見られない料金所の中。放送設備もあるんですね。入口なのでレジやクレジットカードリーダーなどお金を扱う機械はありません。小さい箱のようで意外と奥行きがありました。


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料金所をくぐったところでスタンプラリーの用紙を受け取りました。記念品の引換券にもなっています。抽選でプリンスホテルの宿泊券が当たるかも、らしい。記念品がもらえればいいやぐらいに思っていましたが、スタンプを集める気になりましたよ。地図を見ると水飲み場やトイレも設けているよう。クルマならあっという間ですが、歩くと結構距離がありますからねえ。


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さあ、本線へ行きましょう。


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広島市予算 下道会流に点検 

広島市内では毎月1、15日、新聞に折り込みで広報紙「市民と市政」が入ります。普段はさっさと古新聞の束に放り込むのですが、4月15日号の表紙特集はもうすぐ開通する広島高速2号、3号線。思わず読みふけりました。そしてページをめくるうちに2010年度当初予算のページがありました。


そういえば五輪誘致と市長の1500万円外遊予算ばかりが取り上げられて、ほかのことはよう分かりません。「今年度の主な事業」を下道会的視点で読んでいくと気になった項目がいくつかありました。(予算額は広島市HPを参照しました)


【新規】人気アニメキャラクターを活用して、広島・宮島を巡りながら謎解きと観光が楽しめる旅行商品を開発し、新たな観光需要を誘致→250万円


これって「体は子ども、頭脳は大人」の彼ですよね? 明らかに。今や政治銘柄になってしまった「金田○少年の事件簿」じゃないですよね、まさか。あ、「名探偵ホームズ」ならアリだと思います。(今の子どもは知らないか)


平和公園や原爆ドームで人が死ぬ設定だと色々な団体が怒りそうなので、平和学習→宮島で人が殺されていた→お好み焼き屋で毛利氏と話しながら推理、みたいな流れとみました。広電に時限爆弾を仕掛けられた→にしき堂の社長に聞き込みだったら「ネ申設定」なのですが、テレ朝系の番組じゃないからできんですよね(笑) もちろん市長の意向で原爆資料館に行かないと手がかりは得られません(^^;


ところでこの事業、継続的な観光需要を喚起する効果があるんですかね? 一時的に盛り上がっただけでは仕方ないのですが。事業の是非はともかく、このテの事業として金額は妥当だと思います。かつて某市がのど自慢誘致の経費として予算500万円計上しました。メディアのキャラクターとタッグを組むとこれぐらいの金額が「相場」なんでしょう。


観光ホームページリニューアルを行い、情報発信機能を強化→2004万円


高い!ありえん! コナンの8倍ですよ、奥さん。前々から自治体がHPにかける予算って前からバカ高いと思っていましたが、これはひどい。多分アニメーションとか無駄に高度な機能とかがてんこもりなんでしょう。このお金で専門の職員を3,4人雇って自前で作って管理した方がよくありません? あるいはどこかの大学に投げて研究活動の一環で作ってもらうとか。なーんか、ヤな感じ。


町内会・自治会などを対象としたホームページ開設システムを提供→258万円


リニューアルを機に必要なページがとっても探しにくくなった広島市HP。やたらと細分化されていて、何ページも見ないと求める情報が全部分からない。そんなサイトを作った市(または委託業者)の技術を提供してどうすんの?って感じがします。それよりは地域内でちゃんとしたHPを作っているお店や個人を支援して、地域HPを作ってもらった方がいいような気が…。どっかに広島市内地域情報ポータルを作ってそこからリンクすればある程度の一体感は保てます。


市長が日・英2か国語で平和宣言を読み上げる映像・音声をインターネットで世界に発信→457万円


YouTubeに流せ! それならタダじゃ。以上。


2020核廃絶広島会議(仮称)を開催→3200万円


核兵器廃絶は常に訴え続けてないといけないという考えは分かります。でも今年は10年に1度のNPT再検討会議がアメリカであります。ほかにも色々な枠組みがある中で、広島市が会議を主催しなきゃだめなんでしょうか? NPT再検討会議出席や会期中のロビー活動だけではダメなんでしょうか? 五輪もそうですが、理念が正しければサッとお金を出していいものなんでしょうか? 財政難のため広島市にはびっくりするほどボロい公共施設がたくさんあります。平和は大切。でも市民の暮らしにきちんと目を向けてからやるべきことだと思います。




自分の中で引っかかりを感じた事業を抽出したので文句ばかりになりましたが、もちろん有用な事業もたくさんありました。たまには自分の街の予算とかチェックせんにゃあいけんなと改めて思いました。
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北海どうでしょうⅡ 23完 

空港行きバスまでもう少し時間があります。駅の近くにある北防波堤ドームへ行ってみることにしました。稚内の観光案内で宗谷岬の次に必ず登場する名所です。駐車場ばかりの海沿いに出るともう見えました。


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柱は古代ギリシア建築で用いられた「エンタシス」を採用しました。上に行くほど細く、目の錯覚で真っ直ぐに見えるよう工夫。高さ13メートル、長さ424メートルのアーチは、荒ぶる海にあらがう力強さを感じさせます。先端には樺太行き連絡船乗り場があり、港湾施設と利用者を保護するため防波堤建設が決まりました。それまでは連絡船利用者が波にさらわれて転落する事故が後を絶たなかったそうです。


完成後はドーム手前まで宗谷本線が延伸。稚内桟橋駅(仮乗降場)が設けられ、ドームは樺太へ渡る多くの人を見届けました。フェリー桟橋は南へ移転しましたが、今も港湾の一部として海の往来を守っています。


平日昼にもかかわらず女子2人が走ったり、記念撮影をしたりしていました。ここまでであまり見かけなかった「乗り物好きでない旅人」です。有名な観光地なんだなあ。記念撮影するのにシャッターを押してあげようかと思いました。でも、一人で一眼レフを構えてウロウロする30代は不審人物に見えたらしく、早々に退散されてしまいましたよ。何だか凹んだので、脇にある石段からドーム上に登ってみました。


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冬場は荒れる海も、9月はごらんの通り。かつて樺太へ行く人たちをのみこんだなんて信じられません。ここまで来たんだなあ。留萌からゆっくり上ってきたからこその思いがこみ上げてきました。


空港行きバスの時間が迫ってきました。駅前ターミナルに戻ると、総裁の琴線に触れるクルマが続々やってきましたよ。


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元東急バス青葉台営業所の3扉車! バスなのにロングシート、というバリバリの都会仕様車がこんなところで余生を送っていました。空港線は大きな荷物を持った人が多い。トランクがないならいっそ2×2の座席じゃない方が好都合だと判断したのでしょう。


