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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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北海どうでしょうⅡ 20 

8.音威子府14:54→17:00さるふつ公園前(宗谷バス)小 石 行

(運賃は2260円)




最初の遅れはもう取り戻したようです。バスは2分ほど時間調整して発車。長寿園前から乗ってきたおばちゃんは、中頓別ターミナルの次、旭台入口で降りていきました。総裁の貸し切り状態がスタート。ここで中心部は終わり、あっという間に街並みが途切れました。


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そして「次は自動車学校前」のアナウンス。こんなところに!? あまりにもびっくりしたので家に帰ってから調べたら、全国でも珍しい「町立」の教習所らしい。ほかの教習所はバスで3時間かかる稚内か、100km以上離れた名寄、紋別にしかありません。中頓別はちょうどエアポケットになっています。クルマがないと間違いなく生きていけない地域。民間ではとても採算が取れないが、地域の生活を守るため町がお金を出しているというわけです。


日曜日なので休みなのか、構内はがらんとしていて隅に除雪車が3台止まっていました。町内に信号機は数えるほどしかないので、ここで免許を取っても都会に出たら苦労しそう。でも雪道にはものすごく強くなりそうです(^^;


さらに次のバス停が「スキー場前」。中頓別では遠くまで行かなくても、中心部から徒歩圏内にあるのです。広島とはまるで感覚が違います。ここで再び北緯45度を通過。「寿」というめでたいバス停を境に家も途切れました。


ここで気付きました。バス停に貼ってあるのが、主要バス停だけ記した路線時刻表なんです! 宗谷バス公式サイトでダウンロードできるアレ。


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つまり、今いるバス停発の時刻がアバウトにしか分からないのです! 猛烈にエリアが広いので仕方ないかもしれませんが、せめて町別に作るとかもう少し親切にできないものですかねえ。冬場は半端なく寒い地域なので「早めに出て待っておこう」が少し減るだけでもだいぶ楽になると思います。


トンネルと峠を1つ越えたら浜頓別町に入りました。「浜」の字が付くぐらいなのでオホーツク海沿岸の町だと思っていましたが、意外と内陸まで町域が広がっているようです。


間もなく中頓別町内の地名と同じ「下頓別」地区に。こちらは平地が広い分、陽が良く当たり、中頓別側より気持ち明るい感じを受けます。「山村留学集落」なんて看板や寄宿舎らしき平屋が見えました。下頓別は集落120戸中80戸が地元の推進団体に参加し、地域ぐるみで山村留学を呼び込んでいるそう。特に家族ごと移住するケースを推していて、定住の意思があれば土地100坪を無償提供。町から3年間月3万円の補助金が出るらしい。心が揺らぐ方、結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。


もっとも浜頓別町は財政健全化団体入りするなど家計が火の車の状態。留学への補助金が議会でやり玉にあげられたこともあり、先行き不透明です。下頓別の場合、町以上に地域がイニシアチブを取っているようなので少々のことなら大丈夫と思います。しかし、学校統廃合があった場合には留学制度自体が成り立ちません。地域の活気ある存続が薄氷の上に成り立っていることを痛感します。


下頓別を過ぎ、車窓には再び牧草地が続きます。旅の疲れと車内のほどよい温度に、ついついウトウト。と、好象から電話がかかってきました。ん? バスに乗っていることは分かっているのに、メールじゃなくて電話?


「もしもし、事故を起こして大変なことになっているんだ。雄信内のあたり。道の駅に寄ったすぐ後に」


!!!!!!!


半分寝かかっていたこともあり、一瞬思考が止まりました。そして「事故を起こして」が気になってすぐに聞き返しました。


「相手はいるのか?」「いない」「けがは?」「今のところは大丈夫」


どうやら単独事故で、体は大丈夫なよう。何より携帯で電話ができています。救急車で運ばれている最中や病院で治療を受けているなら電話どころではありません。命にかかわったり、相手がいて裁判沙汰になるようなことにはなっていないようです。ひと安心しました。


どうやら最悪の事態ではないらしい


時刻表を思い出します。確かあと20分後、16時半前には浜頓別ターミナルで休憩があります。貸し切り状態とはいえ、車内で通話を続けるのはちょっと。いま警察を呼んでいて、しばらく事態は動きそうにありません。山中で電波も途切れがち。浜頓別でかけ直すことにして、いったん電話を切りました。


メールで対処法をアドバイス。事態が動いたら連絡を入れるよう打ちました。


下頓別4町内を過ぎると、ゆるやかな下りが急に。ぐねぐねした坂で一気に山を駆け下ります。農試住宅前でなだらかな道になり、一気に家が増えました。浜頓別の中心部です。浜頓別高校を過ぎた直後に音威子府行きとスライド。時刻表を持っていればこの便があることが分かって、音威子府に折り返せたのですが…後の祭りです。広い広い歩道がある、まるで新興住宅地みたいな街路を抜けて16:12、浜頓別ターミナルに着きました。


