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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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広島発 バスに揺られて 2nd stage 

四郷からはバス2本を乗り継ぎ、一気に長野県境へ向かう。今でこそコミュニティバス化されているが、元は1919年に名古屋-長野県根羽間で開業した歴史ある路線だ(名四国道事務所ホームページ参照


愛知・静岡県境はかつて東海道線沿いに越えることができた。しかし、2002年10月1日、JR東海バスが県境越え路線を廃止。豊橋鉄道や湖西市が一部を受け継いだが、県境付近約1kmは完全に途切れてしまった。


また、豊橋へ行く途中にも断線区間があるため、東海道経由は断念。唯一県境越えルートが残る山間部を回る。


最初に乗る足助行きは、先ほど降りた「四郷」付近にもバス停がある。だが、せっかくの晴天。ちょっと時間もある。どうせなら始発から乗りたいのがマニア心というもの。畑の脇を通り、始発の愛知環状鉄道(愛環)四郷駅まで歩く。


川土手のような盛り土の上を走る愛環。線路の周りは建物がなく、がらんとした感じで、新豊田(名鉄でいうところの豊田市)からたった2駅しか離れていないのがウソのよう。


日差しをいっぱいに浴びて空き地の草木は緑色に輝き、土のにおいもする。何だかホッとしたのは、総裁が山間部の郊外団地出身だからか。


57.四郷駅10:39→11:16足助病院(さなげ足助バス)百年草
07042701(運賃は400円)

(このへんこのへんの地図をご参照ください)畑の中にポツンとある四郷駅。ちょっとしたバスロータリーがあるほかは自販機とトイレだけ。コンビニ、タバコ屋はおろか民家すらなく、タクシーもいない。(豊田市ホームページにこんな写真があった)


足助町の百年草行きバスは既に到着していた。車体の写真を撮らせてもらうため、ウテシに事情を話すと「広島だと、カキはそろそろいい季節かな?」。聞けば島根県津和野町に3年間住んでいたそうで、中国地方に地の利があるよう。こんなところで地縁ある人と出会えてちょっとうれしい。話し方は北陸の方言に近く、尾張と三河は言葉の面でも別の文化圏のようだ。


足助町には中部地方で有名な紅葉スポット・紅嵐渓があり、あと1ヵ月ほどでピークを迎えるという。駐車場が少ないため、見ごろになると大渋滞し、普段40分ほどの道のりに5時間かかるらしい。10月に実行して良かった、と痛感する。


あと静岡県へ抜けられる唯一のルート上にあることから「こないだからも東京からのお客さんがいたなあ」。マニアって各地にいるんだなあ


雑談するうちに出発時刻となった。総裁のほか、なぜか若い女性も乗車。少し遅れた愛環の到着を待って発車した。


国道を横切ると住宅地に入り、猿投駅から一気に10人が乗車。(豊田市ホームページによると、駅前はこんな感じ)リエッセでなければ通れないような狭い路地を抜けると建物が途切れ、視界を木々の緑色が覆う。東海環状道をくぐるあたりで集落のあぜ道を通り別の県道へ移るなど、家がある方へ丁寧に迂回していく。


猿投グリーンロードという有料道路が見えてきた。「もし通ったらやり直しか」とハラハラしたが、期待通りに無視して一安心。枝下平岩を過ぎたところで、進行右手の怪しいものに気付く。盛り土に速度制限標識…廃線跡だ


総裁は鉄道マニアのクチだとは思うが、中部地方には余り縁がなかったことに加え、名鉄がやたらめったら複雑に入り組んでいるので「よう分からん」のが現状。まさかこんなところで廃線に出会えるとは思ってもみなかった。ずっと廃線を見つめていると、三河広瀬駅なんて文字がある看板も現れた。


ここは駅舎や線路も残っていて、今にも列車がやってきそう。こけむし、灰色からこげ茶色に変わり始めたホームを見ると、まるで時が止まった錯覚に陥る。


道路を少し広げたバスのりばで四郷行きと行き違い。あちらも5、6人乗っている。元々鉄道が走っていたなら、5-10人が当たり前に乗っている点も納得がいく。このバス乗り場も元々駅の敷地だったのではないだろうか。(豊田市のサイトによるとその通りらしい)


少し広い道に出たのもつかの間、すぐ右折して峠道を超えて国道153号(飯田街道)と合流。何とこんな山の中にサークルKがあるではないか! 番号数字の大きい道だが、どうやら三河地方と長野県南部を結ぶ幹線道路のようだ(法令で恵那山トンネルを通れない長野方面への危険物車両はここがメーンルートらしい)。


廃線は三河広瀬で終わりかと思いきや、山1つ越えた153号沿いまで続いている。もしかして足助まで並走?と思いきや、西中金まで。道路左手に続いていた盛り土が途切れた。


西中金では、もう使われなくなった巨大な名鉄バス停がビニルで覆われていた。鉄道だけでなく、バスも名鉄は撤退してしまったのだ。紅葉の時期は多くの人がここで接続バスを待ったのだろう。(一部サイトによると、往年の巨大バス停はこんな感じだったよう。豊田市ホームページによると現在はこんな感じ。バス停の写真は四郷行きのものと思われる)駅舎はすでになく、名鉄が管理する月極駐車場の看板だけが駅の記憶を残す。


旧足助町に入った後もバスは快走。間もなく次のバスの始発となる足助病院に着いた。何だか高校生が沢山たまっているんだけど…。


ウィキペディアによると、名鉄三河線の猿投以北は当初、景勝地の香嵐渓を抱える足助まで延伸することを目指し、工事が進められた。1928年には西中金まで開業したが、世界恐慌や用地買収が難しかったこと、太平洋戦争に伴う資材不足などから58年、足助延伸は断念された。