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スケルトンの初期型車です。カクカクしているけどリアランプは丸形…広島ではすっかり見なくなりました。まだまだ健在なのを見て思わずシャッターを切りました。総裁が乗っていた路線に初めてスケルトン車が来たときの「新しいバスじゃあ!」という感動がよみがります。


そうこうしているうちに空港行きがやってきました。3扉車かと思いきや、ごくごく普通の路線車。ある意味で宗谷バスらしいクルマです。(写真は空港ターミナルバス停で撮影) 総裁が使う関空便のほか、羽田便にも接続しており、十数人が乗りました。車内を見ると、一部サイトが紹介しているように、暖房を強化したとみられる出っ張りが前の座席にありました。


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公式サイトを見ると、駅前ターミナルからの直行便ではなく普通の路線バスと同じように途中のバス停に大体止まっていくらしい。でも特に車内放送はないし、運賃表は、次の停留所「空港ターミナル」、「券なし590円」で確定。ルートも最初はバス通りを走って、途中から国道40号に出るイレギュラーコースでした。空港行きって観光客や、普段はマイカー派の地元民だって乗るんだからもうちょっと分かりやすくすればいいのに…。宗谷バスはとにかくローカルルール満載でした。


かつての稚内営業所跡で、今も窓口付きのちゃんとした待合室がある潮見5で明らかに空港を使わないっぽい爺さんが乗車。ウテシ氏が「空港行きですよ」と念を押しても「大丈夫大丈夫」と応えたのでそのまま発車しました。国道40号と分かれると、海側の集落が途切れ、深い青色の海が広がります。反対側は丘が迫ってきました。宗谷丘陵はまだ先ですが、その片割れともいえる場所なのでしょう。


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声問の交差点で右折。草原の中に自動車学校と空港が見えてきました。


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気の早いお客さんは、もう降り支度。間もなく真っ白いターミナルの玄関にバスが着きました。空を見上げると透き通った水色。でも、本州に比べ少しだけ色が濃い。もう秋はそこまで来ています。


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みやげもの屋を物色して飛行機へ。いよいよ本州へ、現実へ戻ります。


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9月になったからでしょう、小振りな飛行機は通路側だけが埋まった感じ。夏季運航なのもうなずけます。滑走路の一番端までゆっくり移動し一気にエンジン全開。さっきバスで通った稚内の街があっという間に小さくなっていきました。


イヤホンを差し込み機内オーディオに耳を傾けると、ちょうどSuperfly「やさしい気持ちで」がかかっていました。窓の外はサロベツ原野と日本海、利尻・礼文。曲と歌詞が眺めと本当に合ってるんですよ。まるでこの便で聞くために作った歌ではないかと錯覚するぐらい。(YouTubeのSuperflyChannel=このへん=で聞くことができます) この旅で出会った自然、街並み、そして人が次々とアタマによみがえりました。やさしい日差しに照らされて、気付いたらうとうとしていました。


目が覚めると窓の下に日本海が広がっていました。間もなく街と大きな砂地…鳥取です! 何と稚内-関空便は中国地方を横断するルートだったのです。南に下って川が交わる盆地に再び街並みがありました。地理的に考えれば津山です。そして…


瀬戸内海は輝いていました。



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私たちはこんなにも神々しい海のそばに住んでいたのです。北海道の大自然に触れて感動の連続でした。でも、もっと身近に「宝」があったのです。旅の最後に一番驚く発見が待っていました。写真では見えにくいですが、地平線の手前に一本の線が見えました。きっと瀬戸大橋。真下は小豆島でしょう。


間もなく飛行機は機首を左に向け着陸態勢に。遠くに泉南の陸影と、角がとんがった真四角の島が見えてきました。南側へ旋回、徐々に大阪湾が近付いてきて着陸。稚内から2時間半、長い時間かけて道内を移動した身からすれば、あっという間に関西に着いた気分です。

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関空から広島へは特急はるかor関空快速から新幹線へ乗り継ぐルートが一般的。でもここまでバスにこだわった旅をしたのに、最後に新幹線ってのはちょっと切ない。どうせなら高速バスで帰ろうと考えました。関空着16:20で、大阪駅発広島行き高速バスの最終が17時半。かなりタイトですが、事前の調べで…


・着陸して15分後に発車する南海の特急ラピートに乗る
・新今宮で4分乗り換えで環状線に乗り換え
・大阪で6分で高速バスに乗り換え



の3点をクリアすれば間に合うことが判明しました。後の2つはどうにかなりますが、最初が難関。飛行機は気流や滑走路の混雑状況で遅れることがザラにありますし、預けた荷物はなかなか出てきません。とりあえずチャレンジしてみて、ダメだったら大阪でブラブラして夜行バスに乗ることにしました。


ところが…ラピートに間に合ったんですよ。予定より5分早い16:15に着陸。10分もかからないうちに預けた荷物がターンテーブルに出てきました。全力疾走で駅まで行き、きっぷを購入。発車まで2分を残して余裕の乗車でした! これで17時半の高速バス乗車がほぼ確実になりました。


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携帯の「発車オーライネット」で検索したら残席1! ありがたく予約しました。新今宮でも大阪でも乗り換えに成功。中国道へ向かう阪神高速では、あかね色に輝く本当に美しい夕日に見送られました。最後の最後に強運を使いまくり(^^; 23時すぎ、無事広島の我が家に着きました。


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本当に充実した6日間。たくさんの美しい自然に触れることができました。ハプニングがあったからこそ出会えた人がいました。そして前回以上に北海道が好きになりました。道北へは絶対にもう一度行きます。待ってろよ、天北線&宗谷岬!

(to be continued)

旅・北海道  /  tb: 0  /  cm: 4  /  △top

中国山地に春が来た 

2週間前の3月27日(土)、芸備書房前店主と庄原~備後落合~木次を経由して皆生温泉へ行ってきました。クルマで。公共交通機関を使えぇや!という指摘が聞こえてきそうですが、総裁は翌28日が夜勤で、できれば28日朝までには帰りたかったのでついつい…。山陰から山陽へ戻る場合、鉄道もバスも最終が早いのです。


あと、訪れたころはほとんどサクラが咲いていませんでした。散り始めた今の時期からすると少々賞味期限切れの話になります。まあ備忘録です。


昼前に広島市内を出発。広島IC~庄原ICまで高速を使い、備後落合まで一気に駆け抜けました。途中国道を外れ旧西城町の市街地を経由。とても情緒ある街並みで、芸備線の細い鉄橋と交わるあたりは実に絵になる風景でした。ちょうど昼時だったのでこれを食べることにしました。


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おでんうどん。備後落合駅ホームに立ち食いうどんがあったころの名物です。いまは近くの「ドライブインおちあい」で食べられます。ネットや情報番組で取り上げられてから登場したので、当初は便乗かと思いました。しかし、後日の一部新聞報道で主人は立ち食いうどんが閉鎖になる最後の6年間、実際にホームで腕を振るわれたことが判明。かつて旅人を暖めた味そのものだったのです。


