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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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限りなく広島寄りの島根 

来月から働く島根の出先を下見してきました。今まで縮尺の小さい地図で場所を、路線バスの時刻表で所要時間を確認していたので、広島から2時間近くかかるとみていました。しかし実際走ってみると市内のICから1時間で事務所に到着。県境を感じさせないぐらいの近さでした。聞けば新天地から出雲まで1時間以上かかるそうで、広島へ買い物に行く人も多いらしいです。


バスネタとしては、広島道で大田行き高速バスを抜かし、4月から石見交通→町営バスへの移管が決まっている三坂口行き、JRバス塗装のまま走り続けている川本町営バスとスライド。写真なしで書くなよ、みたいな話ですね(^^; 新居での生活が始まったら、撮影してupしたいと思います。


せっかく更新するので、HDD整理中に発見した画像紹介その2でも。

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南九州を巡って47都道府県走破を達成した2005年1月の旅から。当時現役だった高千穂鉄道です。鉄道橋としては日本一の高さ(105m)を誇る高千穂鉄橋。ダイナミックな自然の中を気動車がトコトコ走る様子は、安全だと分かっていても手に汗握りました。

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台風で線路や鉄橋が壊滅的被害を受けたのは旅から8ヵ月後でした。被害が少なかった山間部区間を観光鉄道として復活させようという動きはあるようですが、法律面、税制面の課題が多く実現に至っていません。時間の制約もあり「また来たときに乗ろう」と写真を撮るだけで立ち去ったことが今でも悔やまれます。バスも鉄道も思い立った時が乗り時です。
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引越し作業中 

きょう、あすと連休なのでぼちぼちと引っ越し作業中。「断捨離」の心境で要らんもんをガシガシ仕分けしよります。会社指定の運送業者さんがきょう下見に来て、ダンボルールを置いてくださいました。タダなのはありがたいですが…


布団を敷くスペース半減(TT) やれんのう。


そんなあんばいなので「HDDの中を整理していたらこんな写真を発見した」シリーズでお茶を濁したいと思います。

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2004年、岡南飛行場(旧岡山空港)のターミナルビル解体の前にあった「さよならイベント」より。普段は入れない滑走路を開放し、Gメン75気分を味わえました。ライトに照らされた中で見る花火は幻想的でした。

転勤します 

異動の内示が先日あり、3月1日付けで島根県内の出先へ転勤することになりました。広島住まいの間、多くの皆さまにお世話になりました。ありがとうございました。


三江線沿線の広いエリアを1人で担当するため、今以上にBlog更新の頻度が落ちることが見込まれます。広島方面以外への旅に出づらくなる可能性も高いです。まだ書き切れていない旅がいくつかあり、当面はネタを維持できそうですが、話題切れになる恐れもあります。皆さまにはご迷惑をかけますが、あらかじめご了承いただきますようよろしくお願いしますm(_ _)m


逆に石見交通、三江線ネタ率が一気に上がりそう。しかもバス好きの間で話題の「いわみエクスプレス」沿線ですし(^^; (なんで話題なのかはこのへん参照)
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石垣トランジット 列島縦断バス旅25 

青森~鹿児島バスツアーの疲れが残ってるんだから早く寝ればいいのに、結局0時前まで起きていました。いや、日本シリーズ第7戦の結果を確認しようとサンデースポーツを見続けたんですが、延長でいつまでも終わらず、つられてTVを見続けてしまいました。カープファンのくせにろくでなしですね(^^;


今回の終点・与那国島へは那覇からも曜日限定で直行便があるものの夕方着。夏休みはあすまでなのでこれでは有効に時間を使えません。そこで10:55に石垣を出る便で向かうことにしました。ANA特典航空券には沖縄離島便の特例があって、鹿児島~那覇、那覇~石垣の2区間を乗っても1区間とカウントします。なので前日に引き続きANAを利用。ところが石垣での接続が良くなく、始発に乗ることになりました。那覇7:55発。(一番最初の方にチョロッとだけ書きましたが、今回は青森~鹿児島バスツアーと与那国島を楽しむ旅なんです)


