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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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北海どうでしょうⅡ 21 

9.さるふつ公園前18:10→音威子府20:20(宗谷バス)音威子府行

(運賃は2260円)



今回も観光型かと思いきや、路線タイプのクルマがやってきました。広電が大量に導入した日野ブルーリボン。広電とシマシマの色が違うだけなので、妙に親近感をおぼえます。(写真は浜頓別ターミナルで撮影。なので外が真っ暗になっています)


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見た目こそ路線タイプですが、さすがに中はリクライニングシートが並んでいました。前の4,5列だけですが補助席もあります。登校時間はかなり混み合うのでしょう。このバスが音威子府発朝イチの便になるはず。乗り降りしやすさや定員を考えて、路線型を音威子府行き最終に充てているのかもしれません。稚内から音威子府まで通しで乗る人には気の毒ですが…。きょうは中学生ぐらいの女子と、おばちゃんが乗っていました。


オホーツク海はさらに暗さを増し、夏の名残をすべてのみこもうとしていました。


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猿骨で国道を右折して内陸へ。芦野で完全に日が暮れ、あたりの牧草地もオホーツク海と同じ群青色に染まってきました。浜猿払で再び国道に戻ると、矢羽根の赤と街灯のオレンジに道路が包まれていました。浅茅野で女子が下車。両替してから運賃箱に硬貨をジャラジャラ入れていました。稚内からなら2010円で2時間。猿払村の中心部・鬼志別からでも50分かかります。自然に恵まれているといえば聞こえは良いですが、広大な北海道ではちょっとした買い物も大変です。


そして何と、あの「飛行場前」でバスを待っているおじちゃんがいました。紙袋を持っていて、仕事か用事の帰りといった感じ。通学、通院と観光ぐらいしか利用がないと思っていましたが、ちょっとそこまでの人も使うんですね。


それ以外、国道238号では止まることなくずーっと一定速度で走り続けました。融雪剤でサビやすいですが、加減速がほとんどない分、バスにとっては実に優しい道。走行距離の割に長持ちするわけです。経営事情もあるとはいえ、かなり年季が入ったこのクルマも現役ですし。


行きと同じルートなのでメモることも少なく、気付いたらぼんやりしていました。ふと横を見たら暗闇の中から飲み屋の看板が浮かび上がってきました。浜頓別の街中に入っていたのです。明かりのついた店は少な目で、昼に比べてちょっと寂しい印象。18:56、今回も定時に浜頓別ターミナルへ着きました。


飛行場前からのおじちゃんはここで下車。代わって桃井かおり似の女性がおじいちゃんに見送られて乗ってきました。タバコを吸うため降りたら「18時59分発音威子府行きです」とアナウンスが流れました。夜ですが券売所の女性が残っていて、放送しているようです。鉄道は消えましたが、駅の風情は今も残っていました。


ここで再び好象に電話しました。まだレッカーは着かず。近くの工場の人が気の毒がって休憩室に入れてもらえたそうです。支えになってくれる人たちがいて良かった。


3人で浜頓別を発車。寂しい旅路になるなあと思いきや、浜頓別高校で男女6人が乗ってきました。ジャージーも私服もいます。部活の練習、買い物…バス通仲間が日曜も集ったよう。車内がにぎわい、少しホッとしました。真っ暗な峠をぐいぐい登って行き、下頓別で桃井かおり似の女性が下車。さらに走って遠くに明かりが見えてきて中頓別到着です。ターミナルで生徒1人、本通で3人が下車。長寿園前で生徒1人と、元々乗っていたおばちゃんが降りました。


中頓別の中心部が終わり、車窓がまた真っ暗になりました。オレンジ色に変わった矢羽根に導かれるようにバスは右へ左へカーブを駆け抜けます。20分以上走り、豊平入口でようやく最後の生徒が下車。総裁の貸し切り状態になりました。音威子府まであと21km。時刻表では30分の距離です。


20:05、音威子府までの最後の集落である小頓別を通過。バスは一気にスピードを上げました。音威子府村に入ってからのぐねぐね道も手慣れたハンドルさばきで走り抜け、遠くに宗谷線のガードが、家が固まっている場所が見えてきました。光こそ弱々しいですが、確かに音威子府です。思わず笑顔になりました。


昔は人口が多かったとはいえ、集落以外が真っ暗なのは同じだったはず。光る矢羽根なんてなかったでしょうから、もっと暗かったかもしれません。国鉄天北線の利用者はどんな思いで目的地到着を待ったのでしょうか。音威子府や稚内の明かりを見たときの喜びは今以上だったでしょう。バスと列車。旅情は随分違いますが、国鉄天北線を半分部ぐらいは追体験できたと思います。