たまごとスジとちくわを載せてズルズルいきました。シンプルなだしと麺、ぐつぐつ煮込まれたおでん、いい感じにとろけた岩のりの相性は抜群。寒いホームで食べたらもっとおいしかったに違いありません。


店の中もあのころから時が止まったままです。おでんうどんの後ろに写った100円占い機といい、かつてゲームセンターにたくさんあった筐体といい…。備後落合に夜行急行が立ち寄り、駅がにぎやかだったころ、そして周辺のスキー場にもっとお客さんが来ていたころの最先端だったんだろうなあ。駅舎やホームみたいな「本体部分」の痕跡と違って、ちょっと立ち寄った先の時間つぶしみたいな「サイド部分」はなかなか残らないので貴重です。


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外にはかつて掲げたであろう看板が、窓を埋めるために使われていました。


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この日は春休み中の週末ということもあり、総裁たち以外に地元のおっちゃんや爺さん、婆さん、帰省した子どもが連れてきた孫衆らも食べに来ていて10人弱のお客さんがいました。地域の大切な社交場なんですね。ただ、入口に「当分の間午前11時から午後2時までの営業とさせていただきます」との貼り紙がありました。ご主人もかなりご高齢のよう。店とおでんうどんの今後が気になります。せっかくの名物なんだけどなあ。


備後落合駅はやっと花が咲き始めていました。春の入口といったところ。


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ちょうど列車が来ない時間帯。ホームにたたずむと近くの国道をたまに走るクルマの音と、せせらぎ、そして風の音だけがしました。


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そんな自然と一体になった駅ですが…


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真新しいフェンスが建っていました。前まではなかったと思います。実に無粋ですが、勝手に転車台跡に入ったり、線路に入って写真を撮るなどルールを守れない大きなお友達(いわゆる鉄道マニアだが、人に迷惑をかけるような人をファンやマニアと称したくないので、あえてこう書いた)がいたのでやむを得ず張ったのでしょう。あとゴミ箱も新しくなっていました。これはエエ方の変化。


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ある方がBlogで「今が鉄道ブームというなら早く終わってほしい」と書かれていましたが、総裁も同感です。最近の「鉄道ブーム」って事業者に小遣い程度の収入をもたらしている程度で、(一部を除いて)沿線の活性化につながっているわけでも、地域のマイレール意識を高めているわけでもありません。鉄道に興味を持って乗る人が増えるのはいいことですが、変に排他的な人や迷惑をかける人が増えるのはごめんです。


ちょっと機嫌が悪くなったので、糖分補給(笑) 備後落合駅からクルマで数分の場所にあるジェラート屋でスウィーツタイムです。白いのがマタタビで、ピンクがオススメらしいサクラ。マタタビは甘さ控えめで大人な味。サクラは桜餅のあの風味でした。


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さあ県境を越えましょう。国道314号線を登ると山に白いものがちらほら。備後落合あたりが冬と春の境目だったようです。


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そしておろちループを越えて出雲坂根駅へ。駅舎の改築中で、土曜だというのにたくさんの作業員さんが忙しそうに動き回っていました。


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待合室は狭い中にベンチがある名松線伊勢奥津駅に近い感じ。併設のコミュニティ施設はクツを脱いで上がるタイプになるようです。


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待合室はまだ使えないので、ホームに「仮駅舎」がありました。


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ヨドコウ? 臨時とはいえ、(総裁が記憶している限り)中国地方では見かけないプレハブ駅舎が登場です。北海道によくある仮乗降場上がりの駅みたいですね。当たり前ですが、中にはちゃんと時刻表もありました。


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もっとも前の駅舎はホコリっぽくて虫もいたので、今の「仮駅舎」の方が駅寝しやすいかもしれません(←おい!)




前店主が横田町の市街地でおみやげを買うというので同行。「そろばんもなか」なるお菓子を発見したので早速買って食べてみました。そろばんの球の形をしていてあんこたっぷり。脳に栄養が行って暗算力UP!…の前に血糖値UPですね(^^; 何となくそろばん工芸館へ行くと工房があり、「ご自由にお入りください」との看板に甘えて座敷に上がると、工芸士さんが仕事中。総裁たちに気付いて製作実演をしてくださいました。


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まずは枠。カバやツゲ、黒檀などを使いますが、国内産の材質は流通量が少なく、タイやインドネシア、タンザニア産といった輸入木材も活用しているそうです。見た目軽そうですが、持つとずしりときます。


次は珠。あの形をどうやって作るか前から気になっていました。直角三角形の斜辺に歯がぐるぐる回る機械を使って1つ1つ作っていきます。


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大まかな形は意外と簡単にできますが、ここから「口取り」(そろばん球の出っ張っている部分を「口」という)「仕上げ削り」など細かい手作業を経てやっと製品に使える「珠」になります。オーソドックスなタイプでも1つに100個以上の球があるので途方もない話です。さらに軸を加工して、珠をはめ込んで、枠を組み立てて…数日かけて1つできればオンの字らしい。大事に使わないといけません。


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材質によって値段の差が出るそう。いい材質だと木目が美しい。高級そろばんも触らせていただきましたが、総裁の実家にあった安いそろばんと違って球の滑りもパチンという音も良かった。いい品は使い心地も全然違います。あと裏側の細工もポイントで、高級品は丁寧な模様でした。下の写真の真ん中あたりにあるそろばんは、工芸士さんが息子さんの成人祝いに送った最高級の逸品。「展示に回すから返せ」と取り返したらしい(笑)


作業時間を割いて総裁のような素人に解説をしていただいた工芸士さんに深く感謝します。そろばん、やってみようかな。


さらに山を下って木次の桜並木に行ってみましたが…このとき(3月27日)はほとんど開花していませんでした。


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中国地方は先週来雨が続いています。この長雨が終わったら山間部にも本格的な春が来るでしょう。また出かけたいと思います。
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鉄工所賛歌 

材料の質感、温度に触れながら、自分の手でイチからモノを作り上げる。普段キーボードとマウスで仕事をしている総裁にとって、ものづくりの現場は憧れです。総裁はマンガをあまり読まないのですが、そんな世界を描いた作品があると知り、昨秋買いました。「とろける鉄工所」です。


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何がいいって、完全広島弁なんですよ。「おどりゃー、なんしよんなら!」(お前、何やってるんだ!)「たいぎい奴じゃのう」(面倒くさい奴だなあ)など、広島市民が読んでまったく違和感を感じない方言の使い方。このフィット感、「仁義なき戦い」(飯干晃一氏著)以来かもしれません。それもそのはず。作者の野村宗弘さんは広島出身で、プロの漫画家になる前は市内の鉄工所で働いていました。


