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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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北海どうでしょうⅡ 19 

カントリーサインマグネットを買って、まずはコーヒーでも飲んで一息入れようという話になりました。とはいっても音威子府駅周辺に喫茶店なんてないので、好象カーでセイコーマートへ移動。缶コーヒーで乾杯し、旅の話に花を咲かせました。そう、彼はクルマで来たのです。新潟まで走って夜行フェリーに乗船。けさ小樽に着いて、ここまで来たそう。トランクにはキャンプ道具がこれでもかと積んでありました。稚内へ行った後は、道東を野営して回るとか。たくましいのう。


バスまでまだ1時間近くあったので、「ダルマ駅」を見に行くことにしました。ダルマ駅は貨車や車掌車など鉄道車両を駅舎に転用したタイプ。国鉄民営化でたくさんの余剰車が生じたこと、北海道に同時期たくさんの老朽化した駅舎があったことから、特に道内で普及しました。台車も連結器も取り外されたから、気付いたら「ダルマ」と呼ばれていたらしい。音威子府の一つ北側、さっき通った筬島駅へ向かいました。


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さっきはメールを打っていて気付きませんでしたが、本当に車掌車だ! 無骨な鋼鉄にちょっぴりずれながら開いた窓。一時期あったコンテナタイプのカラオケボックスを思い出しました。


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中は座布団敷きのベンチもあって、地域でちゃんと管理されているよう。奥には便所もありましたが…怖くて開けられませんでした(^^; 待合室の中、結構虫がいて…。(別の方のホームページによると、当駅の便所は開けるだけで待合室内の空気が大変なことになるらしい。開けなくて正解でした) 大自然の宿命ですね。


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1922年開業。かつては貨物の積み卸し場まであった駅ですが、今では民家が数軒建つだけです。いや、豊富~音威子府を乗った感じでは人工的な建物があるだけマシなのかもしれません。少し湿っぽい風が吹くホームで、しばらくたそがれました。


そういえば駅舎と好象カーが一緒に写ったスナップ、実はこれが貴重な一枚となったのです。




再び音威子府駅へ。バスまでまだ30分以上あったので建物の中にある天北線資料室を眺めることにしました。


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北海道開拓が進む中、鉄路も少しずつ道北へ伸びていきました。「天塩線」として旭川から建設がスタート。1903年には名寄までつながりました。日露戦争中は工事が止まったものの、戦後は新たに領有した南樺太とをつなぐ連絡線としての使命も担うことに。12年には音威子府まで開通し、さらなる延伸を計画することになりました。


ここで日本海側を目指す現在の宗谷本線ルートと、オホーツク海に出る天北線ルートの2案が浮上しました。どちらを優先すべきか。宗谷本線ルートには天塩川の水運が既にありました。一方で天北線側は開拓地が点在するのに交通手段がない。そこで天北線ルートで建設することになり、22年、稚内(現・南稚内)まで鉄道網が完成しました。当時は宗谷線を名乗っていました。


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ところが、26年には距離も所要時間も短い宗谷本線ルートが開業。わずか4年でメーンルートの座を奪われ、30年には「北見線」に名を変えました。太平洋戦争の戦況が悪化したときでさえも、樺太連絡のおかげである程度の本数を維持。61年には「天塩国」「北見国」から頭文字を取った「天北線」になり、急行「天北」の運行も始まりました。日本の最果てにふさわしい線名は戦後生まれだったのです。


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しかし過疎化の波には勝てませんでした。利用者は減少の一途。道路事情の問題もあって国鉄改革のさなかも廃止をまぬがれ続けましたが、民営化後の87年、ついに廃止になりました。現在は稚内に本社を置く宗谷バスが廃止代替バスを走らせています。


そして、バスでさえ国鉄天北線のルートをたどれなくなるようです。2009年3月に稚内市がまとめた「稚内市地域交通総合連携計画」に、市が2010年度、バスルートを天北線経由から宗谷岬経由に変更する方針が記されています。稚内市・猿払村境区間の利用が芳しくないため。つまり天北線跡を公共交通でたどれるのは本年度が最後なんです。旅人達の脳裏に深く刻まれた天北線の記憶を少しでも共有したいと思い、今回の旅に天北線バスを組み込みました。


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当時の鉄道用品や写真を見て目を閉じると、たくさんの人が行き交った頃の音威子府が思い浮かびます。でも目を開けるとぽっかりと空白になったホームがあるだけでした。


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最近の「鉄道ブーム」にのっかって、こんなポスターがありました。


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auもよく調べたなあ。まあそれなりに鉄道好きが来ると見込まれているうちは、まだ大丈夫だと信じたいです。




