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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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広島発 バスに揺られて 2nd stage 

長い長い1人旅立ったが、小田原でついにパートナーが加わった。大学時代に駅でバイトをしたときの先輩で、今は首都圏の某社で働く人だ。総裁からの連絡を受け、はるばる小田原まで来てくださった。


最初合流できなかったが、間もなく超近代的なビル「ラスカ」のエスカレーターからサーっと下ってくる、まるでタカラヅカみたいな登場をされた。ちょっとカッコいいかも。
78.小田原駅11:50→12:16国府津駅(箱根登山バス)箱根湯本駅 小田原駅
07071001

(運賃は380円)

このあたりの地図をご参照ください)同じ箱根登山バスでもこちらは一般路線。さっきは中扉を使わず前扉だけで出入りをしていたが、今回は中扉から乗り込む。


15分おきに走っているだけあって、車内には既にお年寄りばかり20人ぐらいがいた。前の席に座ろうとかと思ったが、結局最後尾に。座席がほぼ埋まって駅を発つ。


さっきバスで通った駅前通りを逆向きに進む。週末だからか地元の人に観光客も混じり、街中は結構な人通り。チェーン居酒屋やサラ金が入る雑居ビル群を過ぎ、市民会館前には駅伝の中継で見たことがある複雑な形の歩道橋があった。


ここを左折し、国道1号、つまり東海道に再度合流。進路を東に取る。


山王橋を通ったとき、一瞬海が見えた気がしたが、すぐ建物に阻まれる。


そして城東高校前を過ぎて酒匂川を渡るところで、ついに海と再会。うすい曇り空から太陽が差し込み、相模湾をキラキラと照らす。


海岸沿いの西湘バイパスを走るクルマが黒いシルエットになり、海の紺碧と白と相成ってまるでドラマとかのエンディングに出てきそうな風景を描き出す。富士山が見えなかったのが心残りか。


酒匂中でお年寄りの大半が下車。漁場前なんて「いかにも」な名前のバス停までくると車窓は港町らしさを増す。


空はだいぶ晴れてきて、秋の優しい日差しを降り注ぐ。潮風を受け、味わい深い外壁になったコンクリートのビルや構造物が並ぶ。街道らしく一里塚なんてバス停もあった。


JRに乗っていては見られない小田原の海。旅気分に浸るうち「次は国府津駅」と放送がかかる。「登山バス」で行く「海岸線」路線、なかなかだった。
79.国府津駅12:40→13:33平塚駅(神奈川中央交通…次回より神奈中)平43大磯駅 平塚駅
07071002

(運賃は500円)

このあたりこのあたりの地図をご参照ください)御殿場線の起点となる国府津には、箱根登山バスのほか神奈川中央交通(以下本文中も神奈中)と、御殿場方面に運行する富士急湘南バスが乗り入れている。


神奈中は小田原-国府津の路線免許も持っているが、休日朝1往復だけなので、事実上ここが南西端。バス会社の分水嶺なのだ


ほとんど東海道線に沿って走る路線だが駅間が長いエリアだからか、国府津で総裁を含め7人が乗った。台風の影響か潮風が少し水を含んでいた。


駅前の信号を左折するときウテシが「左よし、右よし、発車します」。そうだ、神奈中はこういう歓呼しとったよな。また、よく聞くと車内放送は岡山の両備バスと同じ声の人だった。



駅前で海水浴場の横を通った後も、バスは海を眺めながら国道1号を東へ走る。道路と海の間、道路から山側の平地には家や喫茶店が建ち並ぶ。ちょっと古めの建物が多くヨットに乗りに行く加山雄三がその辺から出てきそうだ


西湘バイパスの橘インターを過ぎ二宮町に入ると、いよいよ湘南である。


意外にも客はこまめに乗ってくる。二宮駅に着くまでに座席は一通り埋まり、その大半が駅で降りた。そしてまた10人ぐらいが乗ってくる。ここでしばらく時間調整した。


明石から乗った名谷行きみたく住宅地-駅という路線をいくつも組み合わせたような系統なのだ。


さらに客が乗ってきて、また席が一通り埋まって発車した。すぐに大磯町に入り、海から少し離れ、毎年グラビア人のポスターを作る大磯ロングビーチの横を走る。左側に松が連なり街道の面影を残す。


白岩大門から統監道にかけては今度は道の真ん中に並び、海にかけても広大な松林が広がる。白砂青松とはここのためにある言葉だ


大磯には伊藤博文や吉田茂が別荘を構えたほか、かの堤義明氏=証取法違反で執行猶予中=も住んでいる。統監は初代朝鮮半島統監であった伊藤にちなんで付けられた地名。


今でこそマンションやビルが建っているが、かつてはこれらもなく松林と砂浜が今以上に広がっていたはず。伊藤や吉田はこの地を一目ぼれしたに違いない。


大磯小学校手前で国道1号を左折し、大磯駅前へ。何人か客が降りた後、今度は狭い道をすり抜けて国道1号に戻る。昔の面影を残す、というと聞こえはいいが、クルマを運転するとなると話は別だ。


ちなみに大磯駅へ入らない系統に乗ると「さざれ石」というアベシンあたりが好きそうな名前の停留所がある。


長者町で海沿いへ行く国道134号と別れ化粧坂、花水(すごい名前の地域だが)を経て平塚市内に入る。入ると同時にもう市街地で道が広がり、ビルが建ち並ぶようになる。


最後は商店街の中を抜けて平塚駅に着いた。一時は立ち客もいたが、市中心部で少しずつ降りていった。右も左も神奈中もぶれ。

07071003実は総裁、大学時代にサークル仲間と渋谷-小田原までのバス旅をしたことがある。あのころは「××へ行くぞ」ではなく、「一日で渋谷からどこまで行けるか」を試そうという話だった。


渋谷を朝8時半にスタートして、小田原に着いたのが午後5時。沼津行きのバスがあったが、一緒に行った仲間が「もうこのへんまでにしよう」と言って終わった。


総裁が一番最初に制作・管理していた「下道会横浜支部ホームページ」に後日、その記録を掲載した。今となっては懐かしい話。


今回はその逆をたどる旅。すでに見た景色と言われるかもしれないが、5、6年も経つと色々変わるもの


当時フィルムの方向幕しかなかった神奈中のバスはことごとくLED幕になってるし、当時平屋だった小田原駅は見違えるばかりの近代的な駅舎に変身。この先行く茅ヶ崎駅は当時工事中で、市役所前が臨時ターミナルになっていた。


何より総裁自身が変わった。いま当時の文章を思い出しても見ている場所が変わっているし、年齢を重ねて景色を、自然を楽しむようになっている。まあマニアックな視点は一緒だが。
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