だからこそなんでしょう。荒っぽいけど実はみんなやさしい…そんな現場の雰囲気が伝わってきます。火花で作業着は焼けるし、溶接の光を見すぎて目は日焼け状態。夏は地獄の暑さで、冬は極寒。命の危険と隣あわせの仕事です。そんなシビアな現実を描きながら、作風はとってもコミカルであたたかい。現場の人はみんな溶接が好きで、仕事に誇りを持っている。まるで自分の分身みたいな登場人物達への、野村さんの愛情を感じます。


そして、主人公?北さんの妻といい、小島さんの娘といい、登場する女子がとってもいい。北さんの作業着を着て「かっこいいんよね」とポーズを取る姿や、「きょうは遅くなるメール」を見てジーンとしている表情に胸がきゅんとなりました。こういう女性と結婚できたら幸せじゃなあと思います。


総裁の父は工場勤めでした。朝早くに家を出て、夜真っ暗になってから帰宅。週末に持ち帰る作業着は油まみれでした。定年まで現場一筋。出世なんてしなかったし、人付き合いが下手で職場以外に人脈もない。でもmade in Jpanを陰で支えた一人であることは間違いありません。「とろける鉄工所」を読んで、今まで以上に父を誇りに思うようになりました。


今月には4巻が出るそう。基本面白い作品なので読んでみてはいかがでしょう? 広島市民には特にオススメします。

北海どうでしょうⅡ 番外編 

総裁は旅に出ると必ずご当地新聞を買います。今回(2009年9月)も色々ゲッとしてきました。


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広島は県内のどこに行っても全国紙・スポーツ紙と地元紙・中国新聞しかありません(地域面など中身は多少違いますが)。しかし、北海道は元々広い上、冬場の道路事情が良くない。加えて札幌圏を除いて高速道路の整備が遅れたため、物流に難点がありました。このためブロック紙の北海道新聞(通称・道新<どうしん>)以外に多数の地域紙が今も存在しています。コンビニや駅の新聞売り場をのぞくたび「こんな新聞があるんだ!」と発見がありました。


帯広を含む十勝地方に根を張っているのが「十勝毎日新聞」。夕刊だけ発行で、wikiによると当地では北海道新聞よりシェアが高いそう。東京の毎日新聞とは何の資本関係もありません。時事通信の配信を受け全国・海外ニュースも掲載しています。


総裁が滞在していた日は総選挙で落選した中川昭一氏インタビューが堂々のトップ。地域紙ならではの作りです。総裁でさえ氏の動向は気になっていたので、地元にしてみれば当然の価値判断なのでしょう。十勝的には北海道新聞や全国紙が1面で扱った政権交代後の細々した動きよりニュースバリューは高い。


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二番手は北海道11区の結果が地域、地元政界に及ぼす影響を取り上げた連載。都会以上に選挙が地域の一大事ということが伝わってきます。釧路新聞も同様でした。


もっとも、北海道新聞も手をこまねているわけではありません。帯広で買った夕刊。よく見ると…


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発行所が帯広支社になっています。札幌で売っているバージョンと何が違うのか? 何ページかめくって驚きました。


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中に題字付きの地域版があったのです。天気予報もあります。ここだけ抜き取れるページ構成で、普通の夕刊の中に十勝記事で埋めた別の新聞が入っている感じ。


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トップではありませんが、ちゃんと中川昭一氏の記事も入っていました。ちょうど新聞社行脚をした日だったんですね。ちなみに道新の釧路版も地元地域紙を意識したのか、広告がすべて道東バージョンになっていました。ここまでするんじゃ!と驚きました。


駅売店で買った名寄新聞は地域ニュースだけの紙面。私たちが一般に想像する新聞と役所の広報紙の中間のような感じでした。


そして北海道にはローカルのスポーツ紙が存在します。


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北海道新聞の100%子会社「道新スポーツ」です。サンスポと提携しているので記事・紙面の多くはサンスポと共有。しかし、1面など3~4面は独自の日ハム記事をガンガンに展開しています。最近でこそ広島に届くデイリー、ニッカン、スポニチは1面がカープ記事になりましたが、ここまでは充実していません。チームが強いことも含め、うらやましいなあと思いました。
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北海どうでしょうⅡ 22 

「じゃあ、あすは9時にフロントで待ち合わせしよう」。部屋の前で好象と別れ、プランを練り直しました。当初計画ではきょうは稚内に宿泊。翌朝バスで宗谷岬へ行き、稚内空港13:45発の関空行きに乗る予定でした。あさっては休みで、3日後は午前中から仕事です。仕事のことを考えるとあさって中には広島に帰っておきたい。


まず飛行機。できれば1日後にずらしたい。今回はマイレージカードの特典航空券を使っています。前日まで買える割引航空券「特割」だと変更が一切利きませんが、特典航空券は特割より格上扱い。大丈夫だろうと思っていました。ホテルの部屋にワイヤレスLANが来ていたので、持ってきたノートPCで検索。


ダメでした。変更は4日前までらしい。となると、予定通りの便に乗らないとイチから全部航空券を買い直すことになります。稚内-関空便は前日まで買える「特割1」の設定がなく、普通運賃だと45000円以上! これに稚内での宿泊代も入るので5万円以上の出費になります。それはさすがに無理。格安運賃の設定があるほかの路線も調べましたが、最低でも3万円はかかります。


計画通り稚内-関空便に乗る。厳しい選択でした。心が揺れました。地縁がない街で廃車の段取りや、トランクに積んだ大量の荷物を送る手続きをしなければならない好象は心細いはず。ワラにもすがりたい思いでしょう。でも、経済的にも時間的にも自分の滞在を伸ばすのはしんどい。幸い事故当日というヤマは越えています。好象、ごめん。ワシ帰る。電話でそのことを告げると好象も分かってくれました。ありがとう。


次に名寄から稚内へ行くJRを調べました。飛行機に間に合うのは名寄7:50発の普通列車だけでした。南稚内11;26、稚内11:30着で、空港行きバスは稚内駅前ターミナル12:35発です。稚内市街-宗谷岬は片道30kmで、空港は市街地より少し宗谷岬寄りにあるのでタクシーなら往復可能ですが片道1万円近くかかります。何より総裁としてはバスで行かないと意味がない。


宗谷岬行きがついえました。色んな思いが交錯しました。でも次の瞬間、アタマがパッと切り替わりました。本当に電流が走った感じ。


「また来よう」 オロロンライン、オホーツクラインと豊富温泉には行きました。でも紋別の流氷も抜海のゴマフアザラシも見ていない。一度行きたいと思っていた旧深名線沿線を巡ってないし、カントリーサインマグネットも抜けが多い。まだまだ道北を満喫しきれていないのです。宗谷岬はもう一度この場所を訪れる原動力になります。そう、神様がもう一度道北を訪れるチャンスをくれたのです。