ここから総裁はバスで、好象はマイカーで稚内へ向かいます。到着後はロシア料理で一杯やることに。国道40号を通るので、途中の「道の駅なかがわ」でカントリーサインマグネットを買っていただくようお願いしました。趣味を理解してくれ、「自分もバスに乗りたい」ではない人って本当にありがたい。旅行バックはクルマに預け、コンデジとメモセットだけの身軽な出で立ちになりました。(ここで天北線時刻表を入れなかったことを後で後悔しました)


外には14:50発と16:18発の小石行きがスタンバイしていました。赤と白のシマシマなので広島バスを彷彿とさせますね。事前の調べでは観光タイプも路線タイプも走っているそうで、きょうはアタリ日みたい。ここから長い時間乗りますので。


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そして駅前のバス停は、東急グループらしく東急バスと同じ型枠でした! 宗谷バスは旅から帰った後の09年10月、東急グループではなくなりました。東急が宗谷株をファンドに売却したため。このバス停が過去のものになる日が来るかもしれません。


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音威子府駅には宗谷バスの発券窓口があります。札と小銭をジャラジャラ運賃箱に入れるのは大変なので、ここで乗車券を買うことにしました。「さるふる公園前まで」と言うと、台紙に「音威子府ターミナル」「さるふつ公園前」ゴム印で押して日付などを書き、即席乗車券が完成。何ともアナログです。でもこれが一番早くて効率的なんですよね。


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音威子府~稚内の直通便は1日3本のみ。昼前の次は18:05発で、その間2本は稚内市の手前・小石までの区間便です。夕方まで待ってもいいのですが、それではあまりに芸がないし、夜は写真が撮りにくい。割高になるのを覚悟で、小石行きに乗って途中下車することにしました。


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立ち寄り先に選んだのが日本最北の道の駅「さるふつ公園」。村営温泉併設で、何とか3時間過ごせると考えたからです。音威子府からオホーツク海へ出る途中に道の駅「ピンネシリ」もありますが、「さるふつ公園」の営業時間の都合で、2つのうちのどちらかしか立ち寄れません。「最北」を優先し、ピンネシリは泣く泣く下車地から落としました。


発車時間が近付き、バスがやって来ました。好象に見送られて出発です。また7時間後に会おう!


8.音威子府14:54→17:00さるふつ公園前(宗谷バス)小 石 行

(運賃は2260円)




時間ギリギリになって発券窓口の裏口からウテシが走って出てきました。向かいの家の犬に吠えられながら乗車。総裁のほか、大学生っぽい女子2人も乗ってきました。ウテシに中頓別までいくらか聞いています。どうやら合宿か研修へ行くみたいで、ウテシに手伝ってもらい大きな荷物を積み込みました。


再びウテシが何かを取りに発券窓口へ戻り、少し遅れての発車になりました。扉が閉まると「発車します。ご注意下さい」と少ししっとりした合成音声。最北端のバス会社ですが機材は沿岸バスより進んでいるようです。


次のバス停は「北線」。いきなり停留所間隔が開いているらしく、運賃表は260円スタートです。国道に出て最初の角を右折、宗谷本線をくぐったら、本当にあっという間に集落が終わってしまいました。雨上がりで、もくもくと霧が立ち上る山々。少し神秘的な眺めになった谷を縫うように国道275号(頓別国道)が続きます。牧草地すら途切れそうな場所に北線バス停がありました。茂みの向こうに家があるのかなあ。


上音威子府を過ぎて天北峠越え。ぐねぐねした登り坂をぐいぐい登っていきます。そんな中、「上音威子府こ線橋」とう標識を発見しました。ローマ字表記もある、明らかに廃線後に建てられたタイプ。こんなところで記憶は継承されていました。何か痕跡が残っていないか目を凝らすと…少しだけ茂みの丈が低い一本の道筋が。恐らく線路跡でしょう。しかし、確信を持てないぐらい自然に還っていました。


車内アナウンスが「次は秋田入口」と3つめのバス停名を告げると、音威子府からの運賃はもう570円になりました。北線からでも320円。鉄道並みの間隔ですが家はおろか、人工的な建物が何もないのだから仕方ないのでしょう。15:05、天北峠のてっぺんで中頓別町に入りました。


中頓別町に入ると急な下り坂に。右に左にカーブするうち、最前列席下に置いた女子の荷物が出入り口ステップに落ちてしまいました。慌てて拾おうとする女子に「そのままでいいですよ。どうせこの先乗ってこないから」とウテシ。実に大らかでイイ話ですが、裏返せばローカルバスの厳しい現実を突きつけています。