というわけで5時半起床。身支度を整えて6時15分の朝食開始時間に食堂へ行き、6時45分にはチェックアウトしました。起きたときは曇っていましたが、外に出ると雲が取れ、空がオレンジと青に染まっていました。

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バス好きとしては空港までバスで行くのが筋。ところがゆいレール開業で昔に比べて空港行きが減り、郊外からやってくる便が来るまでありません。やむなくゆいレールを使うことにしました。風が涼しい中てくてくと旭橋駅へ。ホームで待っているとすぐに那覇空港行きが来ました。6時台~7時台前半は12分間隔なのでこれはラッキーです。ところが…


まさかの激混み


高校生たちが大量に乗っていたのです。さらに出張リーマンや観光客が入り混じってるもんだからつり革を持つのにひと苦労。沖縄方言をたくさん生で聞けた…なんて生やさしい話ではなく、沖縄バスの車庫を窓から見るのが精一杯でした。そんな状態だったので小禄で高校生たちが降りてからも車内は熱気に包まれていました。せめて10分間隔になればいいのにな、と思う半面、15分も我慢すればいいんだからと思ってみたり。悩ましいところです。


空港ターミナルは朝からにぎわっていました。とりあえず沖縄タイムスと琉球新報を読みながら一服。いま改めて紙面を見ると、一面の下の方にこんな人の記事が。

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いっそミャンマーで拘束され続けた方が幸せだったのかも…。


沖縄タイムスの知事選候補者座談会を読むうちに出発時刻になりました。石垣行きは鹿児島からの便よりさらに小さい飛行機。観光客と仕事がらみの人で半分以上の席が埋まって離陸しました。

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3年前の記憶をたどると、確か途中で宮古島が見えたはず。楽しみにしていましたが…重いまぶたの方が勝ちました。気づいたら眼下に石垣島。背の低いコンクリの建物と亀甲墓が近づいてきて着陸です。車輪が滑走路に着くと同時に逆噴射の轟音が響きました。滑走路が1500mしかない石垣ならではです。タラップを降りて到着ゲートまで滑走路を歩いて移動。2013年には新空港が完成するようなので、こうした光景が見られるのもあとわずかです。

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与那国行きの飛行機まで2時間あります。空港ターミナルは小さく、ここにいては暇を持て余しそう。事前の調べで石垣空港の近く、地場スーパー「サンエー」内のマックで無線LAN「Hotspot」が使えることが判明。とりあえず市中心部のバスターミナル行きバスに乗りました。3年前と同じ、年季が入ったエアロミディ。もちろんきょうもラジオ全開です(笑) 総裁とは別にヲタが乗っていて、ウテシにあれこれ話しかけていました。

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発車後県道を南下。国道と合流する場所にサンエー発見。サンエー前というバス停もありましたが、ローカル便しか止まらないらしく、空港線は通過扱い。まあ普通観光客はスーパーの前では降りんわなあ(^^; 仕方ないので終点のバスターミナルまで乗ることにしました。


ベストイン、ANAインターコンチネンタルの両ホテルではフロントスタッフが外に出てお出迎え。高級リゾートを売りにしている場所に、工場の送迎車みたいなバスが着くアンバランスさがたまりません。これも最新車両が少ない沖縄ならではの光景。後者にはANAツアー客用の巡回観光バスがいましたが、こちらは現行セレガでしたよ。あるところにはあるんじゃん…orz


ホテルで夫婦が乗って発車。海沿いの道を走ります。広場ではステージやテント村の片付けをしています。どうやらきのう大きなイベントがあったよう(石垣島まつり、という名前らしい) そしてその先、広い空き地の中に3階建ての立派な家を造っていました。ここまで寡黙だったウテシがヲタに「あれ、夏川りみの家だよ」。以前に比べて名前を聞く機会は減りましたが、地道な活動が実ったんですね。故郷に錦を飾るとはまさにこのこと。


そして夏川邸を過ぎるとビルや店が目立つようになってきました。石垣市の中心部です。離島桟橋の横を過ぎ「730交差点」を左折、さらにT字路を右折して住宅地の中に入ったところが東運輸のバスターミナルでした。向きを変えるために車庫内をぐるっと回ります。ひと通りのバスを眺めることができ、ありがたかったです(笑)