そう考えると不思議と安らかな気持ちになりました。




6時に起きて身支度。簡単に朝ごはんを食べて出発です。好象にもう一度謝ってからホテルを出ると小雨。もう冬の肌寒さです。小さな街ですが、駅前通りにはポツポツと人が歩いていました。名寄駅舎は1927年築。どっしりとした構えは、雨にたたずんでいる方が絵になる気がしました。そういえば、前回はここで広島支部長と合流(このへん参照)。なにげに再訪です。


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旭川行き快速と稚内行き普通列車が到着・発車する時間帯。待合室はベンチがほぼ埋まる盛況ぶり。もう改札が始まっていたのでホームへ行くと、跨線橋出口に高校生たちがたまっていました。旭川からやってきた列車は予想通り1両編成。人いきれで窓がくもり、立ち客も結構います。通学時間帯のローカル線って都会以上に混むんですよね。幸い名寄で高校生が一気に降りたので何とか席を確保できました。


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少し蒸し暑い車内。ハンカチで汗をぬぐい向かいの席を見ると、リュックサックを背負った初老の男性が座っていました。「第二の人生」を鉄道旅で楽しんでます!なオーラ。ヲタとは違って紳士な印象を受けたので声を掛けてみました。「どちらから来られました?」


筋金入りの「鉄」の方でした。大阪から18きっぷ主体で北海道入りしたそう。Excelで作った行程表を拝見すると駅、時刻、列車番号はもちろんのこと、宿を予約したときに電話応対した人の名前までしっかり書いてありました。対応した相手の名前を控えるのって社会人の基本の「き」ですが、趣味の旅では忘れがち。長いこと会社勤めした人なんだなとあらためて思いました。


サラリーマン時代は鉄道旅をしたくてもなかなかできなかったそう。ヨーロッパへ出張したとき、取引先を観光案内するという名目で乗り鉄をしたのが一番印象に残っているとか。その分定年後は鉄三昧。18きっぷで修行に近い旅をする一方で、奥さんをなだめるため、鉄初心者でも楽しめるプランを組んで連れ出したりしているそう。今回は独り旅。きょうは天北線の廃線後を歩くつもりで、「雨が止まんかなあと思うてんねん」。


と、かばんから市販の鉄道地図帳を取り出されました。ページを開くと書き込みがびっしり。一番のオススメは羽越本線の「笹川流れ」(新潟県村上市)。南下する上り線はトンネルばかりを通るので、北上する下り線じゃないと絶景をじっくり拝めないらしい。このほか、朝ラッシュ時に広島駅で山陽本線→芸備線に乗り換えようとしたら自分とは逆方向の人並みに阻まれた話、往年の天北線がにぎわっていた話…たくさんの思い出を聞かせていただきました。


トークが盛り上がり、音威子府まで本当にあっという間。雨はすっかり止み、朝日が差し込むようになりました。「これやったら歩けますわ」とご主人。天北線バスに乗るべく降りていきました。ありがとうございました。どうぞお気をつけて。




音威子府では20分以上停車します。そばをもう一杯食べられるかなと思いましたが、まだ開店前。のんびりとタバコを吸っていたら稚内側から札幌行き特急が着きました。前日豊富温泉で会った福山の女性が乗っている便です。ここで再会したらドラマですが、そんなことはなく、特急はガガガガと激しいうなりとともに発車しました。


ここからは再び一人旅です。雨でキャラメル色に染まった天塩川をのんびり眺めたり、本や新聞を読んだり。中高生のころはこうやってのんびり過ごすことが苦手でした。でも、25を過ぎてからは何とも思わなくなりました。年を取った証しなんですかねえ。


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薄めの文庫本をほぼ読み終わったころ、幌延に着きました。手作りっぽい看板が何ともいい味を出しています。


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豊富あたりからサロベツ原野にさしかかり、視界が開けてきました。線路は少し高い場所を走っているので、草が黄緑色のカーペットみたいに見えます。窓を少しだけ開けるとひんやりした風が入ってきました。響くのは風を切る音と、ゴトンゴトンという列車の響きだけです。


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幌延から先はずっと無人駅が続きます。徳満に至っては駐車場の誘導員さんが待機するようなプレハブ小屋と簡易トイレだけ。そんな中、抜海は鉢植えがあって久々に生活の気配を感じる駅でした。


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ここまで山の遙か向こうにあった日本海がついに近付いてきました。いよいよ北海道のてっぺんにさしかかってきたのです。車内もそわそわしてきました。名寄以前から乗り通した人も結構おり、総裁以上に一つの旅路が終わる感慨にふけっているのでしょう。


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再び日本海から外れると、線路沿いの斜面に住宅地が。いよいよ最果ての街・稚内。都会に帰ってきたのです。名寄・美深以来見るまとまった集落。広い道路や大きな店が続々現れてきました。大自然っていいなと散々書いてきましたが、やっぱり人の営みを感じると落ち着きます。何だかんだいって街の人間なんだなあ。


もう1回道北へ行くつもりなので、名寄では南稚内までのきっぷを確保。南稚内~稚内=最北端区間を乗る楽しみは次回に残すことにしました。かつて「稚内駅」だった南稚内駅は駅員さんもいて、広島市内の可部線、芸備線の駅みたいな雰囲気。駅前は市街地のただ中で、ファーストフードや郊外店がたくさんありました。


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冬の気候が厳しく徒歩やチャリだと大変だからでしょう、稚内中心部のバス路線は下手な県庁所在地より充実しています。市内線は6時台から21時台まで15~20分に1本、ほかの路線も一部を除いて1~2時間に1本運行。南稚内駅~稚内駅は市内線の範囲内でJRの何倍もバスがあります。だからこそ南稚内で降りることにしました。


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バスはほとんど列車が来ない駅広場には乗り入れず、駅前を南北に貫く通称「バス通り」上に市内線「南駅前」バス停があります。郊外線は、バス通りより1本海沿いを走る国道40号を経由。合理的ですが公式サイトだけだとヨソモノにはなかなか分かりにくい。総裁もある方の旅行記BLOGを見て理解しました。ちなみに、バス通りを走って途中から国道40号に出る路線や、40号より海沿いの岸壁沿いを走る路線もあります。


そして宗谷バスのローカルルール2つ目が時刻表。市内線・南駅前バス停に貼ってある時刻表をよく見ると…


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違うバス停の時刻が載っているのです! 大黒3丁目は南駅前の1つ南寄り。天北線の時刻表同様(このへん参照)「この時刻の大体1,2分後に来るし、地元民なら分かるでしょ」という考え方なんでしょう。バス停ごとにいちいち時刻表を作るのが面倒くさいのは分かりますが、これは不親切。地元の人は「こんなもんだ」と納得しているかと思いきや…「稚内市地域公共交通総合連携計画」中の住民アンケート結果には、ちゃんと「全てのバス停留所の時刻を時刻表に載せてほしい」という声がありました。


