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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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兎人(うさんちゅ)の島 

東京人はめったに東京タワーに行きませんし、広島人もめったに宮島や平和公園には行きません。近所の有名スポットって「いつでも行ける」と思っているからいつも後回し。他県人の方がよっぽど詳しかったりします。そんな地元を再発見するチャンスが、県外から来た人を案内するとき。先週末、大学時代の旅行サークルの後輩が東京から広島にやって来ました。


総裁を頼って何度も広島に来ている後輩がリクエストした場所は、竹原市沖の大久野島。戦時中秘密裏に毒ガスが製造され、地図から消された島です。元作業員の後遺症治療・研究に取り組んだ行武正刀氏(09年3月に死去)を紹介する番組を見て、訪ねたくなったそう。総裁が前回行ったのは大学時代。年2回あったサークル旅行で広島に来た今回の後輩たちを案内しました。あれから10年近く経ったのかあ。


9時29分発のこだまで三原へ。新球場から何度も新幹線を見ましたが、逆は初めてです。


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三原から呉線に乗り換え、旅気分も風情もない通勤型電車(105系)で忠海へ。駅前旅館が並ぶ昔ながらの一角を歩き、大久野島行き連絡船乗り場に着きました。小さな連絡船は一般の海運会社や行政ではなく、何と島にある休暇村が運営。一見施設利用者専用っぽいですが、誰でも乗船できます。


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前回は2月に来たため誰もいませんでしたが、今回は釣り竿や虫取り網を持った親子連れがたくさん。きっぷ売り場の人に「きょうはえっと(=たくさん)お客さんがいますねえ」と話したら「いいや、そうでもないんですよ」。ピーク時は乗れないことがあるのかもしれません。出発前になってクロネコヤマトのトラックがやってきて、ドライバーが連絡船のクルーに段ボールを引き継いでいました。


12分ほど揺られて大久野島到着。休暇村まで送迎バスがあると聞いていたので桟橋の先を見ると…


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日野レインボー!!
 てっきりコースターやローサみたいなマイクロバスだと思っていたので、びっくりしました。行き先は幕ではなくパネル。色遣いといい、フォントといいまるで神奈中か江ノ電。中は前半分が全部ロングシートという、広島県内ではここにしかない仕様です。連絡線同様、休暇村が運行。船にバスに、乗り物好きが就職したくなる職場です(^^;


休暇村本館まで5分の道のり。初老のウテシ氏による丁寧な案内を聞きながら右に左に目を転じると、たくさんの人が釣りやバーベキューを楽しみ、大学生たちが大汗をかきながらテントを立てていました。


後輩のリクエストもあり、レンタサイクルで島を一周することにしました。グラウンド脇を通り抜けると、右側に大きな構造物が。毒ガスの貯蔵庫です。


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壁が黒くなっている箇所は終戦後、米軍が毒ガスを焼き払った痕。64年の時を経て今も鮮明にススが残っていました。まだ戦後は終わっていない、そう訴えていたように感じました。


山側の北部砲台跡へ行くと、まるで城跡みたいにレンガ造りの構造物が残っていました。倉庫?の入口は一部を除いて半地下。晩夏の日差しが降り注ぐ外とは違う、島の陰の部分を象徴しているようでした。工事の人が何やら杭を打っていました。


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「展望台320m」の看板がありました。「320mなら登りましょう」と後輩に言われて付いて行くも、これが相当に急な山道。「やめとこうで」と言っても「ここで登れば他に登るところはありませんから」と聞く耳持たず。しかも元ワンダーフォーゲル部なので総裁そっちのけでぐいぐい登っていきました。仕方なく息も絶え絶えに、滝のように汗を流して登り切りましたよ。


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ご褒美は息をのむほどに美しい瀬戸内海でした。青と緑の世界は、広島市内では見られない表情。建物も船も増えましたが、一面の鮮やかなブルーは戦時中と同じはず。やるせなさを感じました。


そしてここにも砲台跡がありました。当時は登山道も道路も整備されていなかったでしょうし、高性能のトラックもクレーンもなかったはず。建設に携わった人々の苦労がしのばれます。多少ツタに覆われていますが、保存状態は極めて良好。当時のモダニズム建築をうかがえます。


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瀬戸内海に癒されながら、登り以上に慎重に坂を下ると…


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総裁たちに「待ち人」がいました。


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ウサギ! 大久野島には毒ガスの威力を試すためアナウサギが連れてこられました。戦後は野生化。300羽ほどがあちこちに暮らし、今では島のシンボルになっています。工事の人の弁当を目当てにやってきたのでしょう。とっても人に慣れていて、カメラを構える総裁の手に近づいてきました。悪いが、エサはないんよ。しばらくなついてきましたが、あきらめたのかどこかへ去っていきました。


海側の北部砲台跡を過ぎたらあとは下り。ウオーキングの人に気を遣いながら駆け抜け、坂を下りきった場所に発電場跡がありました。


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自己責任で立ち入り禁止エリアに入った方の写真によると、中は3階まで吹き抜け。タービンなど発電設備はすべて撤去され、がらんとしているそうです。海のすぐそばなのに壁は薄く、よくぞ今まで倒壊しなかったと思います。島の過去が風化してはいけない、というたくさんの人の願いが支えているのかもしれません。壁を覆うツタをはぐなど最低限の保守はしているようですが、建物自体の補修はしていないよう。夏場は暑かっただろうなあ。。


海はどこまでも清んでいました。


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こんな美しい島を毒ガス工場に変えるなんて悪魔の発想を、同じ人間がしたことを忘れてはいけません。戦争は人間を狂わせてしまうのです。


腹が減りました。汗もしっかりかきました。休暇村へ戻って昼ご飯です。まずは生中!


あーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!!!!!


キンと冷えた一杯が体中に染み渡ります。美味いなんて言葉すら思い付かないぐらい。そのままとろけてしまいそうになりました。たこ天うどんとたこめしのセットをいただき、大満足。そのまま400円払って日帰り入浴を楽しみました。(ちょうど脱衣所にも浴室にも誰もいなかったので写真が撮れました)


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休暇村のみやげ物コーナーにはウサギグッズがずらり。写真集や箸置き、「兎人」とプリントされたTシャツ…。フロントではウサギ用のエサも売っていました。いつまでもウサギと戯れられる時代であってほしい。平和への思いを新たにして島を後にしました。






帰りは三原16:19発の瀬戸内マリンビュー4号に乗りました。暮れゆく瀬戸内海を肴に、さらにもう1杯。


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風早-安浦あたりで日暮れを迎えました。動画で撮ってみました。


[高画質で再生]

瀬戸内マリンビュー 風早-安浦

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のんびり車窓を見つめるうち、気付けば夜に。広からはほぼ駅ごとに通勤電車と行き違い、すっかり真っ暗になった19:12、広島に着きました。色々なことを考えた小旅行でした。貴重な機会を与えてくれた後輩に感謝したいと思います。
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