定期券窓口の上に東運輸の路線図があり、サンエー前を探します。お、結構たくさんの路線が通るんじゃん。

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離島なので本数が少ないだろうなあと不安に思っていましたが、ふと後ろを見るとサンエー前を通る米原キャンプ場線が止まっていました。これ幸いと乗車すると「どこまで行くのー?」とウテシ。「サンエー前です」「それだったら、1つ前(の乗り場)に来るバスの方が早く着くよー」。え、そうなの? と思って下車。時刻表を見るとこのバスと同時刻に白保線もあるようです。海岸沿いのホテルを回らないので早いんじゃなあ。


まもなく末期色真っ黄色のバスが到着。前の方向幕は「白保線」と書いてあるだけ。代わりに側面に主な停留所を書いた紙がベタベタ貼ってありました。ネットで見る外国のバスってこんなタイプが多い。そして…まさかのワンステップバスですよ!! 時刻表によると白保線は30分に1本ある、離島としてはかなりの高頻度路線=幹線。クルマがいいのも納得です。

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空港線とはうって変わって地元民ばかり8人が乗車。こちらもラジオを流しながら走ります。自動放送はなくウテシがアナウンスしながら案内。次のバス停を表示する電光掲示板はありますが、多区間運賃なのに運賃表示機はなく車内の三角運賃表のみ。運賃箱は両替機能がなく、ただお金を投げ込むだけの文字通り「箱」です。


空港からと違って内陸部の住宅地を経由します。2車線の道をのんびり走り、10分ほどで家並みが途切れてサンエー前に到着。ここで総裁を含めて3,4人が降りました。本数が多いので身近な足として使われているようです。2,3分時間調整をして発車していきました。

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バス停の脇にネットカフェがあり、雑誌が読めることをアピールしていました。週刊の2番目が「ゴラク」なのねぇ…。店主の趣味としか思えない順番です(_´Д`)

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マックに入り、コーヒーを飲みながらBLOGの記事を打ったり、空港で買った地元紙「八重山毎日新聞」を読んだり。八重山毎日の1面トップはロッテ日本一でした。ロッテは石垣島でキャンプするほか、甲子園に出場した八重山商工の主戦・大嶺投手が入団するなど、特に縁が深い球団です。体育館でパブリック・ビューイングもあったよう。みんなが自然にカチャーシーを踊り、当たり前すぎて記事で触れないあたりいかにも沖縄です。ちなみに…広島県民は20年近く優勝の喜びを味わっていないので羨ましいです、正直。。

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せっかくスーパーに来たのだから、ゴーヤチャンプルに使うランチョンミート(現地名・ポーク)を買うことにしました。広島でも買えますが種類はわずかです。一方本場は色んなメーカーが色んな種類の商品を出していて、ポーク専用のコーナーがあるほど(このへんこのへん参照)。思わず買い込みました。あと前夜ステーキ屋に置いてあったソースもあったので、これもゲット。今年の夏はひと味違ったゴーヤチャンプルを楽しめそうです(^^)v

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そろそろ飛行機の時間です。いいバスがなかったので、ちょうど国道を通りかかったタクシーで空港へ戻りました。

スピーカーとステーキ 列島縦断バス旅24 

再び総裁の貸切状態で発車。営業所を出るとウテシが話しかけてきました。「どこから来られました」「広島からです」「ああ、そうですか」。ん、大概ここで驚かれるがことのほか無反応。「いや、北海道からも来られるんですよ。このバスに乗りに。年配の方が」。上には上がいるようです(笑)


「スピードを出さないように気をつけていらっしゃいますね」「もうあんまり力が出ないんですよ」。レストアしましたがエンジン部分はだいぶヘタってきているようです。本当は一日橋~城間にかけてのアップダウンもバスによくないはず。でも那覇行きだと大名行列を作りかねない。週1回とは走らせていただいて申し訳ないとさえ思います。さらにいろいろ話をうかがおうと考えましたが、新開以降こまめにお客さんが乗ってきて話しにくい雰囲気になってきました。総裁のせいで変なクレームを受けたらアレですので。