また「何々線、何々バス停から何番路線に変わりますとの表示。その路線がどこを指すのか、稚内に住んでいてもわからない」という意見もありました。総裁のようなマニアが満足するバスにしろとは言いません。でも、せめて地元の人が使いやすい乗り物にはなってほしいとは思います。東急グループからファンド所有の会社になって少しでも良い方向に変わってほしいと思います。


しばらく待っていると市内線バスが来ました。広島では広電が大量に導入した日野ブルーリボン。赤いシマシマのバスなので、広島バス色の広電バスに乗るような、変な気持ちでした。平日昼間で頻発しているにもかかわらず、車内には4,5人乗っていました。「バス通り」は道道106号、あのオロロンラインの続きなんですが街中に入ってしまえば思った以上のヘロヘロ道。住宅街の路地を抜けていく感じです。


踏切を渡って少し高い建物が見えてきたら「次は稚内駅前」。時刻表上は「駅前通」となっていますが、バス通り経由だとこのバス停が駅の最寄りになるのでわざわざそうアナウンスするみたい。分かりやすいけど、やっぱり独特のローカルルールですよね、コレ。ここで降りました。


地図を見るとちょっと離れているような気がしますが、ドラッグストアの角からもう駅舎が見えました。そして根室に続いてここにもありました。ロシア語標識! 名寄とか豊富みたくローマ字表記の部分は何となく分かりますが、フェリーターミナルとかバリバリのロシア語部分は何と会書いてあるのか読めさえしません(汗)


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駅前は再開発工事中。駅舎の前には囲いが建っていました。どうまた来るんだから写真は今度にしよっと。中に入ると日本最北の駅そば屋さんがありました。その名も「そば処宗谷」。そろそろお昼時なので一杯いただくことにしました。


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スープカレーそばです。いや、駅そばスキーな方々のBLOGや旅行記を見ていると、天ぷらそばや月見そばなど比較的オーソドックスなメニューを頼まれているので、ちょっと個性を出してみようかと(笑) とろみとこくがあって美味しかったです。いなり寿司と合わせれば和風カレーライスとしゃれ込んでみました。


このお店、なぜか駅舎外にもカウンターがありました。寒い時期は外で食べるとよりおいしく感じられそう…北海道では無謀か。


空港行きバスまであと1時間。駅前周辺をぶらぶらしました。駅の横、「さいはて」なんて旅館がある通りを歩くと、すぐに宗谷バス駅前ターミナルがありました。宗谷バス本社とともにレンタカーの営業所を兼ねていて、雑然とした感じ。このへんのアバウトさ、総裁好みです。


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駅前ターミナルは2010年5月で役目を終えます。6月に駅前の再開発ビル1階に移転するそう。古き良き時代のたたずまいもあとわずかです。


そして、また稚内に来るとはいえここは外せません。線路が途切れる場所は全国各地にありますが、ここぐらい「終点」という言葉がふさわしい駅はないと思います。「南大山から続いた…」の文言がまた味わい深い。当Blogではまだ書いていませんが、総裁は2009年2月に西大山駅を訪問しました。それだけに看板の言葉にじいんときました。


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4/1改正 

新年度が始まりました。4月1日は行政や企業にとって1年の節目になる日であり、バス路線が大きく変わる日でもあります。総裁が旅した広島-東京ルートでもいくつか変更がありました。バス旅をしようと当Blogをご覧になった皆さんがひどい目に遭わないよう、昨秋など少し前の改正も含めて、どこが変わったか記しておきたいと思います。


(なお、当Blogを最近読み始めた方は、同様にダイヤ改正を紹介したこのへんこのへんこのへんあたりもご覧になってください)


1.早朝の熊野行きに異変
以前から系統が分かれたり大幅減便になったりと不穏な動きが多かった向洋経由熊野線。新ダイヤを見ると、早朝の熊野行きが広島熊野道路(自動車専用道路・有料)経由に変わっていました。区間便は残っていましが南海田始発に。この南海田がクセモノで、芸陽バスの広島バスセンター~瀬野・一貫田方面の路線とは微妙に外れているんですよ。センター朝イチの国信橋行きで海田大正町→1分接続克服して芸陽バス安芸南線、という乗り換えに成功すれば次につながることはつながりますが…確実に壁が高くなったなあと感じました。


2.熊野-国際大線は本年度も継続
昨春突然デビューした熊野発国際大行き。元々社会実験の上、一部Blogで利用者があまりいなかったという記事が出ていたので、1年限りと思っていました。ところが、さらに1年延長されることになりました。1限に間に合う朝イチの便とか、結構お客さんがいたのかもしれません。総裁が旅したときより1時間早く竹原に着けることも、竹原での接続が悪くて結局総裁と同じバスになることも去年と変わらず。まあ、なくなるよりはマシです。


3.井笠鉄道が「井原鉄道」矢掛駅乗り入れ
笠岡発着のバスは従来、矢掛市街地の西端にある井笠鉄道のバスセンター止まりでした。井笠は井原鉄道開業でドル箱路線を奪われたので鉄道側に協力したくないと思うでしょう。そりゃあ。しかし、4月から朝の矢掛行き、夕方の矢掛発の1本ずつが井原鉄道矢掛駅まで路線を延長。本数こそ少ないですが、過去の経緯を踏まえれば大きな一歩を刻みました。矢掛バスセンターは老朽化が激しい上、不便な立地。比較的新しい矢掛駅がバスの乗り換え地点になった方が便利に決まっています。さらに乗り入れ本数が増えるといいなと思います。


4.ロウズ観光が路線バス廃止
総裁が旅した後、岡山の方から新倉敷駅~倉敷駅というバス路線があることを教えていただきました。乗り物好き&岡山に3年住んでいたのに気付かなかった非常に恥ずかしいエピソードです。その新倉敷駅~倉敷駅を運行するロウズ観光が3月末で路線バス事業から撤退してしまいました。今月からは新倉敷駅~イオン倉敷に短縮した上で、沿線の山陽タクシーが運行を引き継いでいます。今のところ予約不要ですが、同時に廃止になったほかの路線はデマンド化。いつまで続くか不安が残ります。


5.備北交通の接続改善
以前の更新(このへん)で紹介した「庄原回りで岡山県に入るルート」。当時は庄原駅前での乗り換え時間が3分ときわどいことこの上ない連絡でした。ところが、吉田~三次のバス時刻が変わり庄原で30分以上の余裕が生まれました。最近の改正の中では数少ない、総裁の願いが叶ったパターン。中の人に感謝です。ちなみに備北交通は最近「高速バス&レンタカー」というパックの販売をスタートしました。庄原まで往復高速バスを使えばレンタカーが格安で利用できるプラン。上手いことやればかなり使えそうな感じがします。