坂を下りきってようやく集落が見えてきました。小頓別で左に曲がり旧天北線駅に建ったバス乗り場を回ります。かつては歌登町営軌道との乗換駅で、木材を運び出すため多くの側線がありました。今はバスロータリーと広い広い公園です。駅の看板だけ残っていました。


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上頓別あたりでようやく日が差してきました。牧草地の雨露が輝き、大地全体を明るく照らします。神々しくきらめく車窓に女子達も「きれい」。旧国名由来とはいえ「天北」とは上手くつけたもので、上り坂を進むといつか天に昇れそうな感覚になりました。


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坂を登り切ると両側に駐車場が広がる一角に出ました。道の駅「ピンネシリ」です。ここで少し時間調整。カントリーサインを買いに行きたい、という誘惑にかられますが、道の駅とバス停が少し離れているので断念です。バス停の銘板が取れかかっていました。日帰り温泉兼ホテルがある中頓別町の観光地ですが、オートキャンプ場があるぐらいクルマが主役の場所。バスは脇役扱いのようです。


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発車すると一転してゆるやかな下り坂に。車窓には、真っ白いビニルに包まれた枯れ草ロールが点々と続きます。ごろんとした形はダンゴムシを思わせます。


「次は周麿」とアナウンスが流れ女子から笑いが起きました。珍しいし、思わず「おじゃる」と言いたくなる変わった地名だからでしょう。「さっきの敏音知(ピンネシリ)といい、アナウンスがないと読めないよね」。そう、北海道のバス旅はバス停ごとの地名クイズなのです。


松音知1号線でチャリに乗ったおじさんが横を走っていきました。このバスに乗って初めての通行人です。女子も驚いたようで「最初牛かと思った」。…ホント、いいリアクションをする人たちです。「中頓別町って日本一広い町らしい」なんて大嘘を話していたので道外の人かと思いましたが(日本一広い町は足寄町)、セイコーマートを「セコマ」と略していたので、どうも道産子みたいです。札幌あたりに住んでいると道北は県外感覚なんかなあ。


共進会場前の先でようやく中頓別の市街地が見えてきました。ウテシの予言に反して長寿園前におばあちゃんが立っていたので、初めてのバス停停車。車外に「左に曲がります。ご注意下さい」の合成音声が響きました。女子が荷物をどけて、おばあちゃんが最前列の優先席に座りました。


長寿園前の先で右折。半分シャッター通りながらちゃんとした商店街があり、子どもが歩いていたりします。総裁は意外に街だなあと思いましたが、女子たちにとっては想定外だったらしく「ひゃあー」と悲鳴。「ここが(確かに)中頓別よね?」と顔を見つめ合っていました。


音威子府を出るとき、見送りの人に「また5日後ね」と話していたので、5日はここで生活しないといけません。帰りのバスでどんな感想を話すのでしょうか。中頓別バス停で、ウテシに手伝ってもらいながら荷物を下ろして降りて行きました。音威子府からここまでほぼ50分。


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ペンションみたいな、とんがった屋根が印象的な宗谷バス「中頓別ターミナル」。ご多分に漏れず、天北線廃線後の駅跡に建ちました。ターミナル周辺とロータリー以外は特に区画整理されておらず、今も駅前の趣を残しています。ネット上の写真を見る限り、旧駅のコンクリ駅舎も幾何学模様の窓があってなかなかの味わい。でも、バスは絶対に残そうという意気込みが先に出たのでしょう。手入れされた鉢植えの花々に、今も残る強い思いを感じました。


ターミナル2階は天北線のミニ資料館だそう。構内は天北線メモリアルパークという公園になりました。かつて天北線を駆け抜けたキハ22が今もたたずんでいます。ゲートボール場の休憩室になっているそう。今も昔もみんなが顔を合わせる場になっている-野ざらしで朽ち果てる車両がある中で、キハ22にとっても本望でしょう。(もちろん動態保存が一番幸せなんでしょうけどね)


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この記事に対するコメント

前回のコメントの返信をこちらに出すのは失礼かと思いますが、ブログの更新を楽しみにしています☆
お礼に(?)ウチのブログ(3月9日)に音威子府の画像をちょこっと載せました。私もバス好きな人なので楽しみにしています。

URL | くまかん #-

2010/03/09 18:45 * 編集 *

音威子府の写真、早速拝見しました。現在の少し寂しい眺めしか知らない当方にとってはとても新鮮で、PCの前で思わず「おお!」と歓声を上げてしまいました。きょうから面倒くさい仕事に入るので更新が鈍りますが、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

20日が仕事なのが無念でなりません。21から2連休なのにーーー!!!!

URL | 総裁@管理人 #-

2010/03/10 12:44 * 編集 *

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