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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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広島発 バスに揺られて(番外編5) 

8.竹原16:10→16:55久居駅(三重交通)久居駅
09020901

(運賃は790円)

(順に1,2,3,4,5の地図をご参照ください) 伊勢竹原駅からバス乗り場に戻った。間もなく折り返し久居駅行きになるバスがやって来て、駐車場の端っこに止まった。ウテシは駐車場にいた男の人と談笑している。同僚か顔見知りだろうか。そこへ幼稚園バスが到着。子どもが降りて、男の人と帰って行った。


その後はさっき乗ったバスが丹生俣行きとして戻ってきて、すぐに発車。またあたりが静まりかえった。16:05ごろになって久居駅行きがエンジンを始動。乗り場にやって来た。方向幕は前も横も「久居駅」とだけ書かれている。車内のウテシ席後ろのボードにも方向幕があったが、ここも「久居駅」だけ。三重交通旧型車独特の仕様を見られて良かったが、あまり活用されていなくて残念だった。そんなにマイナーな系統なんだろうか。


竹原からは総裁1人だけ。家城まで来るとだいぶ家が増えた。わざわざ住宅地の細い道を回るのだが、乗ってくる人はいない。「ビッグバン」というミレニアムな名前のパチ屋前で再び県道に合流。この路線はいつも同じウテシなのだろうか、工事現場の誘導員が親しげに手を振っていた。


日は傾き、道路沿いの田んぼがオレンジ色に照らされる。また名松線の線路を渡って細道に入り、家城橋でようやく2人目の客が乗ってきた。また県道に戻り、しばらく先の上井生で再び住宅地に入って集落をトレース。名松線をまたまたぎ、大仰から小高い場所に出ると遠くに海が!! そう、きょう初めて陸の切れ目に出会ったのだ。遠くにはぼんやりとビル群も見えた。


井関からさらに坂を登って高野団地を経由。久々に人通りがあって街に帰ってきたんだと実感する。団地を下りると左側から近鉄の架線柱群が近付き、対向車も増えてきた。伊勢自動車道をくぐって、ぐいと幅が広がった雲出川を渡ると、もう久居の市街地だった。


桜井を思い出させるような古い街並みをゆっくりと走り抜ける。旅籠(はたご)町なんて歴史を感じさせるバス停を過ぎたら、もう駅前。年季の入った市街地から一転、ガラス屋根が目立つ、現代アートみたいなバス乗り場だった。(wiki中のこの写真をご参照ください)


9.久居駅17:02→17:36津駅(三重交通)16上稲葉 久居駅  津駅
09020902

(運賃は390円)

(順に1,2の地図をご参照ください)バス乗り場にはガラス張りの待合室があった。中に入ろうとしたが入口が見当たらない。と、「→」のシールが貼られたガラスを発見した。「さては→の向きに動かせばガラス戸が動くのか」と判断。ウーンと押すが動かない。あれ?


→は入口の方向を示していただけで、すぐ目の前に誰が見ても入口と分かる扉があったのだ。総裁は動かないガラスを一生懸命動かそうとしていたのだ。中から見ると不審人物以外の何者でもない。あー、恥ずかしい…。。


次のバスは久居駅から10kmほど西側の榊原車庫発。駅に着くと客のほとんどが降り、久居からは5人で発車した。駅前を右折して北へ向かう。ちょうど「津5km」の標識があった。車内を見回すと「バスの安全度はマイカーの878倍」という広告があった。年間事故者をそれぞれの利用者で割った数で算出しているようだが、何かこう必死だなあ。


久居の市街地を抜けると典型的な郊外国道に。右側を並走していた近鉄線を中青谷でくぐり、阿漕(あこぎ)手前でJR紀勢線をまたぐ。信号待ちの渋滞を経て国道23号に合流。広島-東京の旅で通った、あの名四国道になる道である(このへん参照)。ズバンと片側3車線に道が広がり、都会的な眺めに一変した。考えてみれば6車線道路なんて今日初めてだ。


津市中心部に入るとさらに4車線に広がった。そして三交本社がある三重会館で、何と十数人が一度に乗ってきた。立ち客が出たほど。津は鉄道が内陸側を通り、中心市街地は鉄道と海の間に拓けた。市役所や裁判所、デパートがある三重会館周辺は駅から遠く、公共交通だとバス利用になるのだ。(三重会館の外観はこんな感じ。wikiより)


駅に近付くとかえってビルが少なくなっていった。県庁前を過ぎて道路幅が狭くなったところで左折。日本一短い名前の「つ」駅に着いた。




09020903次のバスまで35分あるので駅ビルのカフェで一息。ここで粘ろうと思ったが、帰宅時間帯のため店内は右も左も学生でとても落ち着ける雰囲気ではない。適当に退散して乗り場の前で一服することにした。学生がいるからこそ成り立っているバス路線もたくさんあるが、いざ一緒になるとたいぎい。


竹原-久居駅で乗ったバスは三重交通が2006年、廃止の意向を示した。県の第三種補助が期限切れを迎えたため。その後津市自主運行バスとして存続し今に至る。前回更新(このへん)で触れた津市「コミュニティ交通の運行計画(案)」では幹線交通に位置付けられた。当面は安心して良いのだろう。


ちなみにこの路線は「多気線」という。総裁愛用のアトラスRDX東海06年版にも竹原から奥津・丹生俣へ一般バス路線を示す波線が延びている。そう、かつては美杉村の多気までちゃんと三重交通の一般路線バスが走っていたのだ。三重県HP中「知事と語ろう本音でトーク 平成16年(2004年・総裁による注)度第5回」によると、当時の美杉村で村民と知事の間でこんなやり取りがある。カッコ内は総裁による注。


村民「(前略)数年前までは、津まで、三重県会館までのバスがありました(後略)」
知事「(前略)平成10年(1998年)3月まで、津の三重会館行きのが、これは丹生俣から出ておったんですね。そうですね。それが廃止をされた。それでは村のほうで何とかしなきゃいかんということで、4月からは竹原まで行く自主運行バスを運行しておる(後略)」


名松線という名前が国鉄の夢の名残りであったように、多気線も三重交通の夢の跡だったのだ。路線名に歴史アリ。
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