6.槙~赤穂駅が1日2往復だけに
神姫バスの時刻表検索を開いて「ついにここまで来たか」と思いました。総裁が旅した当時4,5本あったバスが、ついに2本だけになったのです。朝昼だけで夕方の帰宅時間は考慮されていないダイヤ。週2日とはいえコミュニティバスも走っているし、完全に廃止フラグが立ちました。日生からは岡山より赤穂への流動が多く、日生側のバスと赤穂側のバスがつながる日も来るのでは?と夢見ていましたが、叶わないようです。


7.名張駅前~奥津駅前は1日1本
東京行きバス旅の補足としてたどった非名阪国道ルート。名張駅前~奥津駅前(このへん参照)は1日2本とかなり細っていました。ここにさらなる追い討ち。とうとう夕方発の1本だけになってしまいました。しかも途中の敷津で乗り換えです。敷津まではそれなりに便数が残っています。確かに、クルマなら奥津からすぐなので送迎すればいいかもしれません。でも、旧美杉村~名張は流動が多少ある。また、旧村内の太郎生地区と行政の出先や学校を結ぶ交通機関がないのはあまり望ましくありません。美杉コミュニティバスを延ばすなり何らかの対策が必要だと思います。バス停5つ分つなげるだけなんですけど…。


8.美杉コミュニティバス再編
非名阪ルートの伊勢奥津駅~竹原駅で使った美杉コミュニティバス(このへん参照)が大きく変わりました。循環線になり、ダイヤも変更。区間便が多かった以前と比べると、少し分かりやすくなりました。


このほか、稲武~田口で乗った設楽村営バス(このへん参照)が「おでかけ北設」というバスネットワークに組み込まれ接続が改善。総裁が旅した後「とよたおいでんバス」として様々な取り組みが進む稲武以西とともに、使いやすくなりました。


そろそろ長距離のバス旅をしないと、チャンスを逸してしまいそう。それまで少しでも多くのバスが残っていますように。

球春 

センバツの季節になりました。広島から出場した広陵高の初戦は3月22日。都合がいいことに21,22と連休だったので、甲子園へ繰り出しました。5月末で終わるらしい1000円高速を最後に満喫するため、クルマでの旅路です。いや、18きっぷだと夜遅くまでいられないし、ツアーバスは運賃が高めの設定でも満席だし…と言い訳(^^;


サンデードライバー渋滞を避けるため、広島の我が家を午前3時半に出発しました。河内ICの先で、総裁が一時期愛用していた南海バスのなんば~広島夜行バス「サザンクロス」とスライド。休憩で立ち寄った福山SAでは休憩中の西鉄の博多~大阪便「ムーンライト」と遭遇しました。龍野西SAで2回目の休憩を取って姫路を過ぎたころ、夜が明けました。


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駐車場が広くてコンビニもある広い三木SAで朝ごはんです。第2試合に登場する宮崎工応援団が休憩していました。宮崎交通かと思いきや、JR九州バスでした。真っ赤な車体群はなかなかに壮観でした。兵庫県ではこの時期しか見られない光景でしょう。


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現地をきのう出て、夜通し走ってきたのでしょう。生徒はみんなだるそう。応援を始める前にダウンするんじゃないか?(笑) バスの方が安いんだろうけど、せめてフェリーぐらいにすればぐっすり寝られただろうに…。


さらに1時間走って三木JCTで本線と別れて南へ。垂水JCTで第二神明に入りました。少しだけ本四高速区間を走ったので175円加わりましたが、西日本高速部分はしっかり1000円でした。この表示が見られるのもあと2カ月です。


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いつも総裁がクルマを止める阪神出屋敷駅へ行くため、少しクルマが増えてきた阪神高速を尼崎西ランプまで疾走。24時間400円なんてデフレの極みみたいな100円パーキングを見つけ、クルマを止めました。ここで2時間仮眠。起きてNHkラジオを付けたら第1試合の開星×興陽戦をやっていました。試合が終わってすぐ切ってしまったのですが、もうちょっと付けていれば「腹を切る」発言が聞けたかも。


岡山時代に仲良くした、今は大阪勤務の同業他社氏と昼メシを食うため、開業1年を迎えた阪神なんば線で難波へ向かいました。近鉄難波駅の改札付近は天井から壁から「せんとくん」がずらり。当初はキモい、親しみがわかないなどと散々な評価でしたが、おかげで有名に。今や行き交う関西人たちから「せんとくんや!」と言うてもらえるようになっていました。


広陵戦は第3試合。14:00開始だからと昼食にプラスしてコーヒーまですすっていたら、予定より早く試合が始まってしまいました。大急ぎで甲子園へ。これまた遅れてきた広島支部長と合流し、チケット売り場へ行くと…


内野席の販売が終わっていました


余裕をかましすぎましたorz 仕方なく外野席へ。センバツだしきょうは肌寒いだろうとタカをくくっていましたが、何の何の。ほぼ満員でした。


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そしてそれ以上にびっくりしたのが立命館宇治側アルプススタンド。


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真っ赤やん!!
 アルプススタンドの上から下まで、右から左まで全部この赤で埋め尽くされていました。何回も甲子園で観戦してきましたが、ここまでの大応援団は初めてです。さすが関西勢。広陵側もかなりの人数が来ていましたが、ことスタンドについては相手が悪すぎました。


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シーソーゲームだった前半に対し、総裁到着後は1点が遠い試合展開でした。投手がしっかり抑えるのではなく、コンスタントに安打を放っても後がつながらないパターンです。チームが発展途上のセンバツだからでしょうか、なかなかに締まらないゲーム。幕切れがそれを一番象徴していました。


最終回、立命館宇治が1点差まで追い上げてなお2死1,3塁。真っ赤なスタンドからの声援が最高潮になった瞬間、1塁走者が盗塁を図りました。しかし打者は球を振らず、走者はけん制アウトになり試合終了。広島支部長とほぼ同時に「そりゃあないよ」でした。


次以降に不安を残す内容でしたが、勝ちは勝ち。カープと違って、甲子園に広陵の校歌が響き渡りました。まあ次からは良くなるさ。カープと違って、見ていて負けそうな気がしないし(^^;


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やっぱり高校野球を見るのは甲子園に限りますね。






今回、試合と同じぐらい見たかったのが3月14日にオープンした「甲子園歴史館」。ゲームセットの後行こうとしたら、長蛇の列でした。仕方なくコーヒーでもすすりに駅前へ。何気なく入ろうとしたケンタッキーに人だかりができていたので何事かと見ると…