駅舎には20:53発の稚内行き特急に乗る人、降りてくる客を待つ人が5,6人いました。さらに札幌発枝幸行きの都市間バスがほぼ満席で到着。日曜日なのでみんな札幌へ買い物に行ったのでしょう。音威子府駅は昼間以上のにぎわいをみせていました。鉄道の便も客も係員ももっと多かった時代、いつもこんな感じだったのかなあ。


枝幸行きが発車すると、今度は天北線の小石行きバスが駅前に止まりました。枝幸行きバスと稚内行きJR特急に接続。鉄道が廃止になってもダイヤがちゃんと生きているのです。しかも鉄道時代は浜頓別止まりだったのが、猿払村の小石まで延びています。終点小石着は23時半前で、人口規模から考えると猛烈に遅い時間。廃止から20年余、よくぞここまで残してくれたと思います。総裁が乗って少しでも路線維持の足しになればうれしいのですけど。


20:53、轟音とともに特急スーパー宗谷3号が滑り込んできました。


近未来的フォルムと力強さを併せ持つ、田舎の小さな駅には不釣り合いな列車から4,5人が下車、天北線バスに吸い込まれていきました。ガガガガガと腹の底に響くエンジン音をぶちまけて特急が発車。バスも間もなく発車しました。宗谷本線の主役からバトンを受け、一直線に天北峠の闇を切り裂く小石行き。鉄道時代と変わらず街の営みと希望をつなぐ姿に、スーパー宗谷に決して劣らないたくましさを感じました。天北線バスは今も鉄道のDNAを宿していました。


そして誰もいなくなりました。幸い駅の電気はついたまま。宗谷バスの事務所にまだ人がいるようです。しかし駅舎内は明かりを求める虫が入り込んで落ち着きません。外でレッカーを待つことにしました。昼間宗谷バスのウテシに吠えた犬は眠れないらしく、所作なさげに小屋のあたりをぐるぐる歩いています。ちょっと落ち着きがないけど、静まりかえった駅前では総裁唯一のパートナーです。


最初文庫本を開きましたが、かなり読み進んでいたため、あっという間にラストページ。少しボーッとしてみることにしました。


駅前の家は明かりが付いていますが、会話もテレビも音もしません。北海道の家は寒さに備えて壁や窓が厚いからでしょう。国道40号(宗谷国道)が通っていますが、クルマはなかなか来ません。道北は音のない世界なのだなと思いました。


しかし、一服してふーっと息を吸い込むと…風の音がしてきました。ブンブンと虫の営みも、天塩川の流れも耳に入ってきました。音の世界なんてとんでもない。自然はかくも重厚なハーモニーを奏でていたのです。都会では主旋律となるクルマの音も、ここでは完全に伴奏。広島にいる時より聴覚が鋭くなった気がしました。


携帯をいじろうと尻ポケットから取り出したら、ストラップの一部が取れてなくなっていました。一瞬しまったなあと思いましたが、道北に足を踏み入れた証しが残せたと考えれば気にならなくなりました。と、一台のクルマが音威子府の駅前広場に入ってきました。好象カーを載せたレッカーです。21時を過ぎていました。作業は思った以上に難航したようです。




クルマはボンネット部分が大破。ぐちゃぐちゃになっていました。これでケガがなかったことが奇跡。好象が無事で本当に良かった。胸が熱くなりました。総裁が乗って、いざ名寄へ出発です。


音威子府で別れてからの話を聞きました。まっすぐ宗谷国道を北上。道の駅なかがわでカントリーサインマグネットを買っていただいた後、不意に眠気に襲われたそうです。早朝小樽に着いてから運転しっぱなしだから無理もありません。そして一瞬意識が飛んだ次の瞬間、目の前にガードレールが迫っていたそうです。こちらの都合で約束時間を設定してしまったために、疲れさせ、事故を起こさせてしまいました。「すまん」。ひと言発するのが精一杯でした。


好象は黙りこくってしまいました。長年乗ったので1,2カ月後には廃車にする予定だったらしい。でも突然「その日」が来れば、誰だって凹みます。車内が重い沈黙に包まれました。


ここで総裁がすべきこと。そう、好象とともに前を向くしかありません。まずはこの沈黙を破らないと。それに名寄で泊まる場所を探さないと。音威子府で待っている間、携帯の楽天トラベルで検索しましたが、大都市でも観光地でもない名寄だとほとんどヒットしなかったのです。


