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ゲリラ雪

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下道(かどう)会総裁が「よしなしごと」をゲリラ雪のように、書くときは大量に、書かないときは放置気味に記します

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高度成長期経由海行き 上京2 

芸備書房前店主の希望で東急多摩川線矢口渡に行ったり(前店主は安芸矢口在住。矢口つながりで一度行きたかったらしい)、個人的に明るい時間に見たかった田園調布駅旧駅舎を訪ねて再び蒲田へ。かつてはボロ電車ばかりだった旧目蒲線にもTV内蔵の最新型車両が入っていました。首都圏は進化し続けています。


一方で変わらない首都圏もあります。高度成長期の名残を訪ねて鶴見線を旅してみることにしました。実は以前チャレンジしましたが、思った以上に本数が少なく、ほとんど回れずに断念。今回こそはと思い、事前に時刻表とにらめっこしてきましたよ。


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蒲田から鶴見まで京浜東北線で2駅。鶴見線乗り場の手前には同じJRなのに自動改札がありました。古くは国鉄ではなく私鉄の鶴見臨港鉄道(現在の川崎鶴見臨港バス)が運営。その名残ともいえます。


鶴見線は当駅以外すべて無人。利用者のほとんどを占める通勤客は、降りる駅こそ違えど帰りは必ず鶴見に戻ってきます。なので今も専用の自動改札を置き、まとめてチェックしているわけです。逆に言えば無人駅どうしの行き来は完全に利用者任せ。通勤定期が多い路線だからこそできる、昭和の信用乗車制度です。


ちょうど止まっていた3両編成の扇町行きに乗車。座席の3分の1ぐらいが埋まった状態で発車しました。以前は103系でしたが、いまは全部205系。元は山手線、埼京線、総武線で1000人以上を乗せて疾走していた車両です。色々改造を受けましたが、シートは当時のまま。短くなってのんびり走る姿はまさに「老後」です。もしかしたら東京の大学に行った総裁が、かつて乗った車両かもしれません。お互い年を取ったなあ。


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20世紀最高の傑作ドラマ「西部警察」に主演された石原裕次郎さん。法要が営まれる総持寺が鶴見駅を出た先にあり、1942年まで本山(ほんざん)駅がありました。今もホーム跡が残っています。「あのころ」との出会いはもう始まっているのです。


横須賀、京浜東北、東海道、東海道貨物の各線を長い長い陸橋でまたぎます。カーブの途中でカント(遠心力がかかっても脱線しないように施した線路の傾き)がかかっているため、通過車両がバウンドする総持寺踏切もこのあたりです。住宅地に入ったら国道駅に着きます。高架下に住宅や飲み屋街がある、まるで戦前映画の世界らしいですが、あえてパス。次の鶴見小野駅で降りてみました。鶴見と工場を結ぶだけではない、生活路線としての鶴見線を見たいなと。


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降りてびっくり。JRではとんと見かけなくなった国鉄型駅名標でしたよ! よくぞ変えずに残してくれました。JR東日本にも「分かっている人」がいるんですね。


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出入口にはまだ舟形の改札ボックス(ラッチ)がありました。つい最近まで広島駅にもありましたが、首都圏路線の法が長くのこっているとは。基本無人駅ですが、住宅のほか高校が近くにあることから鶴見、弁天橋に次いで乗降客が多く、たまに駅員さんがやってくるらしい。


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トイレはきれいになっていましたが…ものすごい狭さ。総裁でもかなり窮屈な幅でした。


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最近でこそ撮り鉄が話題になっていますが、鶴見線にははるか以前から大きなお友達が集まっていたよう。こんな看板がありました。ここまで撮り鉄に特化した看板は珍しいです。この「危険」フォントほしい(笑)


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線路を見渡すと結構草が生えていました。


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都会の線路はしっかり除草していてこげ茶や灰色になっているイメージがありましたが、鶴見線は例外のようです。まあ昼間は1時間に1本ぐらいですし、視界の妨げになるような高い建物もない。地方のローカル私鉄と一緒です。鶴見小野駅を見て、以前バス旅がらみで訪れた岳南鉄道・吉原本町駅と趣が似ていると思いました。(このへん参照) 京浜東北線からたった2駅でこの雰囲気。首都圏の鉄道ファンを魅了するわけです。


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よく見るとJR横浜支社が作った鶴見線の案内マップがありました。沿線の見どころが分かりやすくてオススメです。このマップで浜安善の存在を知りました。縮小コピーしてチラシとして駅に置いたらいいと思いますよ>鶴見線営業所さま





次は鶴見線イチの有名駅、海芝浦を目指します。鶴見小野を出て首都高をくぐり、緩やかなカーブを曲がりきると弁天橋。左側には車庫とJRの鶴見線営業所がありました。もしJR東日本に勤められるなら山手線より鶴見線がいいなあ…などとずぼらな総裁は考えてしまいます。弁天橋を発車したと思ったらもう浅野。そう、鶴見線は平均の駅間距離が1.0kmに満たないのです。乗り遅れたら1駅歩けばいいさ。そんな気軽さも魅力です。


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浅野で本線と分岐して運河沿いをガタンゴトン。並走していた公道は新芝浦でおしまい。そこからは東芝京浜事業所のへりを申し訳なさそうに走ります。実は新芝浦から先は線路も東芝の敷地なんです。カーブを曲がりきって車窓の運河が広がると終点・海芝浦。改札口の向こうは工場の一角です。東芝社員と許可証を持つ人以外入れません。日本で数少ない「外に出られない駅」なんです。


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一般の利用者には面倒くさい駅ですが、不便さを補って余りあるのがこの眺め。手前の橋が鶴見つばさ橋、奥が横浜ベイブリッジです。ピンときたあなたは鋭い。そう、ここは知る人ぞ知る夜景スポットらしいんです。駅に出入りできない=一般車が入ってこられないのでDQNは来ないし、適度に運賃が必要で都心からも横浜からも少し離れているから人であふれかえることもない。なるほどなるほど。


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宮脇俊三氏が著書「時刻表2万キロ」で紹介したほか、TV番組でもたびたび登場。意外に人がやって来るのです。ホームにベンチでもあれば良いのですが、狭いので通勤ラッシュ時の邪魔になります。総裁はボーッとできますが、立ちっぱなしは確かにつらい。


そこで東芝が一肌脱ぎました。ホームの隣に1995年、自費で「海芝公園」をオープンさせたのです。高い美術品を買ったり、アフリカに木を植えたりしなくてもできて、しかも地域に愛される社会貢献。なかなか粋な計らいです。


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ちょっとした緑地帯にベンチがポツポツ。奥にはツツジが咲いていました。もちろん眺めは一級品。大きなお友達だけでなく、女性2人連れもいました。入口にあった街灯は東芝が開発した風力発電装置。自社製品のPRが実にさりげなくてなおさら好感が持てました。(ウチの会社に来る東芝の人は頼んでも仕事をしてくれませんが)


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そろそろ折り返しの電車が出ます。ICOCAに出場・入場記録を入れるため簡易改札にタッチ。JRが作ったとみられる貼り紙には「スイカ機」とありました(^^;


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日曜夕方の海芝浦駅ホームはオレンジ色に包まれ、風の音だけが響いていました。


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