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道頓堀に投げ込まれたカーネルさん!!! そうそう、確か甲子園のケンタッキーに飾ることになったんですよね。色は完全にはげていますが、目鼻の輪郭は鮮明に残っています。二度目の悲劇が起きないようガラスケースに収納。いくら虎党でももうやらないと思いますが、信頼回復の道のりは険しいようです(笑)


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店の入口にある新品のカーネルさんと比べると…復活カーネルさんの方が威厳を感じますね。新品、何か表情に品がない。


30分後に歴史館に戻ったらもう空いていました。中に入って「チケットは(窓口に並ばなくても)券売機で買えます」と声を掛けていただいた女性スタッフに第一声で「便所どこ?」と聞いたのは内緒です。


まずは高校野球ゾーン。清原と松坂のユニフォームが出迎えてくれます。


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足下にはホームベースとバッターボックス。もちろん甲子園の土を使っています。中継で見ると泥のような色をしていますが、結構粒がしっかりした、見た目サラサラの土でした。これならスライディングしやすそう。


壁面には高野連加盟校数と同じ4253個のボールが埋め込まれています。この中から、甲子園のグラウンドに立てるのは、春が32校、夏が49校(いずれも年のよって少しずつ変動あり)。野球の聖地に来ることがいかに大変かを思い知りました。真ん中の方のボールには歴代出場校の名前が刻まれています。広島だとかつて呉工、呉三津田、三原あたりも出たことあるんですねえ。広島支部長は宮崎から出た聖心ウルスラを写真に納めていました。


奥は名勝負ギャラリーとなっていて、年代ごとに有名選手や語り継がれる対決を紹介。ファンにはたまらない構成になっています。太田幸司を擁した三沢と松山商の同点再試合、簑島-星陵の死闘、バンビ坂本、怪物・江川、最近でいえば松坂や駒大苫小牧-早実あたりも。かなりマニアックな話題もある上、映像資料も充実していて、その気になれば2,3時間は余裕でいられます。ちょうどさっき並んでいた人たちがここにたまっていて、あまり見られませんでした。まあ、また来ればいいさ。



甲子園常連校の帽子を並べたコーナーを過ぎ、阪神ゾーンへの途中には施設面の展示が色々。あの懐かしいラッキーゾーンもありましたよ。


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旧ベンチもありました。もちろん総裁も采配してみました(笑)


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純粋な子どもと、ヨゴレのなれの果てですね。明らかに。ありがとうございました。


高校野球ゾーンに比べて阪神ゾーンには愛情が感じないため、そそくさと通過。その中でもグッと来たのが江本が阪神を退団した時の新聞紙面と、真弓入団時の写真。江本はどう見ても昭和時代のAV男優顔だし、真弓たちのポーズも時代を感じます。しかも若菜までいるんですよ!! 梅田か三宮あたりで撮ったっぽいですが、どこなんでしょう?


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バックスクリーン裏の少し狭い通路には電光掲示板以前に使われていた選手名板を展示。阪神選手が並ぶトイメンは中日で「いの一番」はこの人でした。


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宇野勝!!!! 高木豊、加藤博一、屋敷要のスーパーカートリオをコンプリートしているし、谷沢、田代も外さない。甲子園の人は話が分かるなあ。ちなみに自軍は山本浩、北別府、津田がラインナップ。これも絶妙な組み合わせで、通りかかった関西人が「ああ、津田おったなあ」と感慨にふけるぐらい。でも総裁的には下の八重樫が気になってそれどころではありませんでした(・∀・)


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次のブースには高校野球のユニフォームが並んでいました。有名選手だけではなく、こんなマニアックな逸品まで。


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常総学院・木内監督(当時)ユニフォーム!


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宇和島東初優勝時の上甲監督(当時)着用ユニフォーム!! グッとくるポイントを抑えとるのう。広陵・西村のユニフォームを撮り忘れるぐらいテンションが上がりました。開館にあたって、本当にたくさんの人が協力したんだなあと思いました。高校野球関係者、特に指導者クラスはアクの強いオッさんが多いですが、聖地には「甲子園のためなら」と心を一つにさせる力があります。


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外に出ると、絶景が広がっていました。傾斜がなだらかで、思った以上にホームベースが近くに見えました。アルプスより臨場感があるかも。今でこそ新しい球場はグラウンド目線で見られるよう工夫しています。でも、この規格ができたのは大正、昭和時代なんですよね。先見の明にアタマが下がりました。そして驚きは眺めだけではありません。


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スコアボードがデカいんです。選手名表示だけで総裁の背丈と同じぐらいじゃないでしょうか。銀傘の下でもアルプスでも外野の一番端っこでも字が見られるから、当然といえば当然。でも実際目の当たりにすると思わず「おお」と声が出ました。TVを見ていると。甲子園に出た多くの球児は甲子園入りした当初「なかなか実感がわかない」と話しています。ここに自分の名前が出て初めて、聖地に立った実感がわくのかもしれません。


歴史館に戻りましょう。


バックスクリーン入口を過ぎると、高校野球マンガを紹介するコーナー。


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水島新司、あだち充両氏作品だらけですが、マイナーなマンガも意外に入っていました。さすがに迷作「砂漠の野球部」はボツでしたが。


最後は企画展スペースです。時期が時期なので今回のテーマは「センバツ特集2010」。入口には清峰・今村投手のユニフォームがありました。もちろん菊池雄星も。そう、カープにセンバツ優勝投手が入団してくれたんですよね。


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歴史を振り返るコーナーには古いスクラップ帳が。広陵、昭和10年でもう古豪扱いだったのね(^^ゞ


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反対側には、今年の出場校が決まった翌日の毎日新聞地域面。こうやって勢揃いするとすごい。紙質も字体も表現も変わって時代を感じます。


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同じニュースですが、編集担当者によってだいぶテイストが違うようです。見比べると面白い。広島版は無難なレイアウトですが、福井版の人は完全にスポーツ新聞。大阪版に至っては「今始まる My best of My life」なんて言葉まで出てくるはっちゃけぶりでした(笑) 大阪本社の中は「ええやんけ、やったれやったれ」なノリなんでしょう。


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紙面横には抽選で使った校名ボードを持てるブースがありました。薄い木の板にシールを貼り付けた、実に軽いボード。これならインタビューを受けるときも邪魔にならない。


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歴史館に入るまでは「あの場所だと狭いから大した展示ではないだろう」と思っていましたが、とんでもない誤解。実に見応えがある内容で、高校野球の、甲子園の歴史を味わい尽くすことができました。できれば野球の試合がない平日に、半日ぐらいかけてじっくり楽しみたいなと。関西に新しい名所ができました。


広島支部長と別れ、日本橋や難波、尼崎をフラフラして、23時過ぎに出発。山陽道の龍野西SA、道口PAで1時間以上ずつ仮眠を取り、広島に帰りました。三原久井~本郷にかけての雲海が印象的でした。
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