雨がようやく止み、夕方の暗い雲が空を包みはじめました。沖縄っぽい、コンクリの目立つ街並みが灰色を濃くし、ネオンと街頭が原色の光を放ちます。那覇の中心部へ行くわけでもなく、沿線に大きな企業や工場があるわけでもないのにお客さんがどんどん乗ってきて、座席の1/4ぐらいが埋まってきました。渋滞が解消したニトリの前を過ぎると一日橋でした。あらためてウテシに礼を言って下車。REはブォーーーンとエンジンを響かせて夜の国道へ消えていきました。

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ここからは那覇バスターミナル行きに乗ります。東陽バス、沖縄バスとも幹線系統なのでそんなに待たずに済みそう。さてどちらが来るか…とたたずんでいたら「4年の実績で安定した沖縄を!」「仲井真弘多とともに歩んでまります」などと叫ぶワゴン車がやって来ました。そうか、沖縄県知事選の直前だったんだ! 向かい側の歩道にいた中学生たちが手を振り「ご声援ありがとうございます!」。総裁はこういうのに反応するのは好かんので携帯を開いて通りすぎるのを待ちました。


少しして東陽バスの37系統が到着。結局きょうは東陽バスデーになりました。スケルトンボディの中型車(多分元京阪)は日野REより軽くて、一気に加速。そして…選挙カーに追いついてしまいました(´Д`;) ちょうど片側1車線の区間に入ってしまい、スローペースで仲井真陣営の訴えを聞くことに。ウテシは前を塞がれてイライラしてきたみたいで、加減速がアグレッシブになってきました。


いやはや、と思っていたら選挙カーが「相手陣営の地区なのでいったん放送を中断させていただきます」と宣言。静かになりました。確かに道路の左側に伊波洋一事務所がありました。広島あたりだと「○○候補、ともに頑張りましょう」などとエール交換気味のトークを進めるのですが、沖縄の選挙は「ガチ」みたいです。赤十字病院の先でようやく追い抜かすことができ、あとは爆走。18時前、がらんと静まり返った那覇バスターミナルに着きました。


ロッカーから荷物を出して歩いてきょうのホテルへ。チェックインした後はロビー横にあった自由に使えるPCでBLOGを更新。メシの情報収集に励みました。で、結局選んだのが3年前と同じステーキハウス。いや、安くて美味いんですよ、ここ。


沖縄人がハレの日に出かける店で、観光客は総裁とあと1人だけ。家族連れや若い衆グループが食べまくって飲みまくっていました。まずはビールを一杯!


あーーーーーーーー効くぅぅぅぅぅ!!! あー、の後に息が止まりそうになるぐらい染みました。薄味のスープと、シンプルなサラダをいただていると、ついに真打ち登場。

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ニューヨークステーキM!! もうね、じゅうじゅう言いよるんですよ。脂が輝いとるんですよ。熱いのも忘れて無我夢中でガツガツいきました。何で肉を食うとこんなに幸せな気持ちになれるんでしょうか。草食男子が増えてきた昨今ですが、人間はやはり肉食動物なんです。


大満足でホテルへ帰り、もうひと飲みするための酒とつまみを買いにファミマへ。沖縄限定のポークむすびと、青森~鹿児島バスツアーの延長戦として牛乳を買いました(・∀・)

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沖縄でも酪農をしていることに驚きました。占領する側の米軍には欠かせない飲み物にも関わらず、本土から運ぼうにも技術がなかった。考えて見れば当然か。とっても薄味でクセがなく、飲み過ぎた翌朝でも負担なく飲めそうです。


1泊3000円台の宿なので部屋は狭く、ユニットバスは総裁マンションと同じ造り。ベッドの上でサンデースポーツを見ながら過ごしました。おやすみなさい。

あのころの自分に 列島縦断バス旅23 

(前回=このへん参照=以来すっかり間が空きました。今回から再開します)


ステップを上がって中を見渡すと、モノコック車特有の丸っこい座席が総裁を待っていました。単色のモケットに真っ白なヘッドカバー、そしてどこまでもフラットな床。ボコっと車内に飛び出た風道と、ブラックフェイスがむしろ現代的な押ボタンも健在です。昔の広電バスにもこんなのがいました。小学校に入った年に総裁の出身団地からバスセンター行きの運行がスタート。1,2年後増便になったときやってきたクルマがまさにこんな感じでした。椅子は濃い青色でした。

