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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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山男の道は険しい 

以前の更新(このへん参照)で書いた通り、4月、三瓶山に登ってきました。観光施設主催の山開き登山会に参加。ガイドさんがついてくださるので色々勉強できそうです。前日に大田まで行ってリュックを買ったのは先述の通り。事前に問い合わせたら「そんなに重装備じゃなくても大丈夫ですよ」と言われたので、ウオーキングに毛が生えた程度の格好で行きました。


早朝に家を出発。西の原から三瓶高原道路に入り、一気に山を登っていきます。登山会の受け付けに着くと…


みんなマジ装備!


山岳連盟みたいな格好をした人もいれば、雑誌から出てきたような森ガールまで。重装備じゃなくてもいい、って言ったの誰だよ(笑) 明らかに山をナメている格好&超体力がない総裁は3歳児もいる、一番ゆっくり登りそうなグループに入れていただきました。三瓶名物のオキナグサが咲く姫逃池を横目に、えっさほいさと登っていきます。

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総裁のグループについたガイドさんは野鳥に詳しいらしく、素人には分からないぐらいよく似たさえずりを聞き分けて、「今鳴いているのはゴジュウカラです」「あれはヤマガラです」などと的確に解説してくださいます。一方で植物の方は、まだ枯れ木ばかりで冬の装い。山を登るうちに汗をかくかなと思っていましたが、それ以上に風が冷たかったです。900mを過ぎたころ、谷を見やると…

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雪が残っとるし!! そりゃあ寒いわけです。ガイドさんによると、ゴアテックなる素材でできたコートだと風や水を通さないのに湿気は通すので、こういう寒い日の登山にいいらしい。てか、登山ファンの間では常識なんすよね(^^;


ふもとから1時間半、視界が一気に開けて山頂に着きました。

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山頂は気持ちいいほど広々とした草原と広場でした。そんなに天気が良くなかったので出雲あたりを見渡すのが精一杯でしたが、久々の登山で相当な達成感を味わうことができました。


三瓶山は縄文時代までの、幾度に渡る火山活動で誕生、成長しました。支え合うように連なるほかの山々とは違って、平地にぽっこりそびえる「独立峰」。山陰では珍しい成り立ちの山で、珍しい動植物にも出会えます。最近は三瓶バーガーなるご当地グルメを売り出し、ドッグランができる広場も備えています。生活圏の近くにこんな面白い山があるとは知りませんでした。


かつては広島の保養地として直通バスが運行されていた三瓶。今後もたびたび訪ねてみたいと思います。
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下道会総裁探検隊 

銀山といえば世界遺産登録された石見銀山を思い出す方が多いでしょう。ところが、旧石見国(島根県西部)にはほかにも銀山があったんです。広島県境に位置する邑南町の久喜・大林銀山もその一つ。江戸時代は石見銀山と同じ、幕府直轄地(天領)でした。先日、そんな廃鉱山を巡るイベントに参加してきました。


ごく普通の田んぼの畦道を通って斜面を登ると、ぽっかりと洞穴が口を開けていました。これも坑道で、特に専門用語では「間歩(まぶ)」と呼びます。一部新聞報道によると、久喜・大林銀山とその周辺には間歩が400カ所以上あるそう。当時はゴールドラッシュならぬ、シルバーラッシュを狙った人間たちでにぎわったんでしょうねぇ。


そうそう、最初に外側から見学した間歩は足元にすごいものがありました。


…複線トロッコの線路跡!!! トロッコの記憶が残っているだけでもテンションが上がるのに、まさかの複線。数年前金属が高騰したときにだいぶ盗まれたらしいですが、間歩の入り口あたりは残っていました。50mでも10mでもいい。いつの日かここにトロッコが復活しないかなあと妄想しました。再び線路が盗まれたらイヤなので、場所や写真は控えておきます。


次に今回のハイライト、普段は入れない道小(どうこ)間歩へ。入口付近はかがまないと入れませんでした。先日の大雨でドロドロになった通路を進みます。

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(上の写真と同じ場所で入口側を振り返るとこんな感じです)

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80mほど進んで鉱床地帯に到着。方鉛鉱だそう。鉛は精錬して銀を生産するモトになる金属。ここが銀山だった証しです。

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思わず見入りました。世界遺産でも県の文化財でもない場所ですが、こんなにすごい場所が身近にあるんですね。直後に泥にはまって、くるぶしまで泥まみれにならなかったらなお良かったのですが(^^; またこういう機会があったら訪ねたいと思います。

追悼! 稚内駅 

ネット情報によると、稚内駅前再開発事業が進み、JR稚内駅、宗谷バス稚内駅前ターミナルともに新しい建物に移ったそうです。最果て感を猛烈に漂わせていた前駅舎から一転、イマドキな建物に。たまたま稚内駅晩年に旅したときの写真を掲載し、追悼したいと思います。

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新しい建物の良し悪しは部外者ではなく、稚内にお住まいの方が判断されること。新しい建物が地元の人、そして観光客に少しでも愛される存在になってほしいと思います。
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島根の関西カラー 

邑南町某所で発見

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ちょっ!!! どこの阪急バス!!! (よく分からない方は「阪急バス」でグーグル画像検索)


しかも路線車なのに高速車カラーだし(^^; 公共交通不毛の島根ですが、ちょくちょくこういう風景に出会います。ご覧のみなさん、たまには島根もエエでっせ。

活動再開 

先日諸般の事情で三瓶山に登ってきました。登山なんて本当に久しぶり。前日に必要な道具をチェックしていたら、


リュックっサックを持っていない


ことに気付きました。内陸部を2ヵ月回った記憶を手繰り寄せますが、そのテのものを売っていそうな店はありません。9号線沿いまで出ることにしました。ここで久々にムクムクと芽生えてきましたよ。


バスに乗りたい衝動が。


そう、島根に来てまだ一度も路線バスに乗ってないんです。仕事中クルマですれ違う石見交通の石見川本~大田線に照準を定め、いそいそと身支度。バス停に向かっていたら…


目の前をバスが通過orz


仕方ないので追いかけました。


クルマで


ちょっとズルですが、大半の区間を乗られるから良しとします。クルマで追いかけてまでバスに乗るってヲタ根性丸出しですわな(^^; 江の川を渡った先で追いつき、クルマを長時間止められるバス停を求めて約10分。ちょうど良い場所を発見しました。ここで待つことにしましょう。

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ん、待合所に広告が付いています。何だろう?

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ちょっ! 昭和65年って!!! 予定通りなら平成2年に完成していたはず。最低でも24年前に貼られたプレートです。よくぞここまで残っていたなあと感心すると同時に、それだけバス停が省みられていないのかなと思って、ちょっと切なくなりました。


このバンブー植物園、ネットで検索すると、今はなき姫路学院女子短大の付属施設だったらしい。この短大は植物園のほか、スポーツクラブ、ポニー牧場、わんわんカレッジ、美容室などもあり「ひめがくキャンパスランド」を名乗っていたらしい。そういえば「ひめがく~」も田舎でよく見るホーロー看板ですよね。短大に通称「竹博士」の教員がいたそうで、その絡みでバンブー植物園という、明るい名前とは裏腹の地味っぽい施設を作ったのでしょうか。


などと考えていたらさっきクルマで抜かしたバスが来ました。意外にもワンステップ車。乗るときに車内を見回したら総裁の貸し切りでしたよσ(^_^;)


島根に来てからクルマで何度も通った道。大字もだいぶ分かるようになりました。ところがバスに乗ると、家が1軒あるかないかの小さな集落にもちゃんと違う名前のバス停名が付いているんですよ。川内上郷なんて地名にありがちな名前もあれば、空城口なんて興味深い名前も。(三國志で諸葛亮が司馬懿を欺いた「空城の計」を思い出しましたが、このバス停の奥に「空城」という集落があるかららしい)


田舎の人は小字以下の地名で話をします。バスにのってやっと色々な地名が分かりました。クルマと違って生活の息遣いを感じられる乗り物だなとあらためて思います。


ぐねぐねした道が続く中、ウテシは丁寧にハンドルを切ります。大田市に入って「これより先××(よく聞き取れず)まではフリーバス停にも止まります」とのアナウンスが入りました。バス停以外の場所にも止まる「フリーバス」はよく聞きますが、フリーバス停とは? 疑問を残したままバスは旧道に入ります。軒先をかすめるような細い道を走ると「次はフリーバス停」とアナウンスが流れました。


フロントガラスを凝視していると右側に普通のバス停とは違う、木製のフリーバス停が登場。「フリーバス」とだけ書かれていて時刻表とかは貼っていないっぽいです。どうやら運輸局に認可されたちゃんとした停留所じゃない場所だけど、フリーバスにしたらよくお客が乗る場所だからバス停っぽい扱いにしたらしい。ちゃんとした停留所にすればいいのに。(写真はフリーパス停の1つ。時刻表がない)

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(次は「世界遺産センター」になっているが、センターまでにフリーパス停が2つある)


そして今度は運賃表の次のバス停表示が「フリーバス3」に! 続いて「フリーバス2」があり、世界遺産センターを挟んで「フリーバス」。何とも不思議な感覚です。(そういえば三重交通にも「フリー××」というバス停がありましたね)


世界遺産センターを過ぎてバスは石見銀山遺跡の中心部・大森町の旧道へ。道を歩く人がポツポツいるようになり、ここでようやく2人目のお客さんが乗ってきました。リュックサックを背負い「このバスは大田市駅に行きますか?」と聞いています。出雲か温泉津に泊まっている観光客でしょう。


観光路線になったと思いきや、今度は集落のある旧道へ回って生活路線になります。ここでもう1人乗車。家が増えてきて大田市立病院を過ぎたら、もう大田の市街地でした。飲み屋が並ぶ狭い通りを駆け抜けます。す際は終点の1つ前、大田市駅前のスーパーで降りました。

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ところが…ここにはリュックがありませんでした! 仕方なく駅から離れたイオン系のロックシティへ行くことに。歩くのは面倒くさかったのでちょうどあった江津行きのバスに乗りました。始発の大田バスセンターはこんな建物。

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いい感じに年季が入っています。完成した当初は最先端の建物として注目を浴びたでしょう。当時は今では想像できないような行き先を出して、今よりたくさんのバスが行き交っていたんかなあ。想像が膨らみます。

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今でこそ小型車、中型車ばかりですが、大型車や観光タイプのクルマもいたはず。小さいころ広島で見た、観光落ちの下道経由益田行きを思い出しました。


無事にリュックを買って、帰りは大田バスセンターから元来た道をたどりました。今度は総裁を含めて乗客3人。同じウテシ氏でした。

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地域のことにまた1つ詳しくなった「小さなバス旅」でした。
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