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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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広島発 バスに揺られて(番外編4) 

7.奥津駅前14:50→15:42竹原(美杉コミュニティバス)上多気(資)
09020804

(運賃は900円)

(順に1,2,3,4,5の地図をご参照ください)今回乗る竹原・一志病院行きはちょっと複雑だ。津市HPの路線別時刻表では「竹原行」となっていて、実際に1台のバスが竹原・一志病院まで直通する。しかし、奥津駅前のバス停時刻表では竹原行きになっていないのだ。


原因は2つの路線をまたぐイレギュラーなルートを走るため。美杉コミュニティバスの時刻表は路線別に発車時刻が並び、この竹原行きは本来竹原へ行かない路線の場所に何の注釈もな書かれているのだ。しかもタチが悪いことに別路線の竹原・一志病院行きもあり、きょうの竹原行きが既に終わってしまったかのように見える。やってきたバスの方向幕も「上多気(資)」(途中にあるふるさと資料館を指すと思われる)。これはちょっと不親切だ。


総裁は事前に調べていたから自信を持って乗った。しかし、発車直前に到着の名松線から降りてきた女の子は時刻表とにらめっこした挙げ句乗らなかった。ウテシも声を掛けようとしていたが、先に女の子がどこかへ行ってしまった。あーあ。


見た目は普通の三重交通バスだが、整理券も車内放送も運賃表もない。典型的なコミュニティバス仕様。HPに運賃がなく、当日運賃表を見ればイイやと思っていたが、これではウテシに聞かないと分からない。「竹原までですがいくらでしょうか?」と聞くと「えーっと」と三角表を取り出して調べてくれた。900円はちょっと高めだが、これだけ山深い場所で1時間も乗るんだから仕方ないのだろう。


不意に「竹原からはJR?」と聞かれた。ここで「バスに乗り継ぎです」なんて答えると救いようのないヲタみたいだし、説明がたいぎいと思い「違うんですけど、まあ、色々と」などとお茶を濁した。ウテシは怪訝な表情でブツクサつぶやいていた。今になって思えば、これではかえって不審人物だ。堂々と言って色々話を聞けば良かった。反省。


奥津駅前より前から乗っていた1人と総裁の2人で発車。駅前の狭いT字路に出て名張とは反対側へ左折、名松線を渡って再び伊勢本街道(国道369号)と合流する。小学校の横を通り、ぐいと北へ曲がる名松線を今度はまたぐ。傾斜がきつめの飼坂峠を軽快に登ってトンネルを抜けた先が多気(たげ)地区。戦国時代に伊勢國を支配した北畠氏の本拠地があった場所だ。


「7つの峠を越えないと入れない」要害。物流ルートだった伊勢本街道を抱えていたこともあり、城下町は栄えて最盛期「山中に都あり」と称されたという。しかし世の中が平和になると不便さがあだになり、発展から取り残された。現在も東は酷道、南は未開通国道、北は険道で、西だけがトンネルで通りやすくなった程度。こんなところに城を築いたなんて現代の技術でも想像がつかない。


バスは上多気の交差点で北へ左折。道幅の狭い、昔ながらの街並みを行く。ふるさと資料館で旧美杉村の南端・丹生俣へ行くハイエース(一応コミュニティバス)とすれ違う。ハイエースかあ。こちら側のウテシが手を振る。北畠氏館跡である北畠神社の脇を通り、野登瀬を過ぎると家並みが途切れた。


八手俣川沿いの狭い道をしばらく走って、やっと次の集落へ。昭和の大合併までは北畠神社のあたりが多気村、ここからが下之川村だった。それなりの集落で家もちらほらあるのだが乗り降りはまったくない。下之川地域センターでは敷地内の駐車場までわざわざ回るが誰もおらず。下中村でもう1人の客が降りてからは本当に寂しくなった。山口でバスに犬が近寄ってきたのが妙に愛おしく思えた。


再び集落が途切れ、ぐねぐねとした細い道になる。左下の川は、よく見ると流れが止まっている。どこかで見たような光景…やっぱり、ダムだった


1972年完成の君ヶ野ダム。そして名張-奥津のバスとは逆に、天端からダム下の川の高さまで猛烈なヘアピンカーブをくるくる回り、一気に下る。思わず握り棒を持つ手に力が入った。少々の酷道・険道でも中型車を走らせる三重交通が、小型車をこの路線に充てたわけだ。これはリエッセじゃないと無理。


であいの館、なる怪しげな建物に「?」と思っていたら、左に名松線の列車が見えてきて竹原駅。その次が総裁の下りる竹原だった。紀伊半島の屋根から下りられたのだ。ふう。奥津からここまで1時間。ちなみに山の向こうを走るJRだと23分で来られる。ローカル線の代表格ともいえる名松線がまるで高速鉄道のよう。バスの旅はそれだけスローなのだ。気付いたら方向幕は「一志病院」に変わっていた(笑)


恐るべきことに、ここはまだ旧美杉村だ。広いのう…。




09020806次のバスまで30分あるのでウロウロしてみた。バス停は竹原コミュニティー防災センター、特産市場が並ぶ地域拠点の一角にある。広い駐車場があり「さわやかトイレ」なる建物も。中はこぎれいな普通のトイレだが、個室に張り紙があった。


「紙を持ち出さないで下さい。これ迄にも紙を持って行かれた方が有りましたが、交通事故や一週間以内に不幸に遭遇された方 決して少なくありません。皆さまの御無事をお祈り申し上げます。紙は神様」


って、全然さわやかじゃないじゃん!!! 腹に据えかねているのは分かるけど…。このトイレはスチール棚も盗まれたようで、こちらの「返してください」貼り紙には呪いの文言はなかった(^^;


バス停から2,3分歩いて伊勢竹原駅へ行ってみた。クルマが何台か止まっていたので「もしや」と思ったら案の定、伊勢奥津行きの列車が到着。高校生が何人か降りていった。

09020805

駅舎は相当年季が入っていて、同い年ぐらいの大木がよりかかっていた。「伊勢竹原駅」の文字は紙ではなく、タイルに書かれている。開業した1935年当時のモダンがこんなところに息づいていた。待合室以外は使われておらず、出札窓口らしき場所はシャッターが閉まっていた。駅前には古い家が並び、戦前にタイムスリップしたかのようだった。




津市交通政策課は2008年8月、合併前からそのまま引き継いだ地域生活バスの再編を目指し「コミュニティ交通の運行計画(案)」をまとめた。


計画では、美杉コミュニティバスは現在の川上・奥津-旧役場-竹原(1日5本)、丹生俣(にゅうのまた)・奥津-下之川-竹原(1日6本)の2系統を統合して循環路線に変更。右回り左回りそれぞれ1日4本運行する。竹原では一志病院・近鉄榊原温泉口駅方面とを結ぶ白山コミュニティバスと接続する。また枝線となる川上、丹生俣地区は1日1往復のみとし、ハイエースでの運行は止める。(なお、パブリックコメントで個別ダイヤの改善や丹生俣地区の日中便確保を求める意見が出た)


「観光客にも利用しやすいダイヤなどの見直し」「民間路線バスとの接続を図る(意見募集を経て『配慮する』から『図る』に変わった)」をうたっているので、本数が減っても著しく不便になることはないだろう。せっかくなので名張方面との接続も配慮してくれたらうれしいな(希望的観測)。


ともあれ非名阪国道で関西-中部の路線バスをつなぐ唯一のルート。4月からの新体系に注目だ。
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