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(写真は同型車、もしかしたら当該車両。バス三昧さん=リンク=から許可を得て転載)


2009年に内外装ともレストアされたばかりで、特に座席は新品同様のきれいさでした。まるで1978年7月30日にタイムスリップしたみたいです。外が雨なのでムワッとした湿気に包まれていましたが、かえってこのバスのたどった日々の重さを感じることができた気がします。

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総裁と地元民っぽいおっちゃんが乗って発車です。どうせ知り合いがいないのだからヲタ席を陣取ろうかと思いましたが、バス車内の雰囲気を楽しみたかったので、あえて前の座席が見える2列目に陣取りました。するとおっちゃんは何のためらいもなくヲタ席へ。旅の恥かき捨てだから一番前にすりゃあ良かった(・ω・`)

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カチッカチッカチッ…ウォォォォォーン。右ウィンカーをつけて本線に入った瞬間、頭から電流が走りました。


昔の広電バスと一緒じゃ!!! 総裁の団地を走っていた日野REと同じエンジン音が響き渡ったのです。

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(写真は当該車両。バス三昧さん=リンク=から許可を得て転載)


アタマ奥深くの電気回路が一気につながり、コップから水があふれるように小さいころの記憶がよみがえってきました。風邪をひくと団地の端っこにある小児科までバスに乗せてもらえたっけ。あのころは初乗りが90円で、いつも一番前のヲタ席。青い(末期は緑色の)ザラザラモケットでした。歌を聞くと昔を思い出す、とはよくいいますが、歌を覚える前の総裁の記憶はバスのエンジン音とリンクしていました。


すぐに左折。さっきバス停近くを歩いたときに見た静まり返った通りを上っていきます。国道58号から離れるにつれて何人か歩くようになり、気づけば浦添ショッピングセンターへ通じる五差路まで戻っていました。国道330号浦添バイパスを渡ると長い長い上り坂の始まります。アタマの中で西広島バイパスや地元の峠を爆走するREの姿が頭によみがえりました。さあいよいよエンジンが絶叫するぞ…と思いきや、回転数が上がり切る前にギアチェンジ。エンジンに負荷をかけないよう気を遣いながら坂を登っていきます。

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(コンデジの動画機能を使っているため、ボリュームを上げてご覧になってください)


ある程度までスピードが乗ってきたら速度キープ。もどかしく感じる部分もありましたが、それだけウテシ氏が大事に操っているともいえます。浦添の住宅地が見渡せる丘まで戻って、坂を下って那覇市へ。秋野太作(このへん参照)似のベテランウテシにかかれば平良付近の険道もお手のものです。両腕を大きく広げるハンドルの持ち方が、正々堂々大物と対峙しているようで(・∀・)カコイイ!! ピシッと伸びた背筋が職人の心意気を感じさせます。

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ゆいレール儀保駅から那覇インター手前にかけての坂もゆっくり登り、一日橋まで一気に下ります。とウィーンと何やら変な音がして、ブォーっと冷たい風が吹き出しました。ちょっと蒸し暑かったのでちょうどいいタイミング。そう、11月だというのに沖縄のバスはクーラーが欠かせないのです。県立医療センター前で3人乗りようやくにぎやかになってきました。と、一日橋の手前でウテシが「とりあえずつけましたが、寒かったら言ってくださいね」。クルマだけでなく、ヲタにまで気を遣うてもろうてありがとうございます。。


さっき那覇からのバスで通った国道329号線に合流。と、クルマの流れが急に悪くなりました。2車線ともハザードランプの列が続き、見ると那覇からのバスも動けなくなっています。左側の郊外店から出てくるクルマに邪魔されながら、10分ぐらいジリジリと前に進んでしょうか。ようやく渋滞の先頭が見えてきました。

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まさかのニトリ渋滞…。札幌のホームセンターが沖縄に進出していたこと自体驚きですが、激しく行列ができていて二重にびっくりしました。土地がないのは分かるけど、これはいけません。