レッカー業者さんは2人で、1人が社長で1人が若手の社員。社長さんに「泊まるところ、どこかありますかね?」と水を向けたら、部下に問い合わせてくれました。こちらも広島支部長に頼んで一覧をメールしてもらったりして、条件のすり合わせ。小ぎれいで朝食が付いているホテルに決めました。


ホテル談義がきっかけで、社長さんと色々お話することができました。冬場になると救助が大変で、社長さん曰く「命がけになるケース」が出てくるから、民間保険会社の手配を受けないことにしている整備工場が多いそう。でも誰かが助けてあげないとと思い、社長さんの会社では申し出を受けています。きょうも夕方まで仕事をしてから駆け付けてくださいました。「やっぱりJAFに入っておいた方がいいよ」。説得力があります。


このほか、昔業界の集まりで広島へ行かれた思い出、道路整備が進んで旭川は素通りして札幌まで出る人が増えたといった話…とにかく会話を絶やさないようにしました。旭川云々の話は相当深刻だったようで、2010年に入って宗谷バスが稚内~旭川線の廃止を打ち出しました。


電気自動車の未来について話すうち、名寄の街が見えてきました。業者さんはてっきり小さな町工場かと思っていましたが、結構大きな会社でした。9月上旬だというのに少し底冷えする工場に入庫。好象があすの手続きについて話を聞き、22時すぎに工場を発つことになりました。何と、社長さんにホテルまで送っていただきました。本当にありがとうございました。




ホテルは学生向けマンションみたいな造り。中は暖炉付きの広いロビーがあって、もしかしたらカラオケボックスを転用したのかもしれません。部屋を遊ばせるよりはいいやと思ったのでしょう、シングルの料金でツインに泊まれました。風呂、トイレ別々で総裁のマンションより広い部屋でした(笑)


と、隣の部屋に陣取った好象が小さな包み紙を持ってきました。


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カントリーサインマグネット!! まさかこんなことになるとは思わずにお願いした一品。ありがとう。


このまま寝ては湿っぽくなるだけです。「よし、飲みに行くぞ!」と好象を引っ張って勢いよく出発しましたが…街自体がそんなに大きくない上、日曜の夜。ほとんどの店が開いてなく、チェーン系の店も23:30ラストーオーダーです。これは参ったなといったんホテルに戻って、フロントに聞いてみました。部屋に姉妹店の焼鳥屋を宣伝する紙がありましたし。


姉妹店は日曜休み。でも、別のお店を紹介していただけました。フロントの人が電話すると日曜も大丈夫とのこと。店は入口のカウンターこそ狭いですが、すぐ奥に広い広い座敷があって、まるで田舎の民家のようでした。初老の夫婦が切り盛りしていて、頼めば何でも作ってくれそうな気さくな感じ。学校や職場、サークルの人たちと飲み明かすにはうってつけな、生活圏にあれば重宝する店です。気持ちを切り替えて、あすに向かって乾杯しました。


会計のとき、ご主人と「日曜も開いていて助かりました」「ウチは年中無休なんですよ」と話していたら「××さん(総裁が泊まっているホテルの名前)は姉妹店があるのに、よくお客さんをウチに紹介してくれて。本当にありがたいんですよ。よろしくお伝え下さい」としみじみ語られました。


レッカー業者の社長、ホテルのフロントさん、そして居酒屋のご主人。真冬には氷点下30度近くまで冷え込む名寄。自然が厳しいからこそ人間どうし寄り添い、助け合って生きる。北の果ての「きずな」にたくさん触れ、そしてたくさん助けていただきました。また来ます、名寄。
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この記事に対するコメント

読んでいると・・・大変な状況の中で失礼乍ら、懐かしい景色が蘇って嬉しくなってしまいました。
住んだことはありませんが音威子府には知っている人も多く・・・バスが市街に入る前の文章のくだりを読んでいたら・・・上音威子府(出身)の友人を思い出しました☆

URL | くまかん #-

2010/03/18 21:41 * 編集 *

最大の褒め言葉

文章を書く人間にとって「景色が蘇って」は最大の褒め言葉。ありがとうございます。

仕事で中高生主体のプロジェクトに関わっていて、その参加者が先日、音威子府の村立高校に合格しました。美術・工芸系で有名な学校だそう。まさか広島で音威子府談義に花が咲くとは思いませんでした。一度でも旅した場所って、不思議なぐらい縁が深まりますね。

URL | 総裁@管理人 #-

2010/03/19 08:10 * 編集 *

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