かつて国鉄天北線と興浜北線の乗換駅で、現在も枝幸行きバスとの接続場所。町立図書館が入居しているとはいえ、立派を超えて「威容を誇る」と言うべき建物です。天北線が廃止になったバブル期の名残を感じました。町の人が遠くへ行くハレの場所だけに気合を入れたのでしょう。音威子府同様、発券窓口もありました。


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早く着いて良かったと思いましたが、帰宅後に時刻表を見るとこれが定時。人間の記憶ってあいまいですね。


好象に電話すると、保険会社を通じてレッカーを頼んでいるそうです。場所が悪くなかなか応じてくれる業者がいないよう。レッカー? 念のため聞き返すと、


クルマが大破して自走不能らしい。


物損事故とはいえ結構オオゴトです。このときやっと状況を理解しました。心細いだろうから早く合流したい。さっきの音威子府行きに乗れれば…。時刻表をクルマに置いてきたことが悔やまれます。


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レッカーは稚内か名寄から呼ぶことになるみたい。稚内だとこのまま旅を続ければいいが、名寄だと戻らないといけません。バス停の時刻表を見ると、次の音威子府行きはさるふつ公園前18:08→浜頓別18:59までなし。


とりあえず名寄になっても稚内になってもいいように、予定通りさるふつ公園へ行くことにしました。折り返すとして、さるふつ公園も浜頓別も結局同じバスになります。現場の場所を考えると稚内からレッカーが来る可能性が高そうですし。






3分ほど止まって16:15に発車。ターミナルを出ると商店街です。中頓別と違い、ほとんどの店が開いて活気がありました。クッチャロ湖など見どころもあるので旅館もちらほら。ちなみに100年前、町内のウソタンナイ川で砂金が発見されたころは全国各地から4000~5000人、一部説では1万人以上が浜頓別に殺到し、日本版ゴールドラッシュの様相を呈したそうです。


街中で左折して宗谷岬へつながる国道238号(宗谷国道)へ。大通り3丁目を過ぎて川を渡ると、もう家並みが途切れました。と、北見ナンバーの軽自動車が追い越しをかけてバスの前へ強引に割り込んできました。女子を助けるなど温厚そうなウテシでしたが、一気にスイッチが入ったらしい


まずは激しくクラクション。5回、10回じゃあ済みません。ハンドルの丸い部分を叩きまくり。ウトウトしかけていましたが、一気に目が覚めました。次は猛烈なパッシング。巧みなフィンガーテクでライトレバーを操ります。


軽乗用車も最初はブレーキを踏むなど抵抗したようですが、最後は逃走。去り際、さらにクラクションを連発しました。広島の赤いバスもよくワヤをしますが、それをはるかに超える壮絶バトル。それまでののんびりムードが一転、ガクガクプルプル (((( ;゚Д゚)))) モードになりました。バスとケンカしちゃあいけません。


軽乗用車が見えなくなると、まるで何もなかったようにバスはゆっくりとした走りに戻りました。どこまでも広がる牧草地と湿地。その真ん中を国道がまっすぐ伸び、まるで洋画のワンシーンみたいな、突き抜けた眺めです。オロロンラインとともにライダー、チャリダーに愛される理由が分かります。普段いかにせせこましい場所で生きているかを思い知りました。


16:25に日本最北端の村、猿払村入り。間もなく飛行場前というバス停がありました。ただっ広い草原だけがあり、とても空港があったようには見えない。このときはバブル期に流行った農業空港の跡地かと思いました。


帰宅後調べると太平洋戦争末期に陸軍が飛行場を建設したんですね。多くの朝鮮人・中国人労働者が劣悪な環境の中で命を落としたといいます。飛行場自体はほとんど使われることなく役目を終えたそう。1955年に天北線の仮乗降場(当初は駅ではなかった)を設ける際、周囲が原野で何にもなかったので「昔の名前」を引っ張り出しました。駅は廃止になりましたが、バス停名として残り、悲しい歴史を今に伝えます。あえてか、成り行きかは別として、改称しない宗谷バスに見識を感じました。


飛行場前と同じく天北線の駅があった浅茅野にさしかかると牧草地がいったん途切れ、十数軒の集落が見えてきました。商店もあります。と、道ばたに道警パトが止まっていました。見ると、誰かがクルマをトラクターで畑に引っ張り込もうとしています。警官はトラクターに向かって何か叫んでいます。何だったんだろう…?


うーんと考えるうち、オホーツク海沿いに出ました。海と反対側には吹雪避けが連なるように。浜猿払で久しぶりにあった信号を左折し、いったん国道に別れを告げます。あれ?どんどん山側に行くんだけど…。確かこれから行く「さるふつ公園」って海沿いなんだけどな。「?」がいっぱいアタマに浮かびます。もしかして客がいないから猿払村の中心部までショートカットするんかな?