左手にイオンの看板と那覇空港自動車道の高架が見えて南部保健所前。医療センターからのお客さんが降りて、代わりに女子中学生6人組が乗ってきました。せっかくの日曜、友だちどうしで買い物に出かけたんでしょう。一番後ろの席に陣取り大騒ぎ。するとバスが走っているさなか、揺れる車内をフラフラ歩いて両替をしにきました。


「危ないから降りるときにして!」。秋野太作似ウテシが厳しく注意。一瞬戸惑っていましたが、それでも女子が両替しようとすると「ダメ!」と手で硬貨入れを塞ぎました。「よくぞ言うてくれた!」。最近はクレームを恐れて車内でワヤ(無茶苦茶という意味の広島弁)をしててもスルーするウテシが多いですが、沖縄には「叱る運転手さん」が健在でした。そうそう、日野REが走っていたころの広電にも説教運転手がいましたよ。クルマだけでなく、心まで昭和が健在。うれしくなりました。


南風原町から与那原町に入り、市街地を通過。太平洋沿いに本島北部へ行く329号と別れ、同じ2車線でも少し狭くなりました。東陽バスの修理工場がある知念高校前を過ぎ、板良敷(いたらしき)でさっきの中学生たちが下車。ちょっとバツが悪そうでした。


一瞬だけ海が見えましたが、国道はすぐ内陸に向きを変えます。右側にサトウキビ畑が目立つようになり、方向幕にも登場する新開。残りのお客さんが降りて総裁だけになりました。新里という交差点で山側に曲がり、その先のT字路を右折。最後は両側にサトウキビ畑が広がる濃緑の中を走り、家がポツポツ見えてきた先にピンク色の馬天営業所がありました。


運賃を支払い、車内外を撮影させていただくべくウテシに聞くと…しばし沈黙。え、ここまで来てダメ? 広島~東京のバス旅でも1回あったシチュエーションです。最悪の展開がアタマをよぎります。


「あと5分で折り返しだから、それまでに」「ササッと撮ります」。よかったぁ。元々19分遅れた上に、ニトリ渋滞に引っかかるなどしたため27分まで遅れが広がっていたのです。ウテシの好意に感謝。

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どこを撮っても絵になるフォルム。曲線を積極的に取り入れながらきれいにまとまっている造形美にただため息をつくのみです。

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日野のウィングエンブレムと同じぐらい、一番下のアングルが好きです。ライトが水滴を照らし、現役だからこその輝きを放っています。暗くなってバスを待つとき、この明かりがどれだけ安堵感を与えてくれることか。雨が降っていることも忘れてシャッターを切り続けました。

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スケルトンボディ車と比べると貫禄の違いが分かります。ここまで来て本当に良かった。


とまあ、若干(ていうか、かなり)我を忘れて撮るうち発車時刻に。那覇バスターミナルまで戻るのに、一日橋までこのバスに乗ることにしました。ウテシに礼を言って、今度は堂々ヲタ席に座ります(^^;

いすみ鉄道から見えたもの 年末・東京行き9完 

最後に、今回乗ったいすみ鉄道について、健闘の要因と課題を考えたいと思います。

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一番印象的だったのは「線路の外」へ支援の輪が広がっていることでした。三セク鉄道は全国的に危機的状況を迎えていて、多くで運営会社、自治体が知恵を絞っています。しかし多くの活動は運営する側の枠内にとどまっていて、線路沿いに住んでいる人さえ巻き込めていません。


いすみ鉄道には地元の人を含む「応援団」がいます。利用者が使いやすいように駅をきれいにしたり、鉄道のイベントをサポートしたりしています。駅にある手製の看板や鉄橋のムーミン像などは団員がボランティアで作ったそう。また住民手製の腕木信号機には驚きました。○○列車などの貸し切りイベントも多い方だなと思います。地元側が手を挙げて始まった話もあるようで、昔からある、という強みが表れています。


そして「外からの収入」を上手く呼び込んでいます


まずネットの力を生かしています。公式サイトは、当初こそ前社長のイラストが残っているなど「大丈夫?」な内容でした。しかし現体制が本格始動してから、社長ブログはほぼ毎日、新着情報も頻繁に更新するように。特に社長ブログは新着トピックを詳しく解説したり、水面下の話をチラッと書いたりし、まるでいすみ鉄道の輪の中にいるような感覚になれます。PRが功を奏して、菜の花シーズンには相当な数のお客さんが訪れたようです。そしてここでも応援団やファンのサイトが一役買っています。


何かやってから新着情報への掲載にタイムラグがあります。単に「忙しくて手が回らない」「文面の決済に時間がかかる」みたいな話ではなく、ネットである程度話題になったところで公式発表を出すようにしているのでは、と勘ぐっています。もし本当に意図的なら上手いなあと。


次にグッズ・オリジナル商品の集中投入です。前社長(任期途中で職をぶん投げて千葉知事選に立候補)も「い鉄揚げ」などを売り出していましたが、現社長になってから加速度的に商品が増加。チョロQや記念硬券など大きなお友達向けの商品にこだわらず、ハーブティーやカレー、まんじゅう、ムーミンストラップなど、家族連れも買えて、ともすれば地域のお土産になりうるラインナップになりました。09年度の売店売り上げは2200万円と前年度比53.7%増となり、存続決定への原動力になりました。


房総は日光・鬼怒川、箱根、伊豆とともに首都圏から身近な観光地として賑わってきました。背後に抱えているパイが大きいもんだから、時代や趣向が変わってもまとまった数のお客さんが来ます。広島→東京バス旅の途中、何でもない週末に箱根を通過。その混雑ぶりに正直驚きました(このへん参照)


しかし「放っといてもそれなりに人が来る」は実はクセモノ。無理しなくても儲かるので、ともすれば時代を顧みない、旧態依然とした商売が成り立ってしまうのです。大学のゼミ合宿で銚子へ行ったとき、何か土産でもと駅前を物色して見事なまでにほしい物がありませんでした。「みやげ物がないなら自分たちで作ればいい」「とにかく何でも売ってみる」というアグレッシブさ他のローカル鉄道だけでなく、観光地も見習うべき姿勢だと思います。(枕木オーナー制度や駅のネーミングライツ、はては路線名まで売りに出している。写真は国吉駅構内に貼り付けられた枕木オーナーのネームプレート=一部加工)

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さらに、大きなお友達のハートもつかみました。2010年8月の臨時運行までJR大糸線で走っていたキハ52です。ちょっと丸っこくて愛嬌のあるフロント部、レトロモダンの風合いを感じる側面。総裁が生まれる前の、日本の鉄道が一番元気だったころの面影を残し、中高年には郷愁を若手には憧憬を抱かせます。これに乗るために大糸線を訪れた人もたくさんいました。


ネット掲示板は現社長の手法に否定的な意見が多いですが、キハ52購入については手放しで歓迎。「乗りたい」という書き込みが目立ちます。11年1月の撮影会は、直前にネットだけの告知でしたが、300人が集まりました。現社長は、運転席展望ビデオでおなじみパシナの社長も兼ねる筋金入りの「鉄」。マニア心を分かった上で細かいディティールまで気を遣って運行するようです。今年の菜の花シーズンはたくさんの鉄が訪れることでしょう。


役所といい距離感を築いている点も見逃せません。補助金はもらうけど、それ以上は頼らない。鉄路を守ろうとするとき、ともすれば「もっと行政の補助を」という話になりがちですが、公金は麻薬です。「努力せずにもらえる」というシチュエーションに慣れると利用者ではなく首長、議会の方ばかり見るようになります。そして骨抜きになっていく。三セク企業が経営危機に陥り再生計画を立てる…これは全国各地で繰り返される光景。その多くが再生計画を実現することなく消えていきました。甘い収支見込と「麻薬」に頼ってしまったせいです。


いすみ鉄道も補助金なしでは存続できない経営状況です。しかし、現社長は役所に頼るのではなく、上手く利用しようとしています。


Hi-hoタウン内「アノ人の触覚」というロングインタビュー(このへん参照)によると、社長公募の面接で出資自治体の市長に「年収が大幅ダウンになるけどそれでもいいのか」と聞かれ、「(1億円稼ぐのに2億円使う)中小企業の社長が年収700万円もらえることの方がおかしい」と反論したそうです。「将来的には、脱・第三セクターができればいいな」「市町に口を出させないで、お金だけ出してもらう」とも述べています。キハ52導入でも国交省に掛けあって補助金を確保できそうです。


そう、とにかく走り続けているんです。常に動いているから話題が尽きない=メディアに取り上げられやすい。応援ブログに書くネタもできます。常に動いているから組織が活性化する。今までまったりしていた中の人から見ると大変だろうけど、働きがいがあると思います。10年近く前、仕事がらみでしなの鉄道本社を訪ねたときもこんな感じでした。


ダイヤ面では、JR、小湊鐵道の便との接続はおおむねよく、あとは高速バス・路線バスとのつながりが良くなればよいなと思います。社長は「不便を楽しめる人だけ来てほしい」と度々述べています。いすみ鉄道内でのんびりするのは当方も大賛成ですが、いすみ鉄道に乗るまで・乗り終わった後が不便なのはちょっと残念。一部ダイヤを10分前後させればだいぶ改善されるだけにもったいないなと思います。


今後の課題はいかに補助金を減らして自立していくかです。収益面で予想以上の健闘をしているとはいえ、今後役所との関わりでポイントになる「いすみ鉄道再生会議最終報告」(2007年提出)が示した長期収支見込みを下回っています(毎度おなじみの「役所予測」なので怪しい数字ではありますが)。出資側には沿線でない自治体も含まれていて急に補助金支出をゴネる可能性もあります。もちろん沿線であっても首長が変われば予断を許しません。北近畿タンゴ鉄道の一部廃止議論や、井原鉄道が上下分離方式を採用するときに一部自治体が補助を出し渋った事例は他人事ではないのです。


今やっている取り組みに賞味期限があることは社長自身も自覚しているようです。キハ52に続くサプライズは何か。楽しみです。




【後日補足】


キハ52について、総裁は車両運送費と微々たる塗装費用ぐらいのお金=数百万円レベルで済ませるのだろうと思っていましたが、実は総額3000万円かけるんですね。1000万円単位のプラスマイナスが大きな意味を持つ会社では、存亡をかけた賭けといえます。そうなるとちょっと話が変わります。多分3000万円分もペイしませんぜ。いくらたくさんの人が乗りに来ても車両定員が限られています。


あと、一時話題になった自費養成運転士さんたちは全員学科試験や実技試験で落ちたそう。社長がブログで述べているように本人の努力が足りなかったのか、サポート体制がお粗末だったのかは分かりません。ただ、あれだけ雄弁な社長ブログでこの点を一切触れずに第2期生を募集している点は非常に問題だと思います。総裁の知人に鉄道運転士がいて試験の話を聞いたことありますが、そこまで落とされる内容ではないそう。


うーん。これも広報戦略の勝利なのか。
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5年の感謝 

おかげさまで当BLOGは開設5年を迎えました。ともすれば3日坊主になりがちな総裁がここまで続けてこられたのもご覧いただいた皆さまのおかげです。感謝します。旅や日常の情報収集で多くのBLOG、サイトにお世話になりました。相変わらずの遅筆ですが、少しでも恩返しできるよう、色々書きたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。


先日冬コミで買った「乗りバスのススメ」を紹介しました(このへん参照)。そしたら、何と執筆陣に記事を拾っていただきました! ありがとうございます。アクセス件数が一気に3倍以上に増えてびっくり。好き放題書きつつ、ちょっと気を引き締めていきたいと思います。


そんな中、もう1つうれしい知らせが届きました。けさの地元紙(中国新聞)1面!!!


可部線 廃止2キロ復活へ
広島市11年度着工方針



利用者減少→減便→廃止と負のスパイラルが続く乗り物界隈の中で、一筋の光が差した気がしました。廃止路線の復活はJRとして初めてだそう。もっと言えば国鉄でもあまり聞いたことがありません。旧河戸は駅周辺こそ昔からの宅地しかありませんが、背後には大きな団地を抱えています。また古い宅地しかないということは新たにマンションや店ができる余地もある。


一方で可部中心部から奥の住宅地は広島交通の牙城。国道191号・虹山団地方面だけでも可部線を超える本数のバスが行き交います。新生河戸駅がどの程度集客できるか、注目したいと思います。
あいさつ  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top
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