04« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»06

ゲリラ雪

  : 

下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

広島発 バスに揺られて(番外編8) 

空は鉛色。昼下がりのバス乗り場はのんびりした空気が流れていた。

09021102

学生さんがちょっと少ない以外はあの日と同じ光景。「広島-東京のバス旅でもし清水からこのルートをたどっていたら?」という前提にするため、前回と同じ金曜日の午後2時に戻ってきたのだ。相変わらず忠霊塔行きが次々やって来る。


1.清水駅14:27→14:56但沼車庫(しずてつジャストライン)250但沼車庫 JR清水駅・JR興津駅
09021104

(運賃は540円)

(順に1,2,3の地図をご参照ください) 広島-東京のバス旅では、この14:20発を使うつもりだった。しかしいつまでたっても来ず、結局先に来た14:30発の県営興津団地行きに乗車。途中で抜かされた。きょうも少し遅れて到着。既に乗っている人を含めて5人で清水駅を発車した。あの日興津団地行きを抜かしたバスと同じ、旧しずてつ塗装車だ。不思議な気分。


駅前を右折し北へ。国道1号が1車線に絞られる手前、西久保営業所で1人乗った。ドアを開閉するときビーーーーーというブザーが響き、昔の集合住宅にあった呼び鈴を思い出す。


道が狭まり、袖師公民館前あたりからはいかにも東海道っぽい、街道筋の面影を残す街並みになった。


小学生たちが集団下校する脇をゆっくり走り、庵原川を渡って横砂西で2人下車。東海道線を陸橋でまたいで静清バイパスをくぐると間もなく興津だ。前は歩くことでアタマが一杯でちゃんと車窓を眺めていなかったが、沿道の家々はいずれも立派な門構え。緑萌える時期に訪ねてみた清見寺で1人降りた。


きょうのバスは興津駅前のロータリーに入る。よく見ると清水駅から乗り通している人もいる。時間だけ考えれば清水-興津間だけでもJRに乗った方が早いのだが、階段の上り下りがイヤなのかな。窮屈な広場をぐるりと回り、不二家と自販機の前の、少し窮屈なバス停に到着。乗り場から女子高生ら3人が乗ってきた。(写真は駅ホームから見た興津駅バス停)

09021105

ウテシのネームプレートの上に「私は着席確認して発車します」というスローガンが貼ってあった。その通り高校生が座るのを待って発車した。


バスは国道1号に戻り、興津中町で1人乗車。前回行き着かなかった(笑)県営興津団地の角を左に曲がり、国道52号に入る。国道54号は広島県、53号は岡山県がスタートだが、52号はこんな場所にあったのだ。


後ろを見ると静清バイパスはトラックがひっきりなしに行き交い、横の防災倉庫には弥次喜多のイラストがあった。このあたりは昔も今も交通の要衝。そして「君は太平洋を見たか 僕は日本海が見たい 中部横断道実現」なんて未来もその地位を築こうとする看板があった。


再び陸橋で東海道線をまたぐ。少し走って右側に総裁がさった峠へ行くために渡った橋(新浦安橋)が見えた。あのときはそんなに思わなかったけど、意外に離れてたんだなあ


そしてすぐに東名をくぐる。と、左側から、続いて右側から山が迫ってきた。せまくなった平地には平屋の家がびっしり建ち並ぶ。バスは短区間の利用が多く、バス停のたびに乗り降りがある。少しずつ坂になり、消防学校の先で今度は新幹線の高架をくぐる。


谷津を過ぎるあたりから畑が増えてきて、たわわに実ったミカンが山にオレンジのドットを描く。道ばたの狭いスペースも茶畑として有効利用。山の端にへばりつくように建つ家もちらほらあり、山間部の風景になってきた。


小島で遠くまで見渡せる丘の上へ。「もうあの先は家がなさそう」というところまで見えた。但沼の先でバスは左折。山あいの静かな集落を少し走ったら、もう但沼車庫だった。


09021106




09021108但沼車庫は集落のはずれ、「ここが静岡都市圏の端」といった感じの場所。裏山の手前に茶畑が広がる。TVを付けているらしい詰め所には住み込みの人がいるのだろう、洗濯物が干してあった。車庫前を通りかかった中学生が反射材付きの腕章をしていた。これでも市街地から30分程度の場所なのだが。


次に乗る両河内線は元々清水駅までの直通系統。1987年からは清水市自主運行路線、合併後に静岡市自主運行路線になった。直通系統だった名残りからか、清水-但沼車庫線(三保山の手線)とは今も接続。時刻表の該当便には注釈が付いている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

△top

この記事に対するコメント

△top

トラックバック

トラックバックURL
→http://guerillasnow.blog49.fc2.com/tb.php/369-f6092405
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。