疑問はすぐに解けました。何もない林の中を10分ほど走行。急に集落が現れて猿払バス停に着きました。


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このやたら広いロータリーは…天北線の駅跡! 廃止代替バスなので駅があった場所まで遠回りしていたのです。さらに言えば途中からは線路跡を転用した道路を走っていました。すぐには海沿いへ戻らず、駅があった芦野も経由。ちょっと恐い響きの猿骨で国道に戻りました。運賃表が2260円になって、ついに「さるふつ公園」到着です。音威子府からたっぷり2時間。日が暮れかかっていました。


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まずは日本最北端のカントリーサインマグネットを買いました。オフィシャルの売店らしきものがなく、どこで買えるのかなあと探したら管理事務所の窓口にありました。


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せっかくここまで来たので海の方へ行ってみました。


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ビョウビョウと風が吹きつけ、ザーッと大きな音を立てて波がブロックにぶつかります。暗くなって気温も下がったからでしょうか、9月だというのに、海は冬のにび色に染まり始めていました。ツーリングサイトを見ると、夏の昼間は一面コバルトブルー。人間同様、海にも色々な顔がある。北の果てに来て実感することができました。


海が一番怖い表情を見せる真冬の夜、一隻の貨客船が当地沖で座礁、沈没しました。ソ連の「インディギルカ号」。1939年12月12日未明、暴風雨に巻き込まれ、宗谷岬の位置を見誤り、漂流した末の悲劇でした。猿払村総出で救出にあたり429人を助けましたが、700人以上が死亡したといいます。村の人々が後年慰霊碑を建てました。国境を超えた助け合いのシンボルになっています。


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歴史学者・原暉之氏の調べでは、インディギルカ号はシベリアの強制収容所にいた人たちを送還していたらしい。苦しい労働に耐え、やっと戻れると思った矢先のできごと。亡くなった人たちの無念を思うとやりきれません。




好象に電話しました。


警察の実況見分は終了。レッカーは名寄から来ることになったそう。稚内の方が近いので意外でした。距離がかなりあるので、到着は19時過ぎになるそうです。名寄に着いて手続きなどをしたら21時前。


とりあえず南へ戻ることが決まりました。折り返しのバスに乗れば音威子府には20:23に着きます。ところが時刻表にある接続列車は20:53発の稚内行き特急だけ。もしかして名寄へ行く列車はもうない? となると別手段で名寄へ出ないといけません。アタマをフル回転させて…そうだ、浜頓別から枝幸、雄武とバスを乗り継げば興部から名寄行きがあったはず。好象が乗ったレッカーを音威子府で待たせるのは申し訳ない。広島支部長に電話してJRのダイヤも含めてネットで調べてもらいました。


結果はすべて×。浜頓別から枝幸行きはあるものの枝幸から先の最終バスには間に合わない。枝幸から小頓別方面へのバスも同様。そして音威子府から南へ行く列車もない。仮にさっき浜頓別に着いた段階で南へ行っても、結局雄武で行き詰まってしまう。稚内行きは20時すぎまでなく、稚内に22時に着いても名寄へは向かえない。うーん。


結局、レッカーに便乗させてもらえるよう好象に頼んでもらうことにしました。1人ぐらいなら何とかなると信じて。自分のことで大変だろうに、すまん。あと音威子府20:53の特急に乗れない=稚内にきょう中に着けないことが確定したので、予約していた稚内のホテルをキャンセルしました。


と、一通り段取りが終わって時計を見ると音威子府行きのバスまでまだ40分あります。音威子府は駅そばぐらいしか食べ物屋がありませんでした。駅そばは確か夕方で閉まるはず。ヘタすると名寄に着くまで何も食べられません。道の駅で食事をとることにしました。


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ホタテフライ丼!
 猿払はホタテが名産。安定した漁業収入があることから、過疎地にも関わらず人口が増えているそうです。一つ一つのホタテがとっても大きくて食べごたえがありました。さすが産地。そぞろな気持ちにもしっかり染みるおいしさでした。
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この記事に対するコメント

本当にすみませんでした

先ずは改めて、総裁の貴重な旅程を乱してしまい、大変申し訳ございませんでした。

あの事故を思い出すと、よく命があったものだと。相手もいなく単独で済んだのは不幸中の幸いだったとしか言いようがありません。

あれから車で旅する時は必ず充分休憩し、無理な予定をたてないようにしています。

一緒に稚内で飲みたかったなあ…

URL | 好象 #-

2010/03/18 00:20 * 編集 *

無問題

謝ってもらうなんて申し訳ない。こちらこそBLOG掲載を了解していただいてありがとう。結果的に事故があったからこそ、再び、それも真冬の道北へ行くチャンスが得られたから。逆に感謝したいぐらい。稚内で飲む機会は失ったけど、友人を失わなくて済んだ。それが何よりだと思う。

乗り物好きが組んだ計画だから上手く行って当たり前。アクシデントがあったときどう取り返すかが腕の見せ所でっせ(・∀・)

URL | 総裁@管理人 #-

2010/03/18 03:22 * 編集 *

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