マイカーブームや沿線の過疎化により、閑散区間だった猿投以北は特に利用者が減った。


1985年から電車での運行を止め、ワンマン&レールバスに転換。大手私鉄がレールバス、というシチュエーションは萌える。コスト削減にはなったが、利用客は上向かないので結局収支は改善せず、2004年3月末で廃止された。今回の「さなげ足助バス」がその後を継ぎ、地域の足を守っている。


足助から乗り換えなしで四郷まで行けて楽は楽だが、紅葉シーズンは5時間かかるという道のり。もし足助延伸が実現していればもっと鉄道として長生きしていた区間かもしれない。いや距離が伸びた分、もっと赤字額が膨らでいたか。


往年の三河線については多くのサイトに旅行記などがあるのでご参照あれ。


58.足助病院前11:25→12:13稲武(稲武バス)稲武
07042902(運賃は500円)

(このへんこのへんの地図をご参照ください)たまっていた高校生は20人強。時刻表を見る限り、全員総裁と同じ稲武行きの客らしい。しまった、中間試験シーズンだったか。女子高生が多いが、桑名の時(このへん)と違って化粧臭くないのが救いだ


リエッセが来たらどうしようと思っていたが、幸い来たのはどんぐりが描かれた中型車。何とか全員が座れた。さっきのバスで終点まで行かず、ここで乗り換えて良かった。足助病院を出てすぐに153号へ戻る。標識があり「稲武24km」。先は長い。


バイパス工事を横目に足助の市街地へ入る。谷あいに民家が密集しているため、道が狭く確かに駐車場がない。香嵐渓バス停近くにちょっとした駐車場があるぐらいか。名鉄バスの車庫前を過ぎると民家が途切れ、一気に上りの傾斜がきつくなる。エンジンが甲高くうなり、標高を稼いでいく。窓を開けると風が冷たくて気持ちいい。


ヘアピンカーブを通過し豊岡で1人降りたが、ほかの生徒は降りる気配が無い。コミュニティバスなので運賃は安く、運賃表には100とか90なんて表示が並ぶ。総裁が小学校に入る前は広電の郊外バスは初乗りが2桁だったが、2桁数字をデジタル運賃表で見るのはそれ以来、20年以上ぶりのことだ。何だか新鮮。


五平餅ののぼりが立つドライブインを過ぎると、木々が両側、上から迫ってきて伊勢神峠。てっぺんのナトリウムランプが古めかしいトンネルを抜け、郡界橋を越えると旧稲武町だ(wikiなどによると、旧道の伊勢神トンネルは心霊スポットとして有名らしい)


斜面にへばりつくように家が建つ小田木で1人降り、今度は深い谷間のがけっぷちを走る。道路が地形に逆らわずに造られているためU字カーブが連続。後ろを見ると三重交通の最新型観光バスがしんどそうにヨロヨロ走っている。かなり高いところまで来たが、遠くにはまだ高い山がそびえている。窓の外からは草のにおいがする。


水別で二人乗り、だいぶ町中心部に近づいてきた。こんなところにまたサークルKがあることに驚いていると、バスは国道を外れ集落の細道に入る。バス停ごとに2、3人ずつ降りて、小さな商店街を通り過ぎると終点だ。


旧稲武町役場隣のバス車庫ではこの便に接続して長野県根羽村へ行くバスが待機し、高校生が乗り換えると発車。総裁が乗ったバスも岐阜県境にある「押山」行きになって出発していった。


07042703次のバスまで1時間10分もある。稲武からバス停2つ先から坂を上った場所に温泉付きの道の駅(このへんを参照)があるが、歩くと遠そう。風呂は慌てて入るものではない、とあきらめて、旧役場近くで見つけた定食屋に入る。


近くで道路工事があったのか、ガテン系な皆様が食事中。入口の引き戸を開けると全員にギロリとにらまれたが、腹が減っていたので構わずどっかと腰掛けた。


何とこの店はホームページを持っているらしく、メニューにURLが書いてある。こんなところまでネットの波は来とるんじゃなあ。530円のサバの味噌煮定食は値ごろで腹いっぱいになった。


ほかに暇を潰せそうな場所も無いので、車庫に戻り、待合室で待つことに。見るとさっき乗ってきたバスが戻ってきていて、丸首シャツ1枚になったウテシがホース片手に洗車している。水が冷たくて気持ち良さそう。暇そうにしているので、さっき上手く写真が撮れなかったので、もう1回撮影しようとウテシに事情を説明する。


温厚で物静かな感じのウテシだったが、広島から来たと話すとさすがに驚いた様子。こういう物好きは自分だけではないようで「時々そういう人が来るんですよ」。


先日もも豊橋から「街道を歩いて写真を撮っているんです」という女の人が来て、後日本を出しからと持ってきてくれたそう。ただ、「さすがに広島からってのは初めてだなあ」


ウテシによると、かつては豊田からここまでは名鉄バスが運行していた。飯田への便もあったが、1999年に廃止。以後自治体が運行しているが、各市町村内で完結するためそれぞれがつながらなくなってしまったという。長野県に入ることができても、先の接続が悪いらしい。


「そういえば『じゃけんのう』とか言うの?」。話をするうちにそんなことを聞かれた。「いや、妻の兄が呉出身で(総裁と)同じ言葉だなと思ったよ」。


大学に入った当初、広島弁を消すようにしていた総裁。就職活動で広島に戻ってからはむしろ誇りに思うようになり、他県でも堂々と使うようになった。方言とカープこそ広島人のアイデンティティだと思うし、この言葉のおかげで今こうして親近感を抱いてもらえた。総裁は一部の広島人が持つ「広島最高主義」は嫌いだが、きょうは広島人でいて良